パンダちゃんの婚約者ですが、




 死んで生まれ変わったら、大金持ちの家の娘ちゃんだった件。これは勝ち申した!、と言いたいところだけど、海賊はびこり天竜人も幅を利かせるこの世界じゃあどう足掻いても負けなんだよなぁ〰〰。
 というわけでワンピの世界への転生である。大海賊時代とか恐いなぁ、と思いながら三歳まで過ごしてきたが、実はまだ海賊王ロジャーが処刑されていないので大海賊時代突入前だった。だからと言って海賊がいないわけではなく、前世価値観を持っているとまず『海賊がいる』ということ自体が恐怖だ。私が住む国にはいないようだが、世の中には山賊だっているらしい。みんな一般人しよ????
 ひーん怖いよぉ〜、と布団おっ被ってベッドで震えたところで何も解決するわけでもなく。私は恐怖に打ち勝つために体を鍛えることにした。
 嘘です。我が家で働いている執事長とメイド長が力こそパワーな脳筋だったため、「恐怖を乗り越えるためにも身体を鍛えましょう!」と無理やりベッドから引きずり出されて体鍛えられただけで、嫌々やっています。ひーん、ベッドで丸まってすべてをやり過ごしたいよぉ〜。
 普段甘々なお父様お母様も、私が不健康に引きこもるよりは無理やりにでも外を駆け回っている方がいい派なようで止めてくれない。私の背後から迫ってくるあの猛犬の群れが両親には見えていらっしゃらないのか???駆け回っているんじゃない、死に物狂いで逃げ回っているんだよ。
 それでも流石は空気にプロテインが混ざっているといわれるこの世界。数ヵ月経つ頃には野生の大型生物と対峙しても余裕で逃げおおせるほどには鍛えられました。
 お嬢様ご立派になって……、じゃないんだよな!
 次は勝ちましょうね!、でもないんだよな!!!

 毎日の鍛錬が身に沁みついた二年後。

「お前に婚約者を用意したよ!」

 得意満面のお父様、の対面のソファに見知らぬ親子が座っていた。父親だろう鍛えられた大きな体躯に黒髪の男性の奥に、ちょこんと座るのは薄紫色の柔らかそうな髪をした男の子。目の周りと鼻のあたりが黒くてちょっとパンダに似ていた。どっかで見たことあるなぁ〜。
 お父様に手招かれるまま隣に立ち、最近習い始めたマナーに従い挨拶をする。

「利発そうな可愛らしいお嬢さんだ!」
「いえいえ、お転婆なばかりで」

 向こうの父親には好印象らしい。褒められて悪い気はしない。謙遜するお父様も私も、ついつい頬が緩んでにこにこしてしまう。いえいえそんなそんな。えへへへへ。
 今度は男の子が名乗る番かと視線をやれば、目が合った瞬間にギッと睨みつけられた。は?可愛いだけなんだが??小動物の威嚇か???負けないですけど????
 睨まれたなら睨んで返す、のは世紀末人がすることであって淑女のすることではないので、にっこり微笑んで返す。ほら、怖くない。怯えていただけなんだよね?別に煽ってはないです。

「パパ!あいつ僕のこと馬鹿にしてる!」
「こらこら。可愛い女の子に笑い掛けられたから照れたのか?」
「可愛くなんかない!」
「こらこら。すみませんねぇ」
「いえいえ、可愛らしいお坊ちゃんです」

 私にも「すまんな」と謝ってくれので「気にしておりません」と笑っておいた。実際気にしてない。小鳥ちゃんが囀ってるなぁぐらいの感想。
 そんな私の気持ちが透けて見えたのか、男の子は不満も露わに頬を膨らませて、ソファから飛び降り部屋から出て行ってしまった。あらあら。向こうのお父さんも困り顔だが、怒らないあたり息子に甘々なようだ。うちのお父様もいつもなら私に甘々なので親近感。

「わかっているよね?」

 そう、いつもなら甘々なのだけど、たまに有無を言わせぬ時がある。今みたいに有無を言わせぬ笑みを浮かべている時とか。
 たぶん追いかけなさいってことなんだろう。否やはないので「追いかけてもいいですか?」とお父様に問い掛ける。「いってきなさい」と許可も頂いて、向こうのお父さんに一度礼をしてから部屋を出た。親に言われたからじゃなく、自主的に追いかけますねっていうスタンスが大事。
 廊下に出て、間隔を広げる。ご存知見聞色の覇気である。齢五つにして身に付けた私を褒めてほしい。すでに執事長メイド長から胴上げされて褒めに褒められた後ではあるが。一般人のはずなのに覇気を知っているあの二人はなに。
 廊下を走り、庭に出て歩調を緩めた子ども気配を察知。近くの窓から外に出て、そちらに向かう。土足文化だからできることだよなぁ。
 様子を見ると、私のお気に入りのブランコに腰掛けていた。漕ぐでもなく、じっと座って俯いている。泣いてるのかな?……は???泣くほど私と婚約するのが嫌ってこと????キレそう。
 まぁそんなことはなく、ブチブチと己の父親に対して文句を言っているようだった。僕の知らないところで、とか、遊びに行こうって言ってくれたから来たのに、とか、あんな生意気なガキ、とか。最後のは私に対する文句だな。安心してほしい、きみも十分生意気なガキだよ。
 うーん、これはどうしようかな。文句を言われようが無理やり連れ戻すことは可能だ。腕力的に。でも無理やり引っ張って連れ戻された息子を見た相手のお父さんからの心証は最悪になるだろう。お父様も追いかけろとは言ったけど、連れ戻せとは言っていないしな。いっそこのまま遊んじゃおうかな。
 そうと決まれば行動は素早く。子どもが座るブランコの座面の両端に足を置いて、立って乗る。勢い付けて飛び乗ったのでブランコが揺れ、驚かせてしまったようだがまぁいいじゃんね。

「な、なんだお前!?」
「まあまあまあまあ。よいっしょ」
「うわぁッ!」

 脚に力を込めてブランコを漕ぎだす。いきなり動いたブランコに驚いたようで、転げ落ちそうになったが吊るし紐を掴んで留まった。
 体勢が整ったのを見てから、漕ぐ力を強める。前に、後ろに、前に、後ろに。段々と大きくなる振り幅に、最初は「降ろせ!」だなんだとうるさかった子どもも静かになる。おっと、やり過ぎたかな。ほぼ地面と平行になったもんね。
 徐々に勢いを弱めて、普通のブランコ遊び程度の漕ぎ方におさめる。

「おい!どうして低いままなんだよ!さっきみたいに高くしろッ!!」
「なんだこの我儘坊ちゃん」
「はやくッ!!」
「はいはい」

 はしゃいで声を上げる子どもではなく、無言で噛み締めるタイプだったらしい。ご要望通りにぐんぐん振り幅を大きくしていけば、なるほど、瞳がきらっきらに輝いてるじゃねーの。可愛いじゃん。
 一通り満足するまでブランコを漕ぎ、「次はあれだ!」と指差されたのはグローブジャングル。中に男の子を入れ、私は外から遊具を回した。ある程度勢いがついたら外側にしがみつき、私も遊具の回転を楽しむ。
 私が楽しそうに見えたのか「僕も外がいい!」と言うので外側にしがみ付かせて回したが、ニ三回転したところで遠心力に従い吹っ飛ばされたので却下した。地面に転がりながら、何が起こったのか分からずきょとん顔するのは可愛かった。怪我してないの丈夫だね。
 「次はあれだ!」と指差したのはシーソーだった。片側に男の子を乗せ、反対側に私が乗って思い切り座り込む。男の子が吹っ飛んだ。どうして……。慌てて駆け寄り怪我の具合をみればほぼ無傷。頑丈じゃん……。しかし問題なのはシーソーの遊び方を間違って覚えたようで「もう一回!」と良い笑顔でアンコールされてしまった。シーソーは発射台じゃないんですよ。お願いされたからには応えるけど。
 しかし下手に怪我をさせてはいけないと思い、吹っ飛ばしたら駆け出しキャッチする流れになった。これはこれでいい鍛錬ではある。男の子も楽しそうだしwinwinでは。
 それからもいくつかの遊具を遊びまわり、たまに遊び方を間違えつつ、男の子の体力がなくなったので箱型ブランコで休憩する。男の子は疲れているが満足そうでにこにこだ。私の考案で庭に公園遊具設置した甲斐があった。
 近くに控えていた使用人に飲み物を用意してもらい、ひと心地つく。
 ついでにと持ってきてもらった菓子もつまみながら、あれが面白かったこれが面白かった僕の庭にも作りたい!とはしゃぐ男の子の言葉にうんうん頷きつつ会話する。でも全部吹っ飛んで怪我しそうだしやめといた方がいいんじゃない?

