生まれた環境からして最悪クソだった。リストラされてからは働かず飲んだくれて暴力をふるう男と、そんな男と一緒にいたくなくて金もないくせに遊び歩く女。そんな二人がろくに子どもを育てられるわけがなく、ほぼほぼ死と隣り合わせで五年間を生きてきた。
 前世の記憶がなければ早々にお陀仏していただろう。
 そんな生活も、男も女も外で何やらやらかして終わりを迎えた。ざまぁみろだ。
 それからはいくつかの施設を回り、ようやく今の養護施設に落ち着いた。かと思えば階段落ちの末の戦場の悪魔成り代わり+擬人化発覚これである。
 何から何まで最悪クソじゃないか??
 しかもケロロあの馬鹿までいるときた。オレの今生もケロロによって滅茶苦茶なものになるんだろう。嫌々ながら覚悟はできている。

「だがな、誘拐なんぞの犯罪の片棒を担ぐつもりはこっぽっちもないッ。貴様との縁を切る!」
「ご、誤解であります〜ッッ!!!」

 夕方。俺とケロロに割り振られた部屋の中、潜めた声で大声を出すという器用なことをやってのける。脚に縋るケロロは涙を滂沱しており、情けないことに鼻からも汁が出ていた。あッ、このッ、汚いだろーが!!
 ケロロの背後にはケロロのベッドがあり、その上には布でぐるぐるに巻かれたイザナが寝ている。部屋の隅にはイザナが着ていただろう服が放置されているが、随分な水分を含んでぐっしょりだ。床が腐るのでビニール袋に突っ込んだ。今朝方まで雨が降っていたからその所為だろうか。
 ふと思い出すのは昨日の夜、大雨にテンションを上げて飛び出して行ったケロロの後ろ姿。
 大方その先で、びしょ濡れのイザナを見付けて拾って来たんだろう。犬猫じゃないんだが???そうほいほい拾ってきても問題のない身の上でもないんだが???
 ちらりと脚に縋りついたままのケロロを見下ろす。
 俺が話を聞く態勢になったと察したのか、パッと明るくなる表情に大分苛ついた。都合のいい時だけ空気を読むのがうまい男である。

「だってだってだってぇ、普通の人間は雨に当たり続けると肺炎になるでありますし〜。ただ事じゃないと思ったんでありますよ〜。親切心!吾輩のなけなしの優しさ故の行動であります!!」

 決して誘拐ではないであります〜!と惨めったらしく泣くケロロの頭を床に押し付ける。騒ぐんじゃない、大人たちに気付かれたら面倒だろうが!
 ケロロがイザナを拾ってきたのは良しとしよう。全く良くないが、それを言い続けていたら話が進まないので良しとする。非常に不服だが良しとする。
 ここで問題にすべきは、なぜ雨に降られたままだったのか、施設に連絡すべきか、鶴蝶に知らせるべきか、今後どうすべきか。まぁこのくらいだろうか。頭のいいクルルあいつならもっと問題点を見出せたかもしれないが、生憎と俺の頭じゃこの程度だ。
 事情を聞くには本人は寝ている。施設の電話番号は分からない。鶴蝶に知らせるには直接会えばいいが時間が遅過ぎる。今後どうすべきかは、事情を聞かなければ判断のしようもない。……現状、なにも出来ないな。

「明日、イザナが起き次第事情を聞け。貴様が連れて来たんだから、責任をもって最後まで対処しろ。分かったな」
「了解であります!
 ところでギロロさん……?吾輩の寝る場所でありますが……」
「床が空いているぞ。じゃあな」
「ですよねー!!」

 「ウッウッウッ、床が硬いであります……、冷たいであります……」とブツブツ言い続けるケロロを無視して寝に入る。拾ってきたのは自分なのだから、多少の不便は甘んじて受け入れるべきだろう。


 ……Q、目が覚めたら異国風ドイケメンの顔面がドアップだった俺の次の行動を述べよ。
 A、鍛え抜いた腹筋の力で上半身を起こし渾身の頭突きをお見舞いする。

「「ぐぁ……ッ」」

 お互い額を抑えて蹲り唸る羽目になった。この石頭め……!!!
 少しばかり回復に時間を要し、ヒリヒリとするものの行動に支障がなくなったと判断してから顔を上げた。視線の先ではイザナがまだ頭を抱えて蹲っており、幾許かの優越を感じる。ふんッ、鍛え方が違うのだ。
 ベッドから降りて朝の準備をする途中、未だに床で眠りこけるケロロを見下ろして溜め息が出た。昨日はあれだけうだうだと言っていた癖に、寝てしまえばこれである。朝食に間に合わずとも放っておこうと無視していれば、八つ当たりかイザナに蹴り上げられて起こされていた。良かったな、朝食の時間に間に合うぞ。
 時間に間に合ったからと言って、食事を摂れはしなかったが。
 何が原因か知らないが、精神的に不安定なイザナがケロロの腹部を締め上げて離さなかった。まさしく潰れた蛙の声を上げるケロロ。これも甘んじて受ける不便の一つだろう。俺は食べに行くが。


