宇宙蛙は不良世界でも宇宙蛙。02




 学校が終わり施設に戻ると、イザナが学校にも登校していなければ施設にも戻っていないと施設のヤツらが言っていた。「探しに行くか」と話し合っているのを隠れて聞いていたけど、「いつものことだ」と話が打ち切られて、居ても立ってもいられなくて思わず施設を飛び出してしまった。
 ひどく嫌な予感がする。

 学校に行っていないと言ってはいたが、念のために学校までの道を辿る。すれ違うのは知らない子どもや大人ばかりで、イザナの姿はどこにもない。
 見付からないまま学校に着いてしまった。荒れた呼吸を整えながら、下校時刻が過ぎて閉められた門を掴み学校を見る。職員室には明かりがついているけれど、校庭には誰もいないようだった。イザナはどこに行ったんだろう。
 施設に向かう道を少し外れながら、周りを探す。寄り道しそうな場所を思い浮かべて、もしかしたら通学路とは全く関係ない場所かもしれないという考えも過った。そうだとすると、探す範囲は格段に広がってオレ一人じゃどうしようもない。
 どうしよう、どうしよう。
 考えてる内に、何度か寄り道した公園が目の前にあった。もしかしたら、という小さな希望を抱いて公園の中に入る。

 ぽつりぽつりと明かりが灯る中、広くもない公園内を探すけどイザナの姿はどこにもなかった。やっぱり街の方へ行ってしまったんだろうか。それともオレも知らないどこかにいるんだろうか。
 どこに。どこに。なぁ、どこに行ったんだよ。

「こんな時間にどうしたでありますか?」

 ぐるぐると考える中で声を掛けられて、知らない内に俯いていた顔を上げ声がした方を見る。すぐ側にあったジャングルジムの天辺から、自分とそう変わらない子どもが二人、オレを見下ろしていた。

「もしかして迷子でありますか?この辺りの土地などすでに吾輩の庭のようなもの、建物の特徴さえ教えてくれれば送ってあげられるであります!」
「おい、そんなことしてたら俺たちの帰る時間が遅くなるぞ」
「え〜、遅くなったところでちょっと怒られるだけじゃん?平気でありますよ」

 逆光で顔の良く見えない二人は、ポンポンと会話を続けている。
 思わずぼんやりとそのやり取りを眺めてしまったが、そんな暇はオレにはないのだ。改めて歩き始めようとして、しかしそれより先に上から一人、目の前に飛び降りてきてまた足が止まる。
 ジャマすんなと怒鳴るより早く、ズイッと覗き込んできた黒目がちな目のあまりの近さに驚かされた。次いで、鮮やかな緑色の髪に目がいく。動くたびにピョンピョン揺れるくせ毛の色は、地毛じゃなく染めたものだろう。

「迷子ではなく、誰かを探しているのでありますか?」
「あ。お、オレ……」
「話してくれれば、吾輩が力になるであります」

 笑って、オレの手を握りながら言ってくれた言葉は心強かった。ジャングルジムの上にいるもう一人が「また勝手なことを……」と呟いていたけれど、止める気はないらしい。
 ジワリと視界が滲む。

「い、イザナが、まだ帰って来なくてっ。探したけど、どこにもいなくてっ。嫌な感じがして、ジッとしてられなかったんだ!」

 どうしよう、どうしよう。お父さんとお母さんみたいに、二度と会えなくなったらどうしよう。
 ぼろぼろと涙がこぼれる。不安を言葉にしたら、歯止めが利かなくなった。袖でいくら拭っても涙は一向に止まらなくて、口から出るのはもう嗚咽ばかりで意味を成してくれない。

「そのイザナとかいうのは、薄い色の髪の奴か?ああ、肌の色は少し濃かったな」

 頭上から降ってきた言葉に、あれだけ止まらなかった涙がピタリと止まる。この辺りでその二つの条件に合うのはイザナだけだ。

「さっき、ゾロゾロとどこかに向かって行った中にいたぞ。穏やかな様子じゃなかったがな」
「きっとイザナだ!どっち!?」
「あっちの方に、……オイまさか一人で行くつもりじゃ、」

 最後まで話を聞かず、指差された方向へ弾かれたように走り出す。穏やかじゃないなんて言われたけど、あのイザナならきっと大丈夫だって信じたかった。

 教えられた方向に走って、聞こえてきた喧騒に気が逸る。もつれそうになる足をどうにか動かしてようやく辿り着いたのは、ビルの合間にある駐車場だった。
 目的のイザナはそこにいた。十人以上に囲まれて、武器まで持ち出されて、リンチに遭っている状態で。

「イザナっ!」

 駆け寄りたかったのに、見知らぬ不良に襟首を掴まれて邪魔をされる。「テメェ何の用だ?」と凄まれるが知ったことじゃない。
 睨みつけ暴れて抵抗すれば、地面に引き摺り倒される。咄嗟に起き上がるより先に腹を踏み付けられて、何が楽しいのかゲラゲラと笑う。それからまた数回踏まれて、蹴られて、無様に蹲るしか出来ないオレを周囲が嗤う。オレを馬鹿にして笑う。オレの顔の傷をあげつらい笑う。イザナのことまで罵りあざ笑う。
 オマエ等みたいなカスがオレの王を下に見るな。
 今すぐに殴り返してやりたいが、痛みで体が思ったように動いてくれない。せめても、とただの悪あがきでしかなくとも正面のヤツを強く睨み上げるが、ソイツはオレを見ておらず、別の方向の何かを見ていた。
 ふと、ソイツの顔に影が掛かる。
 ソイツの顔に誰かの両足がめり込む。
 その両足の衝撃に吹き飛ばされて、ソイツはゴロゴロと転がって行った。

「見た!?ねぇ見たギロロ!吾輩のドロップキック綺麗に決まり過ぎじゃない!??」
「落ち着けケロロ。そして二度とするんじゃないぞ、効率が悪過ぎるからな」
「かーっ!これだからギロロは!格闘技のロマンがまったく分かっていないでありますよ!!」
「分からなくて結構だ」

 テンポのいい言葉の応酬に、誰も口をはさめなかった。
 なんで。どうして。オレの頭の中に疑問符が大量に湧いていく。ふと緑色のソイツと目が合えば、この状況を何も分かってないくせして、問題なんて何一つないみたいに満面の笑みをオレに向けた。

「さっき振りでありますなぁ、少年」

 こめかみ辺りに右手をかざし、のんきに話しかけてくる。オレと変わらない子どものくせに、自分がうんと年上みたいな口振りだ。
 周りで呆けていた不良共がようやく動き出すと、いきなり現れた二人を囲んで喚く。

「何モンだテメェ!?」
「フンッ……、名乗るほどの者じゃあない」
「その台詞ガチで言えるのギロロくらいなもんだよ」
「うるさいぞケロロ!」

 オレからすれば緊張感がないだけのやり取りだけれど、周りのヤツらは馬鹿にされていると判断しキレた様子で武器を構えた。さすがに空気が変わったことを察して、二人は話すのを止めて真剣な表情で周囲に視線を巡らせている。
 先に動いたのは緑頭だった。

「よってたかって少数を襲うとは許せないであります!やっちゃってよギロロ君!!」
「……、は?オレか!?」
「ギロロ以外にいないでしょ!ホラ早く早く!!」
「〰〰〰ッ、貴様という奴はぁッ!」

 殴りかかるでもなく、まさかのもう一人の赤く髪を染めた目付きの悪い子どもの後ろに隠れるという行動に唖然とする。さっきの真剣な表情はなんだったのか。
 今までにいない類の人間に、不良たちの初動が遅れた。「くそぉッ!」と投げやりに叫んだ赤頭は手近な相手に殴りかかり、相手の溝尾に拳を叩き込む。所詮ガキの力だと舐めていたんだろう、碌に構えもせずに受けた相手は面白い程に吹っ飛んだ。
 目の前のことが信じられない。
 それはオレも相手の不良たちも同じ気持ちだったと思う。オレとそう変わらない身長で、体格だってそこらにいる小学生と似たようなものだ。なのに、一発一発の重みが違う。体の使い方が違う。一度殴るだけで、確実に相手を昏倒させていく。

「カクチョー、アイツらは何だ」
「イザナ!良かった、動けるんだな」

 目の前の喧嘩に夢中になってしまっていて、すぐ隣まで近付いて来ていたイザナに声を掛けられるまで気付かなかった。上から下まで確認すれば、それなりのケガはあるものの血が滲む程度。痛みを訴えるでもなく動けているから、そこまで酷いケガはないらしい。
 安堵して息を吐くオレに、イザナが視線だけで答えを催促してくる。
 しかしそう聞かれても、オレもさっきの公園で初めて会っただけで名前すら知らない。事実をそのまま伝えるがやっぱり満足はしてもらえず、不満を現すように足で軽く小突かれた。

 キャーッ!と甲高い声にイザナと揃って顔を向ければ、緑頭が囲まれていた。女みたいな悲鳴に情けないと思いながらも助けに入ろうと体を起こすが、イザナに肩を押されてまた地面に座り込む。なんで?と顔を窺えば「黙って見てろ」と止められた。

「キャーッ!暴力は反対であります!!」
「こンの、ちょこまかと!」
「きゃーっ!いやーっ!」
「逃っげんな!」
「おいっ、ざけんな危ねーだろ!外してんじゃねーよ殴んなら当てろよ!!」
「はあ!?コイツがちょろちょろ動くから悪ィんだよ!それにテメーが避ければ問題ねーだろーが!!このノロマが!」
「あ゛!?」
「ンだよ!?」

「仲間割れかよ……」
「あれが狙ってやれてんなら、面白いな」

 イザナが笑う。オレとしては赤頭の方が段違いに強くて面白いと思うけど、多分イザナにしか分からない何かが緑頭にはあるんだろう。

 駐車場に設置された街灯の下、イザナと並んで観戦する。殴られ蹴られたのはオレたちなのに、もうすっかり他人事の気分だ。それだけ赤と緑の喧嘩は見ていて面白い。
 喧嘩が終わった頃、立っていたのは赤頭だけだった。

「オイ、なんで貴様まで倒れているんだ」
「げ、ゲロぉ……。叫びながら、逃げるとか、体力使うであります……」

 そりゃああんな無駄な動きが多ければバテもするだろ。呆れるオレと赤頭と違って、イザナは声も出せずに腹を抱えて笑っている。途中からずっと緑頭の奇抜な行動に笑ってたもんな。ツボに入ったんだなぁ。
 赤頭は緑頭を放ってオレたちに近付いてきた。座るオレたちと少し距離をあけていて、それ以上は近付く気はないようだ。

「怪我の程度はどうだ。自分たちだけで帰れるな?」
「オレは問題ない」
「オレも、少し蹴られたくらいだし。……イザナも見つかったし帰れる」
「そうか。
 ……だそうだ。もう満足したな?俺は帰るぞ、これ以上は付き合ってられんからな」
「え!?待ってよギロロ、吾輩も帰るでありますよ!?」
「じゃあな」
「ちょっ、ぎろっ、ギロロさん!?」
「鬱陶しい奴だな」
「ゲロぉっ!?ひどくない?吾輩の扱い酷くない??」
「…………ッ、……ッッ」
「イザナ、笑い過ぎじゃないか?」

 置いて行かれると分かった途端に素早く起き上がり縋り付く緑頭に、赤頭はひどく冷えた目を向けていた。イザナは相変わらず声にならない程笑っている。……イザナが楽しそうでオレも嬉しいよ。
 そのまま二人は帰るのかと思えば、二人揃って転がっている不良たちの体をゴソゴソとあさり始めた。「何してんだ」と聞けば、身元が分かりそうなものを探しているらしい。
 なんでだ?とまたオレが訊ねるより先に、何かに思い至ったらしいイザナが特に体格のいい不良に近寄る。イザナか仰向けのそいつを蹴って転がし、うつ伏せにしてズボンの後ろポケットから財布を取り出したかと思えば、ソレを緑頭に投げて渡した。

「コレ、コイツ等のリーダー。そっちの赤い頭が三番目に殴って気絶したけどな」
「どおりで、取り巻く連中の質も悪いわけだ」
「お、あったであります。不良でも真面目に学生証は持ち歩くんでありますなぁ。ギロロ携帯貸して〜」
「自分のを、……ハァ、また忘れたのか……」

 渋々といった顔で赤頭が緑頭に携帯電話を渡した。緑頭は軽い足取りでリーダー格の不良の近くに寄ると、顔の近くに学生証を掲げて写真を撮る。そこで学生証に用はなくなったらしく、携帯電話をいじりながら財布ごと適当に投げ捨てていた。