「まぁ、今乗ってる箱型ブランコくらいなら大丈夫かな?お父様に言ってプレゼントさせてもらうね」

 乗り気じゃない見合い話をしてしまった詫びの品とも言う。
 男の子の口元についたお菓子のかけらをハンカチで拭いつつ提案すれば、喜びからか顔の血色がよくなった。喜んでいただけたようで何よりです。遊ぶときは近くに大人置いといてね。君が吹っ飛ばされてもすぐ助けられるように。
 不満な婚約話も、楽しい遊びの記憶で上書きできただろうし、私頑張ったな。気苦労の終わりも見えてきて、はぁ、と短い溜め息を吐く。
 そろそろお父様たちの所に帰ろうか、と男の子の様子をうかがう。残りのジュースを一気に呷、るのはやめた方がいいと思うんだけど。……あーあ。思った通り咽てゲホゲホと咳をする男の子の横に移動し、その背を撫でる。
 この短時間過ごしただけでも察したけど、さてはこの子、ドジっ子だな……???
 これから先苦労するだろうなぁ、と男の子の将来に苦笑する。うーん、『紫髪』『パンダ』『ドジっ子』で検索ヒットするキャラクターがいたようないなかったような。
 考え込んでいると、咳がおさまった男の子が丸めていた背を起こし、私を見た。いつの間にかお互い両手を繋いでいる状態だ。え、なになに。
 驚く私をよそに、男の子は得意げな顔に笑みを浮かべ、口を開く。

「認めてやる。お前、僕のこんやくしゃにしてやるよ!!」
「わー、ありがたき幸せ―」

 絶対婚約者の意味わかってないでしょこの子。遊び相手か何かと勘違いしてない……???

_ _ _
「えー、以上が私とダムが婚約した幼い日の思い出になります」

 仕事の合間を縫い、三日三晩で作成した紙芝居の最後の紙をめくれば-fin-と真ん中に書かれたものが残る。絵本風に可愛らしく和やかなイラストの紙芝居は会心の出来だ。
 対面のソファで話を聞いてくれていたカク、フクロウ、カリファも拍手を送ってくれることから自画自賛しても問題ないだろう。見て、小さい時のパンダちゃん可愛いでしょ????思い出補正で美化されてないとは言えないけども。

「人の執務室で何やってんだヴァカがッ!!」
「鉄塊」
「いっだァあッ!?」

 わざわざ終わるのを待って背後から頭を叩かれたが、ばか素直に叩かれる理由もないので防がせていただく。なんか骨が折れてそうな音がしたけど気のせいだと思う。無駄に頑丈だから大丈夫でしょ。
 痛む左手を胸元に抱えつつソファの背面に縋るダムの頭が、ちょうどよく手の届くいい位置にあったので撫でておこう。いいこいいこ。
 払われないことをいいことに撫で続けていれば、向かいに座る三人からなんとも言えない視線を向けられた。あ、上司のこんな情けない姿見たくなかった感じです??まぁやめないんですけど。

