ひとつ積んではぼくの為




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 DIO様が不機嫌らしい。
 陽が沈んだ頃、オロオロしながら館を徘徊するヴァニラ・アイスを見掛けたので近くにいたヌケサクに訊ねたところ、そう答えが返ってきた。へぇ、ふーん。……逃げよ。
 日本人らしく影を極力薄くして、テレンスに借りたゲームを片手に自室に引っ込む。「F-MEGAしませんか?」とウキウキした様子で誘われたけれど私の答えはNOのみ。「落ち物ゲー以外に興味ない」とコンマで切って捨てた。あまりの容赦ないお断りに落ち込んでいたとか私には知ったこっちゃあない。

 テレビとゲーム機を繋ぎ、カセットをセットして準備万端。テレビの真ん前のソファ、の前の床に座り込んでコントローラーを握る。陳腐な音楽が私の帰りを喜んでいるかのようだ。
 ゲームの世界に籠れば、DIO様の機嫌がどうだろうと関係ない。そもそも関わらなければいいのだ。触らぬ神に祟りなし、とはまさにこのこと。なんてDIO様にぴったりの言葉だろう。
 そもそも、DIO様の機嫌が良いだ悪いだといちいち気にしたところで下っ端で空気でモブな私ではどうしようもない。キリもない。彼だって生きているのだから喜怒哀楽ぐらいあるだろう。機嫌も悪くなればアンニュイになる日もあるだろうし、反対に超ハッピーでうれぴー☆と陽気になる日だってきっとあるはずだ。見たことないけど。ちょっと怖いもの見たさで見てみたいけども。
 たとえDIO様が吸血鬼で百年も前から生きていて、百年間を海底で過ごすという稀有な人だとしても、悟りを開いた仙人でも聖人でもないんだから。まぁ仙人にも聖人にも喜怒哀楽あるかもだけど。
 とりあえず成人ではあるだろうから放っておけばいいのだ。自分の感情は自分でお片付けしていただこうね。

 ということでDIO様のことは早々に頭から放り投げ、ゲーム画面の上方から落ちてくる様々な形のブロックを積んでは消してと繰り返す。積んでは消して積んでは消して積んで積んで消して積んで積んで積んで積んで消して積んで積んで積んで……。


 ──のしり、と頭の上に重みが掛かる。連動して背中と腰にも負荷が掛かるが耐えられる程度だ。
 ふと木の板で塞がれた窓の隙間から見える外の景色を見れば、すでにとっぷり暮れて星空となっていた。それでも日が昇るにはまだ遠い。特に彼が一番元気に活動できる時間じゃないだろうか。そんな貴重な時間になぜ私のところに……。
 気が逸れたせいでブロックがおかしな所に積まれていく。やらかした、と挽回しようにも落ちてくるスピードがえげつな過ぎてどうしようもない。瞬く間にブロックが画面天井まで積み重なり。不格好なそれを塗り潰すように画面が灰色に変わる。大きな音でゲームオーバーの小馬鹿にしたような音楽が響き渡り、浅いが長い溜め息を吐いてコントロールを放り投げた。

「もう少しで過去最高スコアに塗り替えられたんですけど……」
「んん〜?私のせいだと言うのか?」
「……私のミスですぅ」
「そうだろう?自身の失敗の原因を他者に押し付けるんじゃあない」

 抗議のつもりで上げた声は、鼻で笑われて終わった。悲しい。泣いてやろうかな。そんな簡単に泣ける体質じゃあないけど。
 放り投げたコントロールを取るために体勢を変えれば頭の重みが無くなり、ラッキーと思いながら元の位置に戻れば重みもまた頭の上に戻ってきた。この痛さ、肘置きにされている……!……頭が潰れそうなのでやめてほしい。

「(……うーん、殺気を感じる……)」

 鳥肌を立てつつどこからだろうと視線だけで見回せば、不穏な空気を扉の方から感じた。見れば僅かに開いた扉の隙間には……シャイニ〇グで似たようなの見たな……、と既視感を覚えるヴァニラ・アイスが。まるで親の仇を見るように私を睨みつけている。
 そんなに羨ましいならこの位置変わって差し上げますが??それはもう喜んで。
 背後のDIO様はそんな私やヴァニラ・アイスの心情を知ってか知らずか、クツクツと小さく笑う。これは機嫌が良いようで悪い。誰だ、DIO様の機嫌の悪さにいち早く気付いたくせにご機嫌取りきる前に逃げられたやつ!最後まで責任持って相手してくださいよ、中途半端な状態で私になすり付けないで!恨めしそうに見るくらいなら回収してくださいよ。ねぇヴァニラ・アイス、あんたのことですよ聞いてます???
 視線で訴えたところでヴァニラ・アイスがそれに気付いてくれるわけもなく、尚も視線だけで私を殺そうとしている。これではただの睨み合いだ。あの人DIO様以外に対して本当にポンコツだなぁ!!
 仕方がないのでこのままDIO様の相手をすべきか、と考えて、面倒臭いので放置することに決めた。私はただの肘置きです。一人でゲームする機能する付きの肘置きです。だから頭をグリグリされたって知らんのです。うりうり言ったって知らんのですでも痛い。

 改めてゲームをスタートし、レベル一から積み直す。積んでは消して積んではぐぇ。……積んで積んで消しうぇ。……積んで消して積んで積んで積んで消しぎぇ。
 ……頭上に置かれた肘が消えたかと思えば、私の頭を掴んで気が向いた時に右に左に揺り動かす。力加減をちょっと間違えていらっしゃるので、動かされる度に激痛が走るのなんの。それでも無視してゲームを続ける私。改めて考えるとDIO様相手にエライコトしてるな。やめないけど。

「あ」
「ふん、集中力の無い奴め」
「無い集中力総動員しるのに、それを霧散させてる原因はDIO様なんですよねぇ。いえ、別に文句を言ってるわけじゃないんですよ?まぁ首は痛いですけど」

 おかげさまで積む場所を頻繁に間違えて、画面は早々に灰色になった。小馬鹿にする音楽とともに、背後のDIO様からも小馬鹿にされてたいへんムカつく。
 この苛立ちをブロックにぶつけるべく再度ゲームを始めようとし、グイッ、と無理やり顎を上向かされて画面を見れなくなる。代わりに、視界いっぱいを占めるのはこの世のものと思えぬ美丈夫の顔面。目が、目が溶ける……!

「おい、腹が減った」
「でぃ、DIO様の食料なら下の階にありますよ……」
「貴様で良い」
「でってなんですか、でって。なけなしの自尊心が傷付きますので言い方を変えてください」
「貴様で妥協してやる」
「変わらねぇ〰〰〰」

 どんなに顔面が良くても許容できない部分ってのがあるんだよなァ!私が怒ったところで歯牙にもかけてくれないのが分かっているