06
もうじき冬休みが始まる。
十二月も半ばを過ぎ、気温は下がる一方だというのに、期末テストも終えた生徒たちのテンションは徐々に上がってきている。
というのも、冬休みにはクリスマスとお正月という気分が上がる行事があるからからだ。片やプレゼントをもらえ、片やお年玉をもらえる。教室の女子たちからは、クリスマスデートや初詣デートという言葉もちらほら聞こえてきた。
まぁ、ただ学校に来なくていいことを喜ぶ生徒も一定数いるが。
しかし、じぶんは落ち込み気味である。
「……終わらない」
放課後。一人きりの生徒会室で、机に片肘を付きながら頭を抱える。机の上にはいくつかの資料が重ねられており、題目は『冬休みのしおりの作成』『今期決算見積もり』『○年度卒業式計画案』『△年度入学式計画案』などなど。それに合わせて、風紀委員会の雑多な資料もあったりする。この修繕費用って雲雀恭弥が暴れて壊した修繕費用だろ……、風紀委員会の内々で済ませろよ……。
窓の外から聞こえる賑やかな声とは反対に、わたしの口からは重い溜め息が出た。
よその学校でも、これらは生徒会の仕事なんだろうか?まず風紀委員会の雑務が生徒会の仕事でないことは分かるけれど。
だからと言って、風紀委員の雑務をしないという選択肢は用意されていない。仕事が期限内に終わらないと、恭弥が飛んでくるのだ。それはもう嬉々として。わたしを殴るいい機会だと思っているらしい。だからと大人しく殴られる趣味もないので、全力で避けさせてもらっている。反撃するともっと喜ぶので。バトルジャンキーめ。恭弥が飽きるまで避けて避けて、そんなことをしているから仕事が遅々として進まない。
もういやだ、辞めたいこの仕事。
瑞月が手伝ってくれようとするけれど、彼女は彼女で近々部活のコンクールがあるのでそちらに集中してもらいたい。たしか吹奏楽部で、トランペット奏者だったような……。フルートだったかな?どちらにしてもメンバーとして選ばれたのだから、そちらに尽力してもらう方がいいだろう。
生徒会活動なんて二の次三の次でいいのだ、わたしがいるのだから。最悪の状況になれば、風紀委員からニ、三人引っ張ってきて雑用をさせればいいのだし。
「飽きたな」
ポツリと呟いた独り言に、学校のチャイムが応える。頭上の時計を見れば最終下校時間だった。
うーん、これはもう帰るしかない。生徒の模範であるべき生徒会長が、最終下校時間を守らないわけにもいかないだろう。決して飽きたからさっさと帰りたいなどという理由ではない。決して。
そうと決まれば下校の準備、の前に校内の戸締り点検をしなければいけない。いつもであれば用務員さんが行っているのだけれども、今日の昼休み、ぎっくり腰で病院へ搬送されてしまったのだ。普通であれば代打は他の教員がするべきだと思うが、そこはこの学校の教員が教員()なところがあるので、わたしにお鉢が回ってきたというわけである。
確認後にそのまま帰宅できるよう、鞄を持って生徒会室を出る。預かっていたスペアの鍵束から合うものを探し、鍵を掛けてから三階へと足を向けた。
三階から順に戸締りを行い、最後に生徒用玄関で外履きに履き替えて昇降口の施錠を行う。
ようやく家に帰れる、とすっかり陽が落ちて真っ暗な校庭に目を向けた。
「(校門に誰かいるな)」
下校時間はとうに過ぎ、生徒どころか教員も帰ったはずだ。だのにまだ残っているとは。
できる限り足音と気配を消して校門に向かう。校庭を突っ切ってはすぐに見つかるので、大分遠回りして校門まで歩いた。生徒ならよし。軽く注意してさっさと帰らせよう。不審者でもよし。軽くのして捕まえて警察に連れて行こう。
さぁどちらか。
「──から、これ──鵲会長────でくれ」
聞き耳を立てると、その言葉の中にわたしの名前が出てきた。月明りで出来た影の形を見るに、どうやら風紀委員会の誰かのようだ。わかりやすいな、リーゼント頭。
「そんなことできないよ」
こちらは知っている声だった。瑞月だ。コンクールに向けての練習で、こんな遅くまで残っていたのだろうか。
瑞月と関わる風紀委員とは誰だろう?確認しきる前に、二人は校門を出て行ってしまった。
「夜道は危ない、家まで送る」