 私の婚約者はスパンダムである。『紫髪』『パンダ』『ドジっ子』で検索ヒットしそうな彼であった。実際ヒットするようなしないような、そんな彼だ。
 小生意気なお子様はすくすく成長し、今では世界政府付属機関である諜報機関サイファーポールの中の、CP9の司令長官を務めている。漫画を頂上戦争あたりで離れてしまった私でも、その手前の手前あたりで見たなと記憶している敵キャラでもある。世界的に見たら正義なんだけどね。難しいところだよね。
 知っている、ということは、この司法機関エニエス・ロビーがダムのうっかりで沈むことも知っている。返り討ちにあったダムがボロボロの怪我だらけになるのも知っている。
 腐っても婚約者のそんな未来を黙って見過ごすわけにもいかず、私は更に鍛錬を続け、海軍に入り、中将という地位を頂いた。出来ることなら青キジの席をいただいて大将になりたかったのだけれど、そこまで至ることは出来なかったのである……。無念……。
 サイファーポール入りはね、諜報機関に私という人間が合わな過ぎてごめんされたよね。殴り飛ばして蹴り飛ばして終わりじゃダメなんだって……。パンダちゃんに相談したら大笑いで馬鹿にされたわ。秒で殴った。パンダちゃんは吹っ飛んだ。
 まあそれでもそれなりの地位はあるので。ついでに大将青キジの下の所属でもあるので、「連れ戻してきますー」の名目でこうしてエニエス・ロビーまで頻繁に顔を見に来られるのでヨシ!!青キジがエニエス・ロビーにいなくても、「予想外れちゃったか残念。休憩してから帰ろうね」で済むのでヨシ!!!

 頑張ったなぁと半生を思い返しつつ撫でり撫でりと続けていれば、顎に手を当て首を傾げたカクが口を開いた。

「それにしても婚約者とは……。年が離れすぎとらんか?」

 横の二人も同意見らしく頷く。顔を上げたダムと視線を合わせ、お互い合点がいったようにこちらも頷いた。

「総監の歳はいくつじゃ」
「三十八歳だ」
「おぬしは?」
「三十六歳」
「嘘じゃろ!?カリファと同じくらいかと……」
「え、えへへへへ、十歳も若く見えちゃう?んふふふふふ」

 勢いよくソファから立ち上がり目を剥くカクに、ついつい頬の筋肉が緩む。実情はどうであれ、若く見られて嬉しくないはずがない。パンダちゃんが呆れた顔をしている気配を察したが無視だ無視。

「当たり前だろーが。こいつは悪魔の実の力で老化を止めてんだ。カクの言う通り二十代半ばあたりからか?」

 ネタバラシが早いんだよねパンダちゃん!!
 理由を知ったカクは「なんじゃ……」とつまらなさげに座り直し、カリファは「ああ、悪魔の実の能力者だったのね」と眼鏡のブリッジを上げた。フクロウだけが未だに興味深そうに私をジロジロと見てくる。普段おしゃべりさんが無言で、でっかい体を前傾しながら観察してくるの、ちょっとどころでなく居心地悪いんでやめてもらってもいい……??
 まぁ、ダムがバラしたなら言ってもいいということだろう。

「そ、トメトメの実の能力者。いろんなものの時間を止められるよ。まぁ、まさか自分の老化も止められるとは思ってなくて、なんとなく『できるかな』でやったら出来ちゃったんだよね。でも髪が伸びたり爪が伸びたり代謝とかはある不思議」

 三者三葉、関心したような声を漏らす。そうでしょ、興味深いでしょ。

「上の連中が喉から手が出るほど欲しがりそうな能力じゃな」
「すでによろしくされ済だよ。実験してみたら老化どころか完全に止まっちゃって失敗。もっと能力向上を頑張りましょう、の最中です」
「そううまい話はないチャパパー」

