01



 俺は所謂一般人だ。
 もっと言えばモブでしかない。
 小説なら描写すらない背景の一人。ドラマなら名前もなく見切れてしまう程度の通行人O。漫画なら目鼻口が描き込まれるかどうかも怪しいその他大勢。
 これは別に自分を卑下して言っているわけじゃなく、まぎれも無い事実だからこそ言い切れることだ。俺はモブ、確定、間違いなし。

 どうして俺がそんなことを知っているかと言えば、教えられたからに他ならない。
──見て見てあの子が主人公だよ。と。
──その隣はヒロインだよ。と。
──あ、今すれ違った人は重要人物、後から仲間になる感じの。と。
──今建物の影にいた人は主人公の宿敵さんだよ。と。
 言われる度にちらりとさりげなくその姿を見て、なるほど納得の面構えだわ、と悲しいくらいにモブ顔の自分を思い返す。
 そうすると、斜め後ろ若干上の方から、君も別に悪い顔じゃないよ、月とスッポンとまではいかないから、んー、月と星くらい?なんて慰めの言葉がかけられた。星の数ほどいるってことですかそうですか、どうせよくある顔ですよすみませんねぇ。
 不貞腐れる俺に、素直じゃないのは可愛くないなー、と今度は斜め前方若干上から声が降る。
 視界に入ってきたのは黒いセーラー服の女の子。
 女の子?と疑問符をつけたいが、そうすると後が面倒臭い。女の子は何歳になっても女の子、そう言われ続けて早十年。これはもう洗脳に近い。ソウダネオンナノコダネ。いや見た目は確かに女の子だけどさ。
 そんな彼女は出会ってから十年間、見た目が変わっていなかったりする。ついでに言うと半透明で向こう側が透けて見えるし、ふわふわと俺の肩くらいの高さを浮かびながら移動していたりする。半分幽霊みたいなものかなー、などと暢気に言うが、じゃあ残りの半分は?と訊くと、それは秘密です♪と口許に人差し指を当てて無駄にかっこつけながら惚けるんだから、一発ぶん殴ってやりたい。
 殴ったところで通り抜けるだけだからしないけど。

 彼女と初めて会ったのは五歳の頃。俺は幼稚園に入ったばかりで、友達も出来ずに一人遊びをしていた。砂場の砂を全部集めて一つの山にしたりだとか。砂場の底って結構浅いんだなって思った記憶がある。
 そんな一人黙々タイプの俺に、彼女はいつの間にか現れて、お構い無しに色んなことを話してきた。俺の知らない漫画のこととか、アニメのこととか、小説のこととか、ゲームのこととか、やっぱりアニメのこととか。
 まぁ、喋っている間、俺はずっと無言なんだけど。完全に大きな独り言を聞かされてるんだけど。
 最初は無視してた。面倒臭いってのいうもあったし、興味ないっていうのもあって。でもそれが何回も何日も何週間も続いたもんで、ついついプッツンしてうるせぇって砂投げつけたんだよね。ほら、反抗期とかそんな可愛らしいのだよ。
 そして、彼女にぶつかることなく向こう側に舞った砂。
 それに心底驚く俺。
 女が半透明なことに今更気付いて、更に驚く俺。
──私の声が聞こえるのですか?……うっわ、ガチでこの台詞言うことになるとは、思ってもみなかったわ、笑うー。あ、その顔。へぇぇ、君、私のことはっきり見えてもいるね。すごーい、君は霊感の強いフレンズなんだねー。なんつってー。
 わけが分からん。全く以てわけが分からんから、意識を飛ばして現実逃避した。目が覚めたら全部無かったことになることを祈って──。

 まぁそんなこと無かったから、かれこれ十年も付き合うことになってるんですけどね!
 目が覚めた瞬間、あぁ夢か、なんて思う暇も無く、おはよー、て目の前で小さく手ぇ振ってきやがりましたからねこの女!それはもう無駄にいい笑顔だった。

 思い出すだけでもムカッ腹が立つ。
 イライラしながら、俺はぬるくなったブラックコーヒーを一気飲みした。公園の自販機で買った缶コーヒーだ。一介の中学生が喫茶店で優雅にコーヒーを飲めるわけが無い。そんなことをしてたら俺の財布が死んでしまう。
 空になった缶は、座っているベンチから程近い自販機の隣のゴミ箱にシュート。我ながらナイスコントロール。この力がバスケで生かせていたら、俺はきっとキセキの世代入りしていたに違いない。この世界にキセキの世代なんて無いけど。まだ無いだけかも知れんけど。