「私はスイちゃんを待ちたいんだってば!もう、哲っちゃんッ!」
校門から顔を覗かせ後ろ姿を見送る。瑞月の腕を掴み、抵抗むなしく無理やり連れて行く風紀委員の姿を確認すれば草壁だった。止めるべきだろうか、いやでも、『哲っちゃん』と親しげに呼んでいたしな。
それに。
『頼むから、これ以上鵲会長と関わらないでくれ』
聞こえてしまったセリフから、おいそれと顔を挟める雰囲気ではない。
翌日の朝、登校時間。いつもであれば校門前に立っている時間だが、今日は生徒会室でとある人物を待っている。
いつもの席に座りドアを視線を向けていれば、目的の人影が摺りガラス越しに見えた。
「今度はじぶんに『これ以上瑞月に関わるな』とでも言うつもりかな?」
ドア越しでも聞こえるようそう問えば、重々しい表情の草壁によってドアが開かれる。
「おはよう、哲っちゃん」
「……その呼び方はやめてください」
わざと使った呼び名には、心底嫌そうに眉間の皺を深くする。単にその呼ばれ方が好ましくないのか、それとも特定の人物からしか呼ばれたくないのか……、どちらだろうね。
「それで、用件は合っているかな」
椅子の背もたれに身体を預け、こちらに歩み寄ってくる草壁を見る。ああ、そうそう、いつも草を咥えるキャラが確かにいたな。彼だったか。
腕を伸ばせば届く距離で草壁は立ち止まり、威圧感を出すようにわたしを見下ろす。
「これ以上、アイツに関わらないでやってください」
「どうして」
「少しでも考えれば分かるはずです」
わたしの疑問に対する答えにならない答えに、浅く息を吐いて視線を外す。そういう、こちらに考えさせようとするやり方は嫌いだ。意見したいならこちらの疑問にもはっきり答えてもらいたい。考えれば分かるとか、ああ、面倒くさい。
「その『考えれば分かる理由』で、草壁くんは瑞月を避けていたわけだ」
「……それもアイツに聞いたんですか」
「いいや?『少し考えた』だけの、わたしの勘。そもそも昨日の夜で今日の朝、瑞月と会話する時間なんてないしね」
「…………」
「親しみを込めた呼び方、過保護な接し方。幼馴染かな?ご近所さんとか?でも、じぶんがこの中学校に来てから二人が会っているのは見たことがない。瑞月からの会話に草壁くんの名前が出たことは……、ないけれど存在は匂わされてはいたかな」
風紀委員に知り合いがいるとは言っていたっけ。
黙りこくる草壁の様子を見るに、わたしの勘は外れていないらしい。幼馴染で、ご近所さんで、けれど最近は避けられている。いや、最近ではなく風紀委員になってから、かな。
「なるほど、危険から遠ざけたかったのかな。危険というか、雲雀恭弥から?」
考えてみて出た理由を口にすれば、草壁の眉間の皺が増える。またまた当たっていたらしい。
でもなぁ。
「そんな理由で瑞月を避けたくはないな……」
「鵲会長ッ」
「鵲―、いるかー?」
草壁が声を荒げようとしたタイミングで、悪くも生徒会室のドアがノックもなく開けられて一般男子生徒が入ってきた。
じぶんも草壁もタイミングの悪さに舌打ちをする。男子生徒はそれに一瞬身じろぐも、退室はせずにドアの近くで肩身狭そうにわたしをちらちらと見てきた。
「何か用で?」
「あ、ああ。教室にいないから探したぜ」
「はぁ、それはそれは。で、きみは誰?」
「オイッ!同級生の顔と名前くらい覚えろよな!!」
草壁の件を一旦保留にし、男子生徒に話を振る。なかなか気安い感じで声を掛けてくるなと思えば、同級生だったらしい。いたかな、こんなツンツンうにヘアーの生徒。……いたかも、のどの辺りまで出かかってる程度には覚えがある。
「持田だよ!持田剣介!」
「もちだ?」
教えられた名前を鸚鵡返しに呟けば、眉尻吊り上げながら「そうだよ!」と少々怒り気味に言う。
ああ、思い出した。笹川了平の隣の席、妻栄は私の斜め右前の席だ。そして原作に名前も出ていた登場人物でもある。来年、ツナに勝負を挑んで負けて頭髪をすべて抜かれてつるつるにされてしまう、女子の気持ちをなかなか掴み切れないやつだ。
色んな意味で、あーいたなぁ、と何度か頷くと、持田剣介はがっくりと肩を落とした。どうやら何度か会話をしたことがあるらしい。……あったっけ?