 そういえば、あの完全に止まった囚人さんはどうなったんだろう。その後定期的にさせられる実験で同じように止まった囚人さんたちも。時間経過で能力が解けたか、廃棄か、検証か。考えると恐いな、忘れとこ。
 私の隣に移動してきたダムに新しくコーヒーを淹れてあげれば、当然のように受け取り呷る。そして盛大に溢して「どわーーーッ!!?」と大声を上げるまでが想定通りである。はいはいいつものドジっ子ね。
 対面の三人も想定していたようで各々の飲み物と、フクロウは中央に置いていた菓子入れも持ち上げて避難していた。慣れだね。
 常備していたタオルでダムの口元や服を拭き、同じく常備している布巾でテーブルに溢したコーヒーも拭く。あとは部下にやらせればいいだろう。扉付近に控えていた部下に手を上げて指示を出せば、てきぱきと周囲がきれいになった。うーん、これも慣れ。いつも私に付き合わせているのでこうなる。
 新しく用意されたコーヒーを飲んでいると、またもや首を傾げるカクが口を開いた。デジャヴ。

「その歳まで結婚もしてもらえず、ドジばかりのこんな可愛げのない男のどこがよくて婚約を続けとるんじゃ?地位か??」
「オレお前の上司なんだけど???」
「確かに地位が欲しくて婚約したんだけどね」
「えッ!!???」
「いや親同士そういう理由だったでしょうよ」

 私の親はスパンダインの地位が欲しくて、スパンダインは私の親の資金が欲しくて。そういう理由で婚約したのはとうの昔に知っているはずだ。何を今さら驚くのか。
 呆れた視線を向けた私に気まずげに目を泳がせるダムは、誤魔化すようにコーヒーを啜る。今度は溢さずに済んだようだ。
 そも、別に地位だけで婚約続けたわけではなし。

「ドジなところも可愛げがないところも、そこが逆に可愛いもんだと思っちゃったら、もう婚約続けるしかないよね」
「よ、四十路近い男に可愛いとか言うかァ???」
「言う言う。かぁわいいねぇパンダちゃん」

 にっこり笑顔を向ければ、たいへん不服そうに顔を顰めるパンダちゃん。そんな顔も可愛いと思うので末期である。

「……わしら惚気られとるんじゃろうか……」
「関わらないでおくのが賢い選択よ」
「チャパパ。この菓子うまいぞー」
「あら、ほんと」
「婚約者殿の持ってくる菓子はいつも当たりじゃの」

 ダムにもダムの部下にも美味しいものを食べてもらいたいのでね!ここが無駄にあるお金の使いどころの一つです。

 海軍本部への帰り道に考える。
 カクとカリファがエニエス・ロビーにいるということは、ガレーラカンパニー潜入前でいいのだろうか。でも経過報告のために一時帰還中の可能性もなくはない。そういえばここ数年ロブ・ルッチの姿も見えない、のはいつものことか。お仕事大好きだもんな、いろんな理由で。ブルーノもいない。いやでも他の仕事で留守なだけかもしれないし……。
 ダムの口が軽くて内情教えてくれるタイプだったらな……。こんな悩んで苦労しなくてもいいけど、それはそれでお仕事できないマンになってしまうので解釈違いかな。
 いっそウォーターセブンに行ってガレーラカンパニーを見に行こうか。でもそうすると、何しに来た、何しに行った、もしかして任務のことを知っているのか、なぜ知っている、からの不穏分子としてバイバイされる可能性はなくはない。
 お仕事となればダムも私情を排して、長年の付き合いである私だとしても切り捨てることだろう。それもそれでいいけど、うーん、軽率な行動はとれないな。
 困ったなぁ。ダムを助けたいだけなのに、下手な行動をすればその前に私が積む。けれどこのままだとタイミングを逃してダムが積む。事が起こった時に運よく私がここにいられればいいのだけれど、私の運はそこまでよくない。家ガチャで全部なくなったと言っていい。だからと言って、青キジ大将みたいに頻繁にサボるわけにも、毎日のようにここに入り浸るわけにもいかないしなぁ。
 何かいい案浮かばないかな……。

 悩みに悩んで約一年後。
 北の海の視察に行っている時に、エニエス・ロビー崩壊の報告を聞いた。いくら私に運がないにしても、偉大なる航路から外れてる時に起こらなくてもいいじゃん!!!!!