 やにわに黄色い悲鳴が上がる。俺にしか聞こえない悲鳴の主は、両手を組んである方向に熱視線を送っていた。
 その先には、道路を挟んで向こうの歩道を歩く三人組。男が一人と女が二人のそいつらは、何故悪目立ちしないのかが不思議な青いブレザーの高校生たちだ。
 お前だと思ったよ、この世界の主人公様よ。
 俺のテンションは最低になった。代わりに背後の彼女はテンション爆上がりで滅茶苦茶うるさい。俺の背中をバシバシ叩くな。俺はお前を殴れないのに、お前は俺を叩けるって理不尽じゃない?
──見て!見て!この近距離で主人公だよ!!はぁ〜、オーラあるよ〜、イケメンだよ〜、半端ないよ〜。
 はぁあ〜、うるせぇよぉ〜。
 やさぐれる俺に気付いていないのか、それとも気付いた上で無視を決め込んでいるのか。後者だったら俺も当分こいつのことを無視してやろうと思う。最終的に根負けするのは毎回俺なんだけれども。
 俺って実はヘタレだったのかな、と十五年かけて判明した新事実に肩が落ちる。

「おにーさん、だいじょうぶ?」

 掛けられた幼い声に顔を上げれば、小学生低学年くらいの可愛らしい女の子が心配そうな顔で俺を見ていた。
 ……子供でも顔面偏差値の高さから分かるなぁ。この子、絶対に主要キャラだろそうだろFA。

「あー、うん。大丈夫ですよ、心配してくれてありがとう」
「ほんとに?あゆみ、だれか大人のひとよんできてあげようか?」
「本当に大丈夫ですから、ちょっと疲れちゃっただけですから」

 あゆみちゃんかー。自分でお名前言っちゃうかー、そうかー……。
 身なりが良いし、衣服の質は上等そうだし、性格良さそうだし、ちょっと抜けてそうだし、体重軽そうだし、ささっと小脇に抱えて誘拐されそうで怖い。でも、そんな風にすぐ犯罪に繋げて考えちゃう俺の思考も怖い。
 何度か「大丈夫?」「大丈夫です!」のやり取りを繰り返し、遠くからお友達に呼ばれたことでそんな不毛な会話も強制終了された。お友達から向けられた不審者を見る目は、俺の心に容赦なく突き刺さりましたとさ、まる。
──あーあ、はなれちゃったー、可愛かったのにー。
 肩越しに掛けられた声に、俺は溜息と一緒に胸ポケットからケータイを取り出して耳に当てた。

「もう良いんですか、お姉さん」
──良いの良いの、十分堪能したし。かわりに可愛こちゃんはじっくり見れなかったけどー。残念だなー。
「犯罪臭がします。……でも、そう言うってことはやっぱりあの子もそうなんですね」
──そうだよ、未来の少年探偵団のひとりだよ。いや、もう結成済なのかな?
「探偵団……」

 また出たよ、ちょっと馴染みの無い不穏さを感じる単語。
 そろそろストレスで禿げそうだ。何で俺は、小説やドラマや漫画でしかきかなそうな単語を、背後霊よろしい彼女から頻繁に聞かなきゃいけないんだろう。探偵とか、殺人事件とか、連続爆破事件とか、公安とか、FBIとか、謎の組織とか。特に最後の謎の組織っ。謎なら謎のままにしておけよ、なんでモブな一般人の俺が存在知っちゃってんの?背後の彼女がおしゃべりで確信犯な所為ですね十年前から知ってた。

 耳を澄まさずとも、よぉく聞こえてきた誰かの悲鳴。引ったくりー!と叫ぶ女の身なりはたいへん良かった。私お金持ってますよと主張が激しいくらいだ。
 俺の目の前を帽子を目深に被った、小脇に高級そうなバックを抱えた見るからに怪しい男が走り抜けようとする。スイッと足を差し出せば勝手に転んで地面に額をぶつけて気を失った。え、受け身もろくにとれないとか、ちょっと、ないわぁ。
 さっきの奴の方が、まだ受け身とれてまた逃げようとする気概あったんだけど。

 ……エル知っているか、引ったくりに遭遇するの、今日だけで三回目なんだ。お姉さん、エルって誰。

「はーあ。あ"ー、引っ越したい」

 俺は所謂一般人だ。
 もっと言えばモブでしかない。
 そんな俺は日本のヨハネスブルグだかロアナプラだかヘルサレムズ・ロットだか。異常ではなく犯罪が日常のせわしない米花町に住んでいる。
 戦々恐々としながら生きてきて、今年で十五歳。彼女が言うには、今年から本腰をいれて犯罪都市の名を上げていくらしい。なんて不謹慎な。今までだって十分、誘拐やらスリやら爆破事件やらが起きてるって言うのに、これ以上とかもうお腹いっぱいで食傷気味です。
 出来ることならこうなる前にこの町から離れたかったけれど、仕方がない、俺は義務教育真っ只中の、引っ越すのだって一人じゃできない、ただのよくいる一般的中坊なのだから。

「出来ることなら加害者でも被害者でもない、野次馬の一人くらいでありたいものです。ねぇ、お姉さん」
──そうだね、ちゃんと野次馬してね!

 違うんだお姉さん、最低ラインが野次馬、最高ラインは無関係なんだお姉さん。



***


2/15
--


SFmob
Top