「パンと牛乳はもらって来た。選んだ物に文句を言わないなら食え」
「ギロロ神じゃん……!!」

 朝食を終えて部屋に戻ってきても、ケロロはイザナに抱えられたままベッドに腰掛けていた。両脚で捕獲されていたが、締め上げられていないだけマシだろう。
 持ってきたクリームパンとメロンパンをケロロの膝に落とし、パックの牛乳二つは横に置いた。わざわざ近くのコンビニまで買いに行ってやったのだ、いくら感謝されても足りないくらいだ。

「イザナ殿どっち食べるー?吾輩はメロンパン!」
「……オレもメロンパン」
「ゲロぉッ!?……わか、分かったであります……。うぅ、め、メロンパンはイザナ殿に譲るであ゛り゛ま゛す゛ぅ」
「おう」

 受け入れるのか。萎れた顔をして断腸の思いでメロンパンを渡すケロロに、イザナは心なしか満足そうだ。そんなしょぼしょぼとした様子も、クリームパンを頬張った瞬間に雲散した。安い男だな……。
 パンと牛乳を腹に納めて落ち着いた頃を見計らって、俺は口火を切った。

「イザナ。貴様が昨日ずぶ濡れになっていた件だが」
「…………」
「ゲロぉッッ!??」
「……貴様の現状についてそちらの施設に連絡を入れておこうと思っているんだが」
「…………」
「出ちゃう出ちゃう!吾輩の内臓出ちゃうから!」
「その様子だと、鶴蝶に知らされるのも嫌がりそうだな」
「…………」
「ぐぇ、グぇロ……」
「はぁ。返事代わりにケロロを絞めるのはやめてくれ……」

 言いたくないし、報されたくもないらしい。しかしそれを口で言わず、ケロロを絞め付けることで主張するのはやめてやって欲しい。見てくれ死にそうな顔で白目を向いてるだろう。
 何も分からず誰にも頼れそうにないとなると、これからどうするべきか。
 顎に手を当て考え込む俺に、ケロロがいい案を思い付いたようで声を上げた。

「真一郎殿に相談するのはどぅぼぉあッッ!?」

 下策だったらしい。シンイチローが誰かは知らないが、今のイザナにとっては触れてはいけない何かのようだ。ケロロのくびれがさらに細くなった。
 ……しばらくケロロのベッドに居候させておけばよくないか。俺は特に迷惑を被らないし。
 そうだなそうしよう。
 そう、面倒になって結論を出したところ、施設の玄関方面がざわつき始めた。誰かお偉いさんでも来たんだろうか。
 イザナとケロロに部屋から出ないように言い含めてから、廊下へと顔を出す。丁度良く施設の大人がこちらに用があって向かって来ていたようで、俺の顔を見た途端「快呂々君いる?」と声を掛けてきた。あいつは所々で何かしらやらかさないと気が済まないんだろうか……??

「吾輩にご用でありますか?」

 出てくるなと言ったのに簡単に出て来るしな。

「そう。快呂々君に会わせてくれって熱心にお願いされちゃって……。心当たりある?」
「はて???まぁ会えば分かるであります!」

 警戒心とういうものがないのだろうかこの蛙。俺を巻き込まないならもう好きにすればいいさ。
 ケロロは施設の大人について行った。部屋に残された俺とイザナは特に会話もなく、ボケッと窓の外を眺める。

──「ゲロぉ!?し、真一郎殿、なぜここに!?」

 ケロロの声が聞こえた途端、イザナが玄関に向かって走り出した。シンイチローと名前が聞こえたので十中八九それが原因だろう。しかしだな、貴様は今不法侵入中だという自覚がないのか!?
 仕方なしに後を追えば、玄関には低い身長で隠し切れないもののイザナを背後に庇うケロロがいた。

「なんにもいないわ!なんにもいないったら!!」

 いや遊んでるだけか?常時ふざけているような奴だから判断がつかんな。
 ケロロとイザナの前には、黒髪黒目でひょろりと背の高い男がいた。体幹が安定しているところを見るに、それなりに鍛えているのだろう。筋肉の付き方から、何かしらの武術の基礎はあるが、ほぼ我流。喧嘩で鍛えたと言ったところか。あと、全体的に薄汚れている。

