彼女の十年




 日曜日、正午の少し前。
 オレは補習を終えて帰宅し、玄関のドアを開いた。

「ただいまー」

 あー疲れた、とぼやきながら靴を脱ぐ。
 本当なら山本も受けるはずだった今日の補習は、野球の試合が近いからという理由で延期になった。代わりに試合後の日曜に受けるらしい。だったらオレもその日にずらしてくれればいいのにそんなことはなく、おかげで今日の補習はオレと先生の二人きりだったから精神的な疲れが半端ない。
 猫背になりながら溜め息を吐き、リビングにいるだろう母さんに声を掛ける。

「母さん、今日の昼……」

 言葉が途中で途切れる。というのも、リビングに知らない子どもが床に座っていたからだ。

「……こんにちは」
「こ、こんにちは!」

 ばちりと目が合い、少しためらった後に軽く頭を下げながらされた挨拶に、反射的に同じ挨拶を返す。
 だ、誰だ???
 テーブルに向かい正座の姿勢を崩さない子どもは、真っ黒な目でじっとオレの行動を観察しているようだった。視線に気圧されるように半歩後退って、背中に当たった壁に沿うように移動し台所の陰に隠れる。
 ほんとに誰だ????見た目はフゥ太と同じ年くらい、着ているのはたぶん道着とかいうやつだ。リボーンの知り合いだろうか?それともフゥ太の?ランボやイーピンの可能性もある。しかしどいつも一般人じゃないんだよなーーッッ!!
 またマフィア関係だったりする!?情報屋とか、殺し屋とか!??
 頼むから俺を巻き込まないでくれよリボーン!!!

「あの、」
「ひぇッ!……な、なに……?」
「……奈々さんは先ほどランボくんと買い物に出かけました。三十分ほどで戻るそうです。リボーンくんはいつの間にかいなくなっていました」
「あ、そうなんだ。教えてくれてありがと」
「いえ」

 伝言を頼まれていたんだろうか。頭を抱えて無言で悩んでいたオレに伝え終わると、また正面を向いて姿勢を正す。……この横顔、どこかで見たような……?
 変わらず素性の分からない子どもを横目に、自分の部屋に戻って制服から私服に着替える。また一階に戻ってリビングを覗いたけど、子どもは相変わらず大人しく座っていた。
 リボーンの知り合いにしては珍しいタイプだ。だいたいすぐに襲ってくるか、爆破してくるか、毒を盛ってくるか、隙を見て襲ってくるか、だからな……。
 ぐぅ、と腹の虫が鳴って、子どもから視線を外して台所に駆け込む。
 昼飯に母さんが何か用意してくれてないかな、と期待して開けた台所には何も入っていなくて肩を落とした。いや、物は入ってる。入ってはいるけど、調理前じゃオレにもどうにもできないんだよ……。
 無理に自炊したところで悲惨な結果は目に見えていたので、無駄なことはせず冷凍庫からアイスを取り出した。チューブ型の、二つに割るアレ。味はチョココーヒーだ。
 そのまま部屋に戻ろうとして、リビングに座ったままの子どもが気になってそっちを見る。借りてきた猫みたいに大人しく座っていた。
 少し悩んでから、向かう先をリビングに変える。

「ねぇ、アイス食べる?」
「……ありがとうございます。いただきます」

 オレの顔を見て、手に持ったアイスを見て、もう一度オレの顔を見てから受け取ってくれた。めっちゃ警戒されてる。いや、問答無用で飛びつくランボがおかしいんだろうな……。
 テーブルを挟んで向かい側に座りアイスを食べる。
 視線を感じるなと顔を上げれば、子どもがオレのことをじっと見ていた。なんだろうと気にしつつもそのままアイスを食べていたら、数拍遅れてから子どももアイスを食べ始めた。
 食べ方が分からなかった?いやまさかな。……もしかしてオレ、毒見させられた??
 こ、これだからリボーンの知り合いは怖いんだよ!いくら礼儀正しくても大人しくても、どう頑張っても物騒でさァ!!オレはただ普通に平和に過ごしたいのに!!!
 このアイスを食べ終わったら部屋に戻る!と心に決めて黙々とアイスを食べ進めていると、遠慮がちに子どもが口を開いた。

「あの」
「な、なに?」
「……ここはどこでしょうか?いきなりリボーンくんが目の前に現れて、手を引かれるままにここに連れて来られたんですが……?」
「 え!!?? 」

 あまりの驚きに大きな声が出て、子どもが顔を顰めて上体を逸らす。視線が「うるさいな」と文句を言っていた。それはごめん!!けど、だって、いきなりリボーンが目の前に現れて連れ去ったって、それはもうどう考えたって誘か、

「ふざけたこと考えてんじゃねーぞ」
「うげッ」

 突然の左頬への衝撃に、床に転がる。衝撃の正体はリボーンの拳で、いつの間に開いていたのか庭に面した掃き出し窓から入ってくるついでに殴られたらしかった。

「ひとを誘拐犯扱いするからだぞ」
「まだ何も言ってないだろ!」
「ダメツナの考えることくらいお見通しだぞ」

 オレが痛む頬を押さえつつ上半身を起こす間に、リボーンはテーブルの上にきれいに着地する。子どもは腰を浮かせて、突然現れたリボーンに警戒の色を濃くしていた。突然現れた上に暴力なんて振るうから警戒されちゃっただろ!

「でも突然現れて知らない場所に連れて行くなんて、誘拐以外のなにものでもないだろ!!」
「しつけーぞ。これのせいだ」
「これ?」

 ゴトン。重い音を立ててテーブルの上に置かれたのは見慣れたものだった。……いや見慣れちゃダメなんだけど、残念なことに見慣れたバズーカだ。それもランボが持っている十年バズーカに似ている。

「てことは、この子は誰かの十年後ってこと!?」
「いいや、逆だ。十年前だぞ。
 ジャンニーニが十年バズーカの複製を作ったらしくてな、試し打ちを頼まれたんだぞ。まさか逆十年バズーカになってるとはな」
「そ、それで誰に試したんだよ」

 聞いたところで、リボーンはニヤリと怪しく笑うだけで答えを教えてくれない。自分で考えろってことなんだろーけど、嫌な予感がする!
 だからと言って考えないわけにはいかない。考えなければ今度は強烈な蹴りが待っている。
 えーと、黒髪で、黒い目で、十歳若返るとフゥ太と同じ年くらいってことは二十歳くらいか?つまりディーノさんと同じくらいの年齢の人?そんな人オレの周りにいたっけ?あ、キャバッローネファミリーの人か!……日本人はいなかったよなぁ!??
 頭を抱えて悩むオレに、リボーンはそれはそれは深い溜め息を吐いた。な、なんかムカつくぅ〜。

「ったく、本当にダメツナだな。簡単な方法があるじゃねーか」
「そう何回もダメツナって言うなよ!……それで、簡単な方法って……?」
「そういうところもダメツナなんだ」
「う、うるさいな!」

 呆れたようなリボーンの言い方にオレがムッとするも、リボーンが取り合うわけもなく子どもの方へと振り返った。

「おい、名前を言ってみろ」

 なるほど。無言で手を打ち感心すれば、リボーンからバカにしたような視線を向けられる。気付かないオレも悪いけど、そんな風に見なくてもいいだろ!
 でもこれで問題が一つ解決する。さぁ誰だと期待を込めて子どもを見れば、なぜだか不満そうに眉間に皺を寄せている。

「どうしたの……?」
「いえ、大丈夫です。聞かれ方に多少の不満はありますが」
「あー」

 わかる。リボーンの言い方ってちょっと偉そうって言うか上からっていててててッ!?無言で頬を抓るのやめろよな!!
 どうにか離してもらった頬をさする。子どもからちょっと哀れみの視線を向けられている気がする……、情けない……。