「それで、同級生の持田剣介くんが生徒会室になんの用で。一時限目が始まるにもまだ余裕があるけれど」
「ん?ああ、別に先生に呼びに来させられたわけじゃねーよ。伊野のことなんだけどさ」
持田剣介に先を促すと、狙ったかのような人物の名前が出た。わたしだけでなく草壁からも鋭い視線を向けられたことで「ひぇッ」と短い悲鳴を上げる。……恭弥が彼らのことを『草食動物』と呼ぶ気持ちが分からなくもないな。
草壁から距離をとるためか、ドアの向こうに身を潜ませつつ顔だけ少し出した状態の持田剣介が用件の続きを話す。
「さ、さっき伊野が、他校のやつらとどっか行ってたぜ、って教えに来たんだよ」
「瑞月が?今から授業も始まるのに?」
「だからオカシイなと思ってよ。それになんか、仲のいい友達同士って感じに見えなかったし、」
言葉の途中でガタッと大きな音を立てて椅子から立ち上がる。草壁に視線を向ければ、言わずともわかっているとばかりに一つ頷きだけが返ってきた。こういうところが優秀だから、恭弥も彼をそばに置いているのだろう。
足早にドアに近付き、廊下に進み出る際に持田剣介の腕を掴んで連れて行く。
「うぉッ!?」
「持田剣介、瑞月はどこに向かった。相手の人数や、学校はどこだ」
「言う!言うからちょっと一回止まってッ、」
「だめだ。歩きながらでも言えるだろ」
ああ、そうか。だから草壁は瑞月を遠ざけたのか。問題は目が届く校内に限らず、校外の人間がもたらしてくることもあるから。
おそらく、連日のように喧嘩を売ってきては負けている連中の誰か、もしくは何人かが徒党を組んで、囮や人質として瑞月を連れて行った可能性が高い。いくら馬鹿な連中でも、正面から挑んでくるだけマシな部類だと思っていたのに、残念だ。
先頭を草壁が歩き、次にわたし、最後に腕を引かれて引きずられるように歩く持田剣介が進む。尋常でない様子に先の廊下にいた生徒が端に寄るので歩きやすかった。
靴を履き替えるのも面倒で、上履きのまま外に出る。校門の手前で、ずっと止まれ止まれと言うばかりで情報を吐かない持田剣介を顔だけ振り返った。
「相手の学校は」
「ひ、ヒスイ中ッ!隣の学区のヒスイ中!!」
「よし、行くぞ」
「なんでだよ!?学校名言ったんだから放せよ!」
「離したら逃げるだろう。瑞月が連れて行かれるところを黙って見ていた人間を放っておけるわけがない」
ついて行きたくないと踏ん張る持田剣介を、少し力を込めて引っ張れば簡単に前へとつんのめる。本気で嫌がってるか?
先を行く草壁が「ヒスイ中なら右に行きます。十分も走ればすぐです」と言うのでそれに従い走り出した。並走する草壁の少し前あたりを走りながら、「ここで左に曲がります」「右です」と案内する草壁の声に沿う。ぜぇはぁうるさい呼吸音は持田剣介のものだろう。体力づくりが足りないんじゃないか?草壁だって軽く額に汗が浮く程度なのに。
「会長!通り過ぎました!」
「おっと」
剣道部の部活内容に懸念を抱いていると、意識が逸れてしまっていたようで目的地を通り過ぎてしまった。慌てて立ち止まり、草壁の立つ正門前に戻る。
「ここがヒスイ中……」
校門の外から校舎を見上げる。右に視線をやり、左へと動かす。……なんと言うか。
瑞月が連れて行かれたのは自分を誘き出すためだと思っているので、相手はそういった行為を平気で手段として考えられるような部類の不良連中だと見当をつけていた。だから、そんな不良連中が通う学校はそれはもう荒れに荒れ果てているのだろうと、想像していたのだが。
「……金持ちの匂いがする」
校庭は広いし校舎も大きい、数も多い。あそこに並び立って見えるのはスポーツ施設用の照明では。まさか向こうに見えるドームは体育館か???