「出てきちゃダメ!!」
「だから、一々芝居がかっててウザい」
「酷いであります!」

 一芝居終わったらしい。
 ケロロを押し退けて前に出たイザナに、シンイチローが「イザナ!」と喜色を滲ませて名前を呼ぶ。イザナの知り合いか。呼ばれたイザナは硬い表情のまま、またケロロの背後に戻った。間に挟まれたケロロは目を白黒させて二人を交互に見る。
 周囲に集まっている大人も、遠目で様子を伺っている子どもたちも、只事ではない様子にハラハラとしながら状況をうかがっているようだ。

「おい、ここにいると施設の迷惑になる。外に出てから話でも喧嘩でも好きにしろ」

 俺の提案には三者三葉の反応が返ってきた。ケロロは「ギロロも一緒にお話聞くよね……?」とあざとく見上げてくるし、イザナは「オレは話なんてない」とそっぽを向くし、シンイチローは誰だコイツという表情かおで俺を見る。俺たちからすると貴様の方こそ誰だなんだがな。

「貴様たちの事情には一切関心がないが、ケロロが関わってしまったからには解決まで辿り着かんといつまでもうじうじと五月蠅そうだからな。
 拳でもなんでも使って会話しろ。納得するまで話し合え。以上だ」

 ぴえん顔のケロロを外に投げ捨てて、イザナは抱え上げてからシンイチローの背を押して外へと向かい、その場で下ろす。

「じゃあな」

 俺は施設内に戻って玄関の扉を閉めた。鍵も閉めた。当然だ。
 後ろを振り返ると不安そうな施設の大人たちと子どもたちがいて。俺は溜息を飲み込んで、イザナが別の施設の子どもであることと、考え至った経緯を説明する。それから勝手に部屋に泊めたことも謝罪した。
 連れて来たのはケロロだが、それを黙っていたのだから俺も共犯者だ。あちらのゴタゴタはケロロがどうにかするとして、共犯者なのだからこちらのことは俺がどうにかしておいてやらんこともない。
 まったく。手の掛かる隊長殿だな。
 この施設は気の良い人間ばかりで、事情を知って受け入れてくれた。時折窓の外を覗いては、本当に拳(蹴撃技多めのほぼ一方的)で語り合う二人、プラスとばっちり一人を温かく見守る大人たち。子どもたちなんかはどちらが勝つかで応援までしている。……勝ち負けの問題ではないんだがな。
 俺も三人の様子を観察して、いつ頃終わりそうかを見計らう。ボロボロになっているケロロを見て、その内あいつも鍛え直した方がいいかとも思案した。
 まぁ、タオルと救急箱は用意しておいてやろう。


「お、終わったであります〜……」
「…………ふん」
「すみません、お世話になりました!」

 玄関の鍵を開けて待っていば、入って来たのは怪我がひどいものの晴れやかな様子の三人。イザナはほぼ無傷だが。傷だらけのケロロとシンタローは玄関での治療となった。三人とも土や血で汚れて汚いからな。
 最初は俺が二人とも手当するつもりだったが、シンイチローの手当てはイザナがするらしい。「オレがやる」と救急セットを奪われてしまった。ケロロの手当てもあるんだがな……。様子を見ていた施設の大人が、もう一セット救急セットを持ってきてくれたのでこともなし。
 タオルで簡単に汚れを拭った後、遠慮容赦なく消毒液を塗り込んでいけば「痛い痛い痛い痛いしみるであります!!」と騒がしい。それを見たイザナが何を思ったのか、俺と同じようにシンイチローの傷に容赦なく消毒液を塗り込んでいった。「痛い痛いイザナっ。あれは正しくねぇ手当だから!」正しくなくはない。
 後はガーゼや絆創膏を貼って終わる。イザナの初めての手当ても無事終わったようで満足げだ。

「それで、ケロロ。解決したんだな?」
「か、解決?……した、でありますか?」
「したした!ありがとーな、ケロロ。それから……」
「ギロロだ」
「ああ。ギロロも世話になったな」

 シンイチローに礼を言われるも、俺は特に何もしていない。外に放り出しただけだ。

「イザナは納得したのか?」
「……してねぇ」
「イザナぁ……」
「情けない顔すんなッ。納得はしてねぇが、どこかできっと折り合いはつける。……けど、まだ時間がかかる」
「そっか……。大丈夫だ。どれだけ時間がかかっても、オレはイザナの兄貴だから、いつまでも待つ」
「……ふん」