「……鵲です、鵲 スイ。小学二年生です。はじめまして」

 そう言ってペコリと浅く下げられる頭。
 え。

「ええぇぇぇぇぇ!!???」
「うるさ」
「それはごめん!でも、えぇぇ?スイさんなんですか……?」
「名前で嘘を吐くなんて面倒くさいことしません」
「ああ、スイさんだ……」
「いやな納得のされ方だな」

 ムスッとするスイさんに、困りつつも小さく笑う。今よりはずいぶんと感情表現が豊かみたいだ。

「あれ?でもスイさんは今中三で、十年前となると幼稚園児じゃあ……?」
「それはジャンニーニの腕だからな、きっちり十年とはならなかったんじゃねーか」
「なるほど」
「二人で納得せずに、面倒事に巻き込まれたらしいわたしに説明義務を果たしていただけませんか」

 小学二年生なのに難しい言葉知ってるなー、さすがスイさん。
 リボーンがお茶を飲み始めて丸投げされたので、オレがどうにかしどろもどろに状況を説明する。リボーンの知り合いに発明家がいて、その人の発明品のせいで過去と未来のスイさんが入れ替わっていること。普通なら五分で元に戻るはずだが、その時間はとっくに過ぎているので、今回は何か問題があるようでいつ元に戻るか分からないこと。それから、オレがスイさんの後輩でリボーンはオレの家庭教師だということも。
 驚いた表情のスイさんに「赤ん坊ですけど?」と当然の疑問を投げられた。そうですよね、みんな受け入れるからオレも受け入れてたけど、普通はそう言いますよね。

「あー、はい、まぁ、面倒くさいSFに巻き込まれたのは分かりました」

 落ち着くためか、いつの間にか用意されていた麦茶を飲む。簡単に受け入れてくれたけど、もっと慌てたりとかしないのかな?え、慌てるのも面倒くさい?……スイさんだなぁ。

「でも、どうしましょう。数十分とかで戻るならいいですけど、戻らないようなら鵲くんに説明しなきゃいけないですよね?今日中に戻らないと、明日の学校だってどうすればいいんだろ!?」
「まぁどうにかなりますよ」
「自分のことなのに投げやりすぎるッ!!」

 これもう面倒くさがってるやつ!いつの間にか用意したお菓子も食べ始めてるし!!リボーンだな!?
 ギロッと睨んだ先のリボーンも、スイさんと同じようにお菓子を食べつつ麦茶を飲んでいる。そして、にやっと得意げに口角を上げた。

「それなら心配いらねーぞ」

 言うが早いか、遠くからバイクの排気音が聞こえて家の前で停止した。あの音、聞き覚えがあるぞ……。
 いやな予感に、背中に嫌な汗が流れる。今すぐにでも逃げ出したい!でも窓の近くにはリボーンがいるし、玄関からはすでに誰かが入ってきている音がする。ここオレん家なんだけど!??
 バタバタと慌ただしい足音が一つと、あとに続く静かな足音も一つ。慌ただしい方は蹴破るように玄関を開け、その勢いのままリビングまで飛び込んできた。

「姉ちゃんが面白いことになってるって!?」

 鵲総志くんだった。ちょっと楽しそうに口が弧を描いている。どんな説明したんだよリボーン!

「僕をタクシー代わりに使うなんていい度胸じゃないか、赤ん坊。そこの弟もね」
「オレはお前の弟ではない!」

 少し遅れて入ってきたのは、排気音の元であるバイクの持ち主、ヒバリさんだ。
 どうやら二人とも事前にリボーンから呼ばれたらしい。鵲くんは竹刀袋を持っているので部活帰りで、ヒバリさんは委員会の活動のために学校にいたんだろうか?そして鵲くんに後ろに乗られた、のかな?いつも目が合わなくてもケンカばかりの二人が、仲良くバイクに二ケツなんて珍しい。それだけスイさんのことを心配()したのかな。
 ギリギリと睨み合う二人は、しかしすぐに視線を逸らしてリビング内を見回した。