「また同じことをされても面倒でありますし、証拠は大事でありますから?本来ならこういったことはクルルの役割でありますが、まだ合流できていないから仕方がないであります」
「どうするつもりだ?」

 イザナの問い掛けに携帯電話の画面から顔を上げ、緑頭が視線を向ける。浮かべた笑顔はさっきみたいな底抜けに明るいものじゃなく、悪戯を考える子どものようでいて、それ以上に意地の悪いものだった。

「こういったものはうまい具合に主導権を握って、生かさず殺さずが楽しいんでありますよ。げろげろり」
「……その行動はケロロとしても小学生としてもどうなんだ……?」
「許容範囲内っしょ!問題ないない!!」

 「つーわけで、この件は吾輩が預かるであります!」と提案されるが、オレの頭は現状についていけてない。
 そもそも絡まれたのはイザナだし、決めるのはイザナだろう。どう返答するのかとイザナの言葉を待てば「勝手にしろ」の一言だけ。てっきり自分で始末を付けないと気が済まないかと思ったのに。

「いいのか?」
「こんなヤツ等はどーでもいい。今はそれより面白いヤツがいる。
 なぁ、名前教えろよ。オレはイザナ。コイツは鶴蝶」

 随分と二人を、特に緑頭を気に入ったらしい。誰かと関わることでこんなに楽しそうなイザナは珍しかった。

「名前でありますか?吾輩はケロロぐん、じゃなかった。渡辺快呂々(わたなべ けろろ)であります!ケロロで良いでありますよ」
「俺は中田義呂々(なかた ぎろろ)だ。苗字は慣れんからな、名前で呼べ」
「ケロロとギロロだな。な「あぁっ!ギロロ、やばいであります!!」

 緑頭、ケロロが大きな声を上げてイザナの言葉を遮る。
 何がヤバいのか、携帯電話の画面をグイグイと赤頭、ギロロに押し付けるように見せていた。あれじゃ何も見えないだろうが、慌てているケロロは分からないらしい。終いにはキレたギロロに殴られて、それでようやく落ち着いたようだ。平気な顔をしてるが痛くないのか?手加減……、したにしては殴られた頬が赤くなっている。ケロロが丈夫なのか、いや単に鈍いだけだな。

「門限が!ヤバイであります!!」

 必死な形相のケロロに、ギロロは呆れたような疲れたような顔をして溜め息を吐く。「だから言っただろう」の吐き出すような言葉にはたっぷりと疲労感が込められていた。
 門限という単語に、オレもとっくに過ぎただろう施設の門限の時間を思い出す。しかし今回は施設の連中が悪い。アイツらがイザナを探しに出ていればここまで遅くなることもなかったはずだ。
 まぁ、イザナがわざわざ真面目に施設の規則を守るような性格じゃないから、一緒にいるオレも頻繁に破ってはいるけど。

「ハァ。いくらでも早く帰るぞ」
「了解であります!それでは、イザナ殿、鶴蝶殿、気を付けて帰るでありますよ!」
「じゃあな」
「待て、オレの話はまだ終わって……。……チッ」
「イザナが無視されるなんて珍しい、イタッ」

 呼び止めるためにイザナは手を伸ばしたが、掴むより早くケロロとギロロは走り去る。そんな普段ならありえない光景につい思ったことがそのまま口から出てしまい、イザナの機嫌を損ねたらしく向こう脛を蹴られた。あまりの痛さに蹲り脛を抑えるが、蹴った本人はそんなに痛いわけねーだろとそっぽを向いている。イザナは加減してくれてるんだろーけど、それでも十分痛いんだよ……。

「まあ、いいさ。その内にまた会う」

 そのセリフに顔を見上げれば、イザナの表情にはどこか確信めいたものがあった。名前だってさっき知ったばかりの、どこに住んでるかも知らないようなヤツ等なのに。
 でも、イザナがそう言うならそうなんだろう。何だか長い付き合いになりそうな気がする。


 次の休日、施設の門の前に緑と赤の頭を見付けて、本人は絶対認めないだろうけどイザナは柄にもなく喜んだし、オレも向こうから会いに来てくれたことがすごく嬉しかった。

「イザナ殿、鶴蝶殿、あっそっびーましょ、であります!」

 今日も底抜けに明るい笑顔を浮かべたソイツは、なんとなく幼馴染のヒーローに似てる気がした。


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