何か根本的に間違えている気がする……。
考え込もうとするわたしを置いて、草壁が校舎に向かって歩き出した。慌ててその背を追い、校門脇に守衛がいたので止められるかと思いきや、わたしの顔と持田剣介の顔を確認するとにこやかに会釈されるだけで通される。やっぱりおかしい。
なぜか用意されていたスリッパに履き替え、なぜか待機していた案内人に案内されて校舎を歩く。頭の中は疑問符がいっぱいだ。
「草壁くん、ヒスイ中学について簡単に説明してもらってもいいかな?」
「……そうですね、『金持ちの子どもが多い学校』でしょうか」
やはり何かがおかしい。
「ところで鵲会長、ソイツはいつまで連れて行くんですか?」
「うん?」
問われて、いまだに引っ掴んだままだった持田剣介を思い出した。振り返り後ろを見れば、お手本のように青い顔をしながらわたしを止めようと踏ん張っていたようだ。力が弱過ぎて気付かなかったな……。
「そそそそそうだぜ!?オレはここで待ってるから鵲と風紀委員の二人で行けば、」
「……いいや、このまま一緒に連れて行った方が良さそうだ。今回のおかしな件に関わっていそうだし、ただの勘だけれど」
一層掴む力を強めつつそう答えれば、持田剣介からは「いたたたたた!折れるッ!弱めろ!!」と悲鳴が上がり、草壁からは「そうですか」と一言だけ返された。草壁の視線は持田剣介に向けられており、彼も怪しいと睨んでいるらしい。
案内人の足が止まり、一つの扉を示される。普通の学校では見られないような豪奢な観音扉の上に掛かった、こちらもまた豪奢な装飾の施されたプレートを見上げれば『生徒会室』と書いてあった。
「生徒会室?」
「入りましょう」
「やめようぜ!?いや入ってもいいけどオレは置いて行こうぜ!??」
うるさいなぁ。
決断の早い草壁の腕を掴んで邪魔をする持田剣介の、その掴む手首に手刀を落とす。「痛ェ!折れたッ!」と吠えるが知らん顔で放置する。人間の骨はそんなに簡単に折れないだろ。
草壁が自由になった手で扉に手をかける。
外開きとなっているその扉を、真剣な面持ちで引き開いた。
「あ、スイちゃん」
真っ先に瑞月の姿が目に入る。知らず安堵の息を吐き、その周囲に意識を向けてさらに肩の力が抜けた。
「スイ会長ですって!?」
「きゃあッ、噂通りの威風堂々とした風貌ね!」
「横にいる硬派な方はどなたかしら?お呼びするのはスイ会長さんだけだったではなくて?」
「あら、持田さんもいらっしゃいますわ」
キラキラとして、ふわふわとして、まるで花が咲いて飛び交いそうな華やかな雰囲気で、不良がたむろしていそうな場所ではないのは確か。コロコロと鈴の転がるような声で交わされる会話をするのは優雅な雰囲気漂う可愛らしいお嬢様方であって、ドスの利いた低い声で威嚇し合う不良たちでないのも確か。
そんな彼女たちが囲う白く丸いテーブルには、高価そうなティーセットが並んでいた。真ん中に置かれた見慣れないアレはアフタヌーンティースタンドだろうか。優雅なティータイムである。
「会長……、これは……???」
「わたしに聞かれてもな……」
疑問符いっぱいで機能停止していた草壁がどうにか言葉を絞り出すも、それに対しての答えをわたしは持っていない。残念ながら頭上の疑問符が減ることはなかった。
「あれ?哲っちゃんもお呼ばれしたの?」
渦中の人物である瑞月が、きょとんとした顔で首を傾げる。
想像していたような、不良に連れ去られ囲まれて怖くて泣いている、なんてことは一切ないようで安心した。どころか、可愛らしいお嬢様たちに囲まれて、楽しそうに笑いながら会話に花を咲かせていたようだ。
一瞬気が緩むも、右手を引く力にすぐに気を引き締める。見れば、扉に向かい逃げようとする持田剣介の姿があった。ああ、なるほど。
「元凶はお前か」
「いやいやいやいやいやいやいやいや!ちょっと落ち着こうぜ鵲!!?」
「落ち着いてるよ、きみよりね」
逃げ出そうと必死な持田剣介を引きずり、空気を壊さないよう気をつけつつティータイム中の彼女たちに近寄った。「きゃあ」と悲鳴を上げられたが恐がられているわけではないようだ。
「談笑中に失礼します。こちらの持田剣介とはお知り合いでしょうか?」
「ええ、先週の放課後、喫茶店でお会いしましたの」
「たしか、あなた様のお噂をしていた時でしたわ。あの並盛中学校に新しい生徒会長が就任したのは、近隣の中学校では一大ニュースですのよ?」
「一大ニュース、ですか」
そんなにか。並中内で収まらないほどなのか。
「例のヒバリさんのいらっしゃる学校で生徒会長を務められる方と聞いて、どんな方なのか一度会ってみたいわねって」
「それで、持田剣介に話し掛けられたと」
「ええ。『同じクラスで仲がいいから会わせてあげられる』とおっしゃられましたわ。その後はお茶に誘われまして、何度か打合せも」
うーん、わたしをダシにしたよくあるナンパ。
フフフとおかしそうに微笑むお嬢様方には悟られないよう、こちらも軽く笑って流しておいた。
代わりに持田剣介を睨みつければ、よそを向いてへたくそな口笛を吹いている。開き直ったな?一年前倒して今丸坊主にしてやろうか。
そんな考えを抑え込み、今度は瑞月へ顔を向ける。
「瑞月はどうして?今日も授業があっただろう?」
「え!……でも登校途中に持田くんが『校舎の不備で休校になった』って。それで、予定も空いたしお茶しようって、ヒスイ中の人の車に乗せられて……」
「…………」
「……嘘だったの?」
「嘘だったんだよ」
本人が意図せずともサボったことを察した瑞月は大いにショックを受けたようで、ちょっと泣きそうになった。瑞月は何も悪くない。ちょっと他人を信じやすいだけで、悪いのはそんな人を騙す馬鹿野郎なのだ。そんな馬鹿野郎の腕をもう一度強めに握っておく。騒がしいが知ったことか。
唸る持田剣介から手を放し、勢いのまま床に転がった彼を見下ろす。恐る恐る視線を上げた彼と目が合って、意識的に目を細めて口角を上げて笑みを作る。
「それで、持田剣介くんはヒスイ中のお嬢様方にお茶会を開かせて、瑞月に嘘の休校を伝えて連れ去って、じぶんたちを走らせここに連れてきて、何をしたかったんだろうな?」
口調はあえて穏やかに。しかし視線で圧をかけることは忘れない。背後の瑞月とお嬢様方には見られていないのでのほほんとしているが、前方にいる持田剣介はもちろんのこと、扉の前に待機している草壁も顔色を悪くし硬直している。
「わ、悪かった!本気で悪かったと思ってる!ヒスイ中の女の子と仲良くなれそうなきっかけが鵲だったからさ!鵲と仲良さそうな伊野を誘えば絶対来るだろうと思ってェ!!」
「そう思ったから、まるで瑞月が不良にさらわれたかのように教えに来たと?」
「オレは一言も『不良にさらわれた』なんて言ってないし……ッ!」
「この期に及んで屁理屈か」
反省の色の見えない様子に、深く溜め息を吐く。お嬢様方に「少し失礼します」と一言詫びてから、持田剣介の首根っこを掴み生徒会室外へと出た。
扉を閉めて、向こうからこちらが見えないとなった途端、持田剣介の行動は素早かった。わたしが何か言うよりも先に、地面に両ひざをつき、両手もつけて、額も地面に押しつける。なんと見事でお手本のような土下座だろうか。
言い訳するより大人しく謝った方が得策という考えだろう。これがわたしでなく恭弥であれば問答無用で蹴り飛ばされていただろうが。
お嬢様方の視界から外れてから、というところに最後のプライドを感じる。
「誰に非があるかは分かっているようで」
「オレが悪かったです!!すみませんでした!!!」
たいへん元気な謝罪である。
しかし、謝ったので終わり、とはならない。今回の件で、学級委員長の瑞月、風紀委員の草壁、生徒会長であるじぶんの三人が無断欠席させられているのだ。このことが風紀を乱されることを厭う雲雀恭弥の耳に入ったならどうなることか。確実に面倒くさいことになる。いや、すでになっているかも。