「今はヒバリなんかどうでもいいや。それより、姉ちゃんどこ?」
「あー、スイさんは、そのぉ」

 正直に説明して納得してくれるかどうか。言い淀みつつ考えていると、スイさんがスッと鵲くんの前に立つ。いきなり目の前に立ちふさがった子どもに、鵲くんは首を傾げた。

「なにこの目付きの悪いガキ」
「余計なお世話だ」

 ボグッ。鈍い音を立てて、スイさんの拳が鵲くんの顎を突き上げた。きれいなアッパーカットに、隣のリボーンが十点の札を上げていた。
 数センチ床から浮いた鵲くんはそのまま床に蹲る。レフリー姿のリボーンがテンカウントととる中で恐る恐る顔を上げ、真っ青な顔色でスイさんを見上げた。

「……ま、まさか、姉ちゃん……?」
「分かってもらえて嬉しいよ」
「目付き悪いガキとか言ってすみませんでした!!」

 きれいな土下座に、またしてもリボーンが十点の札を上げる。それなんの点数なの??

「へぇ、その子どもがスイだって?」

 今までリビングのドア付近に佇んでいたヒバリさんが、興味をひかれたらしく近付いてくる。スイさんを上から見下ろして眺め、おもむろに腕を、

「ダメだぞ、スイ」

 止められたのはスイさんだった。何か構えをとったスイさんの道着の帯を後ろからリボーンが掴み、その動きを止めている。

「な、なにしようとしたの?」
「えーと、角度と高さ的に飛びつき腕十字かな?
 こう、飛びついて腕をギュッとやってギュイッとする感じ。肘関節の靭帯に利く」

 鵲くんに近付いて聞けば答えてくれたけど、ひぃッ、聞くだけで痛いッ!!!
 初手でそんなことをされそうになったヒバリさんの様子をうかがえば、怒るだとか不機嫌な様子はなく、どちらかというと面白いものを見つけたような目をしていて、機嫌が良いようだった。こっちもこわい。

「メンドクセーから端折るぞ。スイがかくかくしかじかで小学二年生になった」
「ハショり過ぎだろーーッ!!?」
「うるさいよ」
「す、スイマセン……」

 ヒバリさんに怒られてオレは縮こまる。当たり前の反応しただけなのに……。

「ふぅん、面白いことになってるじゃないか。その頃ではどのくらいできるのかな」
「……あなた中学生ですよね?であれば、油断しなければ潰せると思います。今のところその年代相手であれば勝てていますので」
「わぉ、いつになく自信ありげな発言じゃないか。先に言っておくけど、僕はきみが子どもだからって容赦はしないよ」
「喧嘩の売り買いしないでくんない???」

 今にも殴り合いを始めそうなヒバリさんとスイさんの間に鵲くんが入り、どうにか引き離そうと頑張っている。それに比べてリボーンは、またレフリーの姿に着替えて試合を開始させようとしていた。始めさせないでいいよ!
 どうしよう!このままだとオレの家が悲惨なことに!?

──ピンポーン。

 一触即発の場に、間延びしたチャイムが鳴った。

「こんにちは、十代目!」
「邪魔するぞー、ツナー!」

 玄関から聞こえてきたのはオレを呼ぶ二人分の声。獄寺君と山本だ。勝手知ったるとばかりに、返事も待たず家に上がりこちらに向かってくる。
 え、この場にあの二人が混ざるってこと??あぁもうダメだ。
 家が破壊される未来が確定されて、抵抗する意欲もうせて座り込む。けれど、今にも暴れ出しそうだったヒバリさんが構えていたトンファーをしまった。