 バタバタ大きな足音を立てて病院内を走る。看護師に注意を受けても立ち止まらず、ダムがいるだろう病室付近の廊下にいた黒服の男たちに邪魔をされても立ち止まらずに走り続ける。邪魔だなこの黒服たち!殴り倒していいかなァ!!?
 殴っても蹴っても投げ飛ばしても、なお邪魔をする黒服たちが両手両足胴体にまとわりついてくるが、知ったことか、止まらず進む。カリファに倣って「セクハラです!」と叫んだが効果はない。ぶん回して投げ飛ばした方が早いまである。
 ぶんぶん飛ばして、ずりずり引きずって。
 ようやく辿り着いた病室の扉を思い切り開けた。

「スパンダム!!!」
「うぉッ!??」

 目に飛び込んできた個室のベッドの上のダムは、包帯ぐるぐる巻きの上、胴体と四肢をベッドの四方八方に固定された状態だった。手足が折れるならまだしも、胴体も折れたってこと????
 綺麗な髪もぶっ飛んだ髪型になってるし、顔なんてパンパンだ。ただでさえ数年前の事件で矯正器具つけないと痛いって文句言ってたのに。
 あまりにもあんまりな痛々しい様子に「ダム〰〰ッッ」と情けない声が出た。なんならちょっと泣いている。えーん、おおよそ三十年、この時のために鍛えたっていうのに、結果がこれとか悔しさで死ねそう。
 年甲斐もなく半泣き状態の私に、呆気にとられた様子だったダムが段々と冷静さを取り戻した。でっかい溜め息をついてから、私にしがみついていた黒い服の連中に「下がれ」と一言指示を出す。
 動きの邪魔するものがなくなって、ダムが横たわるベッドの横に駆け寄った。両脚両腕吊るぐらいならまだしも、腰まで固定って……。いくら丈夫なダムでもツラいでしょこれ。

「え〰〰んッ!ダムぅ〰〰ッ!!」
「泣き方がガキ」
「なんだとコラ」

 こっちは心から心配してるんだが???あまりにも変わらぬ悪態に涙引っ込んじゃったな。
 いやでも何度見ても痛そうで泣ける。私が遠方にいなければここまで重傷にはならなかったのに!そばにいただろうあの猫ちゃんたちは何してたんですかね???そういえばこの場にもいないな????
 廊下に待機していた黒服連中の顔を思い出すが、その中にCP9の顔ぶれはなかった。
 ……パンダちゃんめ、切り捨てたな?
 大怪我していても変わらぬ保身の強さに笑えてくる。それでこそパンダちゃん。海賊はびこる世界の中で、それぞれの正義を掲げる魑魅魍魎と闇の正義を掲げながらやり合う精神を持ってるだけある。
 とっても強い猫ちゃんを切り捨てたなら仕方がない。新しい『守ってくれる人』がダムには必要だろう。おや、都合がいいことにそこそこ地位がありとってもお金がありとっても強い海兵さんがここにいますね??
 包帯だらけの右手の、ちょろっと出た指先に指を絡めてスパンダムを見る。うーん、ひどい顔。

「大丈夫、安心してねスパンダム。今後は私が守ってみせるよ」

 にっこり笑って見せれば、ダムは懐疑的な視線を寄越してきた。隠す気になれば隠せるくせに、顔に出して教えてくれるくらいには私に甘いよねぇ。

「なんのために実家に金があって、私に地位と、権力と、腕力があると思うの」
「……オレのためだとでも……?」
「惜しい!パンダちゃんと結婚するためだよ!」

 なんだその呆れたような目は。

「まぁ信じようが信じまいがどうでもいいんですけどね。……じゃあこの書類にサインもらおうかな」
「オレの見間違いじゃなきゃあ、そいつは『婚姻届』じゃねェか???」
「えへへ。よろしくお願いします!!」
「大怪我で動けねェ奴に書かせるもんじゃねェだろソレは!!!」
「こんな時でもなきゃ書いてもらえないじゃん!!!!」