 穏やかな笑みを浮かべるシンイチローから視線を逸らすイザナの耳が、ほんのり赤くなっているのは指摘すべきではないだろう。
 それよりも俺の隣で「良゛か゛っ゛た゛で゛あ゛り゛ま゛す゛な゛ぁ゛!イ゛ザ゛ナ゛殿゛!!真゛一゛郎゛殿゛!!」と涙声のうるさいこいつをどうしてやろうか。

 イザナがシンイチローに連れられて自分の施設へ戻って行くのを見送る。向こうの施設へはシンイチローから連絡済だ。
 その際に鶴蝶が電話を代わってイザナと会話をし、珍しいことにイザナが鶴蝶に怒られているようだった。突然いなくなって心配したのだから、怒りの一つや二つは沸くだろう。
 問題事が一つ片付いて、やっと肩の力を抜く。
 一日の大半を使って終わったが、長引くことがなくて本当に良かったと思う。長引けば長引くだけ二進も三進もいかなくなったケロロの煩わしさが増し、最後には「どうしようギロロぉ〜」と情けなく擦り付けてくるのだ。
 これで小隊全員が揃っているなら負担も分散されるが、現状ケロロの相手が出来るのは俺一人。終わってよかった、本当に。詳細は知らないままだが。
 他に厄介事はなかっただろうか。
 ふと考えて、おや?と疑問が一つ浮かんだ。

「そういえばケロロ、貴様この施設を出ることをイザナたちには話したのか?」

 そう、このケロロは施設を出る。養子先が決まったのだ。相手はもちろんあの日向家である。
 まさかこの世界にもいるとは思わなかったが、冬樹もいるし夏美もいる。母親も変わらず、父親は……、?。そういえば昔も今も見た覚えがないが、まぁ同じ人物だろう。
 中学に上がる頃には渡辺ではなく日向 快呂々になっている予定だ。
 知人に言う言わないは本人の自由ではあるが、それなりに関わりもある上「イザナ殿にはちゃんと言った方が良さそうでありますねー」と自分から言っていたので、きちんと伝えるのだろうと思っていたんだが。

「…………テヘ☆」

 様になり過ぎるウインクで星を飛ばしながら、片手で自身の頭を小突く。おい、まさか。

「……おまえ、施設から出るのか……?」
「い、イザナ殿!?帰ったのでは!!??」

 ケロロの背後にいつの間にかイザナがいた。
 俺もケロロも思わず地面から数センチほど跳ねてしまったが、俺が気配を察せなかったのだからそんな挙動も致し方ない。
 イザナがケロロの肩に手を置く。「いだだだだッ、痛いでありますイザナ殿ぉ!!」とケロロが鳴くし、肩からミシミシという聞こえてはいけない音が聞こえるので結構な力が込められているらしい。
 男にしては大きな目をさらに見開いて、逃すまいと視線を刺すように向ける。ハイライトも消えた瞳は恐ろしいことこの上なかった。

「貴様、イザナたちに何も言っていなかったのか?何ヶ月前に決まっていたと思ってる!?」
「ゲロぉッ!ギロロまで暴力は反対であります!!
 しょーがないじゃん!なんて言えばいいか分かんなかったんだからさァ!!」

 「言おうとは何度も思ったんでありますよォ!」半泣きで訴えられるも、言わなかったことに変わりはない。
 視線をケロロから背後のイザナに移す。俯いていて顔色を窺うことは出来ない。肩に込められた力も抜けたようで、ケロロも訝し気にイザナの様子を窺っていた。

「……イザナ殿……?」

 伸ばした手は、大きな音を立てて弾かれた。
 叩かれた手を抑えてケロロが振り向く。そこにあったのは絶対零度の冷たい視線だ。青い顔で息を飲むケロロを無視して、イザナは改めて施設の外へと歩き出した。
 ……あー……。この厄介事の原因はさっさと話しておかなかったケロロか?それともタイミング悪く話題に出した俺なのか?

「うわぁぁん!待つでありますイザナ殿ぉッ!!」

 恥も外聞もなく、大泣きしながらイザナの後を追いかけるケロロ。俺もこれを追った方が良いんだろうなぁ……。嫌だな。本当に嫌だが、仕方がない。
 はぁ。やはりケロロに関わると面倒事ばかりだ。


 結果としては和解した。
 一か月の下僕生活を条件として。何故か知らんが俺も一緒に。意味が分からんが????

「吾輩だけとか寂しいじゃんか〜?
 えへへ……、…………ごみんちゃい」

 ほんとケロロこいつ最悪クソだな!!??


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