「はぁ、恭弥になんて説明すれば、」
「あ、その点はオレの方でいい具合に先生に説明してある。伊野は登校直前に熱出して休み、鵲はその看病で自主早退。風紀委員のやつは知らねーけど」
「お前……」
根回しのうまいクズだなぁ。
言葉を失くすわたしに、持田剣介、持田はどうやらいい方向に受け取ったらしく得意げに胸を張る。微塵も褒めてないんだよなぁ。
まぁ、だとすれば内々で収めていいだろう。せっかく誤魔化せたことを、わざわざ面倒くさい事態にはしたくない。
「なら罰則は生徒会内で済まそう。持田は明日から終業式まで、生徒会の雑務を行うこと。することと言えば書類整理、書類運びや配布程度だが、数が多いから人手が欲しかったところだ」
わかったなと念押しする前に、持田は勢いよく立ち上がり、わたしの両手を握った。その両目からは滝のような涙が流れているのに表情が笑顔で、正直、わけが分からなくて大分引く。
「ありがとう鵲!お前って実はいい奴だったんだな!!バレたら殴る蹴るの半殺しを覚悟してたのに、まさか雑用で許されるなんて……ッ!!めっちゃ広い心の持ち主じゃん!」
「殴って蹴って半殺しにしてやろうか?」
「なんでだよ!??」
言葉の端端が失礼だからだよ。
突然の手のひら返しに顔を青くするものの、すぐに持ち直して「お茶していこうぜ!」と生徒会室内に入っていった。本当に反省しているんだろうな??どうにも怪しい。これは大量の仕事を押しつけてあげないと本当に反省は出来なさそうだ。
先に席についていた草壁はお嬢様方に囲まれ、どうにも肩身が狭そうだった。まぁ、丸がたくさんあるなかに四角が一つあるような、つまりは場違い感が盛大にあるものな。ひとのことを言えたものじゃないが。
けれど気にしないのが持田だ。気楽な様子で「オレたちも混ぜて―」と了承を得る前に空いていた席に座る。わたしは瑞月に手招かれて彼女の隣の席に座った。ちなみに逆隣りは草壁である。
ここまできたならと開き直り、彼女たちの会話に耳を傾けた。学校のことや、世の中の流行り、たまにご家族の事業の話も出る。住む世界がちょっとズレてるなぁ。
ご満悦のお嬢様方に見送られ、昼休憩の時間になってようやく並中へと向かう道を歩いている。女の子のおしゃべりのネタは尽きないのだな、と学習した。
「ねぇ瑞月。人を信用するのは瑞月の美点ではあるけれど、少しは疑うことも覚えてほしいな」
「うーん、そうよね……。クラスメイトだったから本当のことだって思ったんだけど……」
「クラスメイトの中でも持田は信用しちゃいけない部類だ。きっと自分の好きな女子に恋する別の男子が現れたら、その女子を『賞品』扱いして勝負を挑むような男だ」
「なんだよその決めつけ!しかもやけに具体的だな!?」
憤慨する持田には白けた視線を送る。
実際にそうなるのだから具体的にもなる。そしてツル禿げになるのだ。
わたしから引け腰になる持田を無視して、再度瑞月を見る。本意ではないにしても、学校をサボってしまったことを気にしているようで表情が暗い。そんな彼女に追い打ちをかけるようで申し訳ないが、けれどこれは言っておかなければいけないだろう。
「草壁も瑞月のことを心配してたよ」
「え!あ、ご、ごめんね、哲っちゃん」
「いや、かまわない」
ここでもう一言『瑞月が無事なら』と伝えていたなら、草壁は瑞月が好きだと確信できるのだけど。今の段階では過保護な幼馴染程度だろうか。一緒にいて危険そうな人物と陰ながら距離をとらせようとするのも、過保護な幼馴染の行動の範疇か?幼馴染がいないから分からないな。
瑞月と拙くも会話する草壁の表情は普段と変わらなく見える。色恋の雰囲気は私には分からないが、うん、少し優し気な視線ではあるかな?