「僕はここで失礼させてもらうよ。スイ、この件は後で必ず清算させるからね」

 ひらりと学ランを翻させて、最後に「じゃあね」と言って窓から外に出て行った。すぐにバイクのエンジンがかかる音がして、その音はだんだんと遠くなる。あれ、靴は?と疑問に思ったけど、どうやら元々土足で上がり込んでいたらしい。床に残る薄い足跡……、あとで拭いておかないとな……。

「十代目!勝手にお邪魔させていただきました!それとこれ、来る途中にコンビニ寄って買って来たお菓子なんスけど、よければ食べてください!!」
「オレも。こっちはジュースな!」
「あ、ありがとう二人とも」

 入れ違いに入ってきた獄寺くんも山本も、ヒバリさんには気付いていないようでニコニコと上機嫌でリビングに入ってきた。下手に騒ぎにならなかったことに胸を撫で下ろす。
 二人を迎え入れて、いつもならそのままオレの部屋に行くところだけど今日はスイさんのことがあってそうもいかない。そのままリビングに二人を案内して事情を説明しようとしたところで、獄寺くんが先にいた鵲くんに気が付いて顔を顰めた。

「あ゛?なんで鵲がいるんだよ。十代目に迷惑かけに来たんじゃねーだろうな」
「えー?やだなぁ、いつも迷惑かけてんのってオレじゃなくない?どっちかって言うとオレじゃなくて獄寺じゃない?あれ、気付いてなかった感じィ??」
「あ゛あ゛!?」
「んんー??」

 なんか第二の不穏な空気が漂い始めてる気がするんだけど!!??
 内心慌てるだけのオレとは違って、山本がいつものように「まぁまぁ、落ち着けって」と二人を引きはがしてその場を収めてくれた。互いに威嚇し続けはするものの言い合いはしないので、そのまま三人にはリビングに座ってもらう。
 スイさんを挟んで左右にオレと鵲くん。テーブルを挟んだ向かい側に獄寺くんと山本。リボーンはちゃっかりスイさんの膝の上に座っていた。

「あの、十代目?十代目の隣にいる、その目つきの悪いガキはいったい……」
「……どいつもこいつも」
「ごごご獄寺くん!?そんな失礼なこと言っちゃだめだよ!!?」
「し、失礼しました」

 恐る恐るとされた獄寺くんの発言に、スイさんの機嫌が下がったのを察した。慌ててオレが諫めて獄寺くんが謝るも、その機嫌が戻る様子はない。あああああ……。
 今のスイさんに比べて、ずいぶんと手の早い子どものスイさん。殴りかかろうとしないのは、膝の上にリボーンがいるからだろう。まさかとは思うけど、そこまで見越してそこに座ったんじゃないよな……。

「実はジャンニーニの発明で子どもの頃と入れ替わった……スイさんなんだ……」
「んなッ、これが、アイツですって……!???」
「なんかよく分かんねーけど、この子どもがスイ先輩なのな。はは、おもしれ―遊びだな!」
「二人の反応極端すぎでしょ」

 驚いたまま固まる獄寺くん。笑って遊びと受け入れる山本。そんな二人を見てケラケラと笑う鵲くん。我関せずでお茶を飲むリボーンとスイさん。当事者二人が無関心ってどういうこと????
 どうなることかと思ったけど、思ったよりも平和な空間が出来上がった。積極的にスイさんに話しかける山本。かいがいしく世話を焼きたがる鵲くん。ちらちらと興味ありげに視線をやりながら無言で目の前にお菓子を積んでいく獄寺くん。……あ、半分押し返された。多かったんだ。

「なー沢田、みんなでゲームしない?落ちゲーとか格ゲーとか、複数人で出来るやつある?」
「あ、いいね。ゲーム機ならテレビの下にあるよ」
「じゃあオレが準備します!」

 ゲーム機をテレビにつなぐために、獄寺くんがテレビに向かう。そしてソフトを選ぶために鵲くんと山本も側に寄って行って、言い合う三人の中に混ざるのもな、とオレは手持無沙汰にスイさんの隣に座ったまま待った。