 ご存知だとは思いますが、結婚適齢期過ぎてんだからなこっちはよぉ!!見た目若いままですけど。
 お互い肩で息をしながら、婚姻届けを間に挟んで数拍黙る。先に口を開いたのはスパンダムで、それはそれは大きな溜め息を吐いた。その後に骨か筋が痛んだのか呻いていたが。

「……ペン貸せ」
「 え 」
「サインしてほしいんだろーが。書いてやるからペン貸しやがれ」
「今すぐにでも」

 はーやれやれしかたがねーなの雰囲気を醸し出されてはいるが、書いてもらえるならこっちのものである。近くの机からペンを一本拝借し、包帯の中からちょろっと出ている指に持たせた。ぷるぷる震えてなんとも危なっかしいが、婚姻届けには無事にスパンダムのサインが記された。
 勝訴!!!!
 瞬時に私のサインも書き込み、二人並んだ名前を天井へと掲げる。長かった、長かったな……。
 感極まって泣きそうになる私に、あろうことかパンダちゃんは「……そんなもん、たかが紙切れ一枚じゃねぇか」とのたまった。あまりにもあまりな物言いに、思わず包帯だらけの腕を思い切り掴んじゃったじゃん。痛みに吠えるパンダちゃんだが、しかし私の顔を見て黙った。なんでそんなに青い顔して大量の汗かいてるの???

「その紙切れ一枚に満足にサインできず三十年過ごした男は誰でしたっけね??」
「……三十年前なんてまだガキじゃねぇか」
「屁理屈!」
「うるせぇヴァカ女!!」
「バカって言った方がバカです、バーカ」
「お前の方が脳筋ヴァーカ!」
「貧弱バーカ!」

 いい大人が互いにバカバカ罵り合う。
 婚姻届け書いた後なら、もっと甘い雰囲気であるべきじゃないのかな??まぁでも私たちだもんな、無理な話だったな。
 これじゃあ埒が明かないと、婚姻届けを持って立ち上がる。長い足を活かしてさっさと病室のドアをくぐった。

「じゃあねパンダちゃん、今後は私が公私ともに守ってみせるから大船に乗ったつもりでいていいからね!あ、愛してるよ!!」
「ついでに言い捨てるんじゃねーよ!」

 はー!!これで晴れて婚姻成立!!一刻も早く役所に提出してこよ!!!!

 ……まさかその間に、飼い猫に手を噛まれてるとは思わないじゃん???は????私のパンダちゃんなんだが????これはもう私もCP0になるしかないね!!!!


***
■パンダちゃんの婚約者ですが、結婚まで約三十年かかったし、新婚の夫を知らぬ間に拉致られるしで運がない女。
 適応能力の高い転生者。
 娯楽がなさ過ぎて鍛え過ぎたゆえの腕力と地位。
 一点集中型の人。
 スパンダムのことはちゃんと好きである。
 『幸せにしてね』や『幸せになろうね』よりも『幸せにしてやんよ!!』の思考の人。
 CP0になるため四苦八苦するも方法が分からない。
 怨敵:元CP9 出会ったら殴り飛ばす可能性大。
 元CP5の下っ端は殴り飛ばし済みである。

■ピーチ姫パンダちゃん。
 プルトンの設計図の件がひと段落したらちゃんと結婚しようとしてた人。五年がかりの大仕事中なのに私事にかまけてられっかよ。
 でもまさかこうなるとは思っていなかった。
 婚約者のことは一応好んではいる。
 でも女友達に近いんだよな〰〰〰ッッ。
 どちらかと言うと『オレ様が幸せにしてやるよ』タイプなので、お互いにお互いを幸せにし合えばよかったのになぁ。
 自分と家族以外が彼女の名前を呼ぶのが許せない狭量な男。だけど滅多に名前を呼ばず「お前」としか呼ばないので、婚約者側からしたら名前を呼んでくれるのは家族のみ状態。

■猫ちゃん。
 クッパ大魔王。


***
20251227



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