「……なんですか」
見過ぎていたようで、わたしの視線に気がついた草壁にジロリと睨まれる。まぁ、特に用が無くはない。
「守りたいから距離を置くのも分からなくはないけれど、近くにいるからこそ守れることもあると思う」
「それは、」
「一つの意見だよ。草壁くんが距離を置く理由は分かったつもりだけれど、それでもわたしは瑞月と友達をやめるつもりはないからね」
せっかく忠告してもらったのに申し訳ない。
草壁の反応をうかがうも、むっすりと口を閉じたまま何か言う様子がない。ただただわたしを見下ろしてくるので、大人しくその視線を受け入れた。
「それに、その方が瑞月も寂しくないと思う。幼馴染みで、愛称で呼ぶような近しさだったんだろう?」
幼い頃から一緒にいる関係も、愛称を呼ばれる関係もわたしには分からないけれど、たぶん、そういった人が離れていくのも突き放されるのも寂しいものだろう。お互いに。
「まぁ、つまりはわたしも瑞月のそばから離れないのだし、草壁くんもそばにいたっていいんじゃないかな。もしもの時は、一緒にお姫様を守ってあげよう」
ね、と同意を求めるも反応が返ってこない。……滑ったかな。
「……鵲会長は、」
「うん?」
「委員長と同じ類の人だと思っていました」
「……うん?」
恭弥と同じ類とはなんだろう。さすがに、自分の気に障ったから、程度で殴り飛ばすような類の人間ではないと自負しているんだが。
「けれど少し違うようです。あなたが伊野のことであそこまで必死になってくれるとは思っていませんでしたから」
まぁ確かに、恭弥なら「捕まったきみが悪いんでしょ」と放っておく可能性が大きい。そして、咬み殺すいい機会だ、と喜ぶ可能性もわずかにある。
けれど、わたしにとって瑞月は。
草壁から視線を外し、少し先を歩く瑞月を見る。平謝りする持田を、困ったように笑いながら許しているようだ。それからわたしの視線に気がついて、笑顔で手を振ってくれた。それに小さく手を振って応えると、何を勘違いしたのか持田まで大きく手を振ってきたが無視をする。シカトされた持田が喚き、瑞月が宥めてあげていた。なんでもない日常の一幕だろうが、わたしにとっては大事な一幕だ。
「守れるものなら、守ってあげなくちゃね」
「……そうですか」
わたしの意見は受け入れてもらえたようで、最後に一言「瑞月のことをよろしくお願いします」と頼まれた。父親かな?わたしは瑞月を嫁にもらう婿か??ちょっと面白くて、ハハ、と笑うと、草壁は一瞬驚いたように目を見開いてから、小さく笑った。こんな時でも硬派だな。
笑い合うわたしたちを目敏く見つけた持田が「なになに、何笑ってんだよ!」と絡んできて、瑞月も「哲っちゃんもスイちゃんも笑ってるの珍しいね!」と嬉しそうに言った。状況に似合わず和やかなじぶんたちがおかしくて、また短く笑う。
「(これからラスボスが待ってるのに、暢気なものだなぁ)」
半日も学校をサボった事実を思い出すのは、校門の前で腕を組み立つ恭弥を見た時だった。
***
20250514
「瑞月は体調不良による遅刻で、わたしは自主早退、のちの再登校だ」
「あ、ずりーぞ!それオレのおかげだろ!!」
「す、すみません!」
「申し訳ございません!」
「…………ハァ」(クソデカ溜め息)(呆れてものも言えない)(咬み殺す価値もない)
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