「……はぁ」
「大丈夫ですか?何か体のどこかが痛いとか?」
「いえ、たくさん話しかけられて少し疲れただけですので、大丈夫です」

 山本はオレにも話し掛けてくれるくらいフレンドリーだからなー。ひとによっては疲れるのかな?それでも邪険にしないのがスイさんだよな。今のスイさんも山本にぐいぐいこられても嫌がったり面倒くさがったりしないし。
 くぁ、とスイさんが小さく欠伸をする。疲れて眠くなったんだろう、小学二年生だし。グラグラと揺れる頭が、どうにかそのままの位置を保とうと踏ん張っている。

「眠いですか?」
「いえ……、疲れた、だけで……」
「寝ていいですよ。少し騒がしいかもしれませんが」

 三人はそれぞれソフトを持って、自分のおすすめのゲームについて語っている。でも獄寺くんが持ってるゲームソフトは、オレが得意としているやつだ。

「……いえ、……まだ、まだ……」

 そうは言うけれど言葉は途切れ途切れだし、目はすでに開いていない。寝ちゃえばいいのになと思うけど、何か起きていたい理由があるんだろう。

「こんな、風に、大勢で話したり、遊ん、だり、初めてです……」
「……そうなんですか?」

 意外だった。オレの中でのスイさんは、多くはないけどいつもそばに誰かがいるイメージだったから。

「うーん……、大勢と関わるのは、けんか、売られた時、くらい、ですかね」
「そうなんですね……」

 それ以外になんと言えばいいのか。あまり嬉しいことではないようで、眉間に薄く皺が寄っている。そりゃあ、人と関わる時がイコールけんかだなんて嬉しくない。オレも最近友達や知り合いが増えたけど、関わる人全員がマフィア関係の人ばかりで嬉しくない、わけじゃないけど、少し複雑だし。
 でも。

「今のスイさんは、いろんな人と毎日過ごして楽しそうですよ。同級生の伊野さんとか、京子ちゃんのお兄さんとか、ヒバリさん、もかな?鵲くんはもちろんですけど、獄寺くんも、山本もいますから。オレも、その中に入れてたら嬉しいんですけど」

 オレが知る限り、スイさんと関わりのある人たちを並べてみる。きっとオレが知らないだけで、もっといるはずだ。
 指折り数えるオレを、うっすらと目を開けていたスイがジッと見ている。それにオレが気が付くと、スイさんはかすかに笑みを浮かべた。

「それは……──」

 何かを言いかけて、ボフン、という音とともに煙に包まれた。これは。

「おや、帰ってこれた」

 十年()バズーカの効果が切れたらしい。さっきまで隣に座っていた子ども姿のスイさんの代わりに、見知った今のスイさんがソファに足を組んで座った状態で現れた。これはどこかに腰を落ち着けて元に戻るのを待ってた、……ってこと??
 音と煙に反応してこちらを振り向いていた三人も、スイさんの姿を認めてそれぞれの反応を見せる。鵲くんは大喜びでスイさんに駆け寄り突き返され、山本は何事もなかったかのように「スイセンパイ、こんちは!」と明るく挨拶し、獄寺くんは「また十代目に迷惑かけやがって!」と詰め寄った。迷惑かけたのは、いつの間にか庭にハンモック作って日光浴してるそこのリボーンなんだよな……。

「スイさん、大丈夫ですか?その、体調とか、気分とか……」
「大丈夫だよ。あちらで軽い運動もしてきたし、どちらかと言えば体調も気分もいい方かな」

 軽い運動?疑問符を浮かべるオレと山本と獄寺くんと違い、鵲くんはすぐにその意味が分かったようで眉尻を吊り上げてグワッとスイさんに声を荒げた。

「まさかわざわざ過去のチンピラ蹴り飛ばしてきたわけ!?わざわざ!!?」
「もちろん勝った」
「勝ち負けの問題じゃないんだよなー!!」

 真顔でVサインを見せるスイさんに、鵲くんは膝を折って項垂れる。暖簾に腕押しってこういうことだよね。
 そんな二人の様子を眺めていると、スイさんとぱちりと目が合った。スイさんは左右上空に少し視線を向けた後、もう一度オレを見て口を開く。

「確かに毎日楽しいな」

 珍しくにこりと笑って言われた言葉。
 それはオレが子どものスイさんに伝えた内容への、スイさんの答えだろう。なんだか嬉しくて、頬の筋肉が緩む。

「もちろん綱吉くんのおかげでもあるよ?」
「え、あ、は、はいぃ……」
「オレも十代目のおかげで毎日たのしいっス!」
「え!?」
「オレもオレも。ツナのおかげで毎日楽しいぜ!」
「あれ!?」
「まぁ確かに、沢田といると毎日楽しいな。ありがとつっくん」
「なんで急につっくん!??」
「十代目に気安いぞテメェ!!」

 スイさんの言葉をかわぎりに、三人もオレの周りに集まって同じようなことを言ってくれる。

「オレも、みんながいるから毎日楽しいよ!」

 ダメツナだった、リボーンが来る前とは比べものにならないくらい毎日が楽しい。ちょっと照れ臭いけど、今日くらい素直に言ってもいいよね。


□□□
──某所空き地。
 ボフン、という音と煙とともに現在地が変わったことに気が付く。屋内ではなく、屋外。周囲に複数の気配を感じて体勢をととのえるも、煙が晴れてそこに見えたのは地面に倒れ伏す男子中学生たちだった。
 見覚えがある。そう思った一人の顔を蹴飛ばしこちらを向かせれば、数日前に喧嘩を売ってきた上級生の一人に似ているようだった。
 また、兄弟の代わりの報復、というやつだ。
 そう言えば、あちらに移動する前に誰かに声を掛けられたような……。しかしすぐにおおよそ十年後のじぶんと入れ替わってしまったので、おそらくそちらのじぶんが相手したのだろう。
 いきなり目の前の相手が変わった際の顔は見ものだったろうなぁ。

「おや、また喧嘩したんじゃな」
「先生」

 これらをどう片付けようか考えるわたしに話しかけてきたのは、長い白髪を風にたなびかせた老人だ。なんでも勝つまでの願掛けとして伸ばしているらしい。誰かに会って来たのか、いつもよりきっちりとしたスーツ姿だ。
 この人がわたしに武道や武芸を教えてくれる人で、生涯を武に捧げていると言っても過言ではない人である。

「いいえ、じぶんではなく、未来のじぶんが喧嘩をしたのです」
「未来の……?また面白いことを言うのう」
「本当ですよ」

 到底信じてはもらえないだろうが、本当のことだ。もう一度「嘘ではないですよ」と念を押すも、先生には微笑ましい気に見られるだけだった。まぁ、未来のじぶんが、なんてSFの話だものな。
 先生に「さぁて、総志も待っとるし帰ろうか」と差し出された手を掴む。しわの多い、少し冷たい手だ。

「先生、未来のわたしはいろんな人と楽しく過ごせるそうですよ」
「それはまた、ぜひともそんなお前を見てみたいもんだ。ジジイも長生きしなくてはな」

 先生は優しく微笑んで、それに応えるように私は頷いた。今がどんなものでも、いつかにそんな『楽しい未来』があるなら待ってみよう。
 思い出すのは、茶髪のツンツン髪の小柄な男の子。わたしたちと違って、たぶん鍛えられても喧嘩慣れもしていなさそうな、一般的な中学生。
 早く、早く、また会いたいなぁ。
 いつか会うきみの為に、今はただ、強くなっておこうと思う。


***
20260107
殺伐とした日々を過ごすうちに記憶は薄れて『中学生くらいには楽しくなる』とだけ覚えつつ、中学生になるもそんな楽しい未来は待っていない。すっかり忘れて高校生になって、世界線を越えてようやく楽しい『今』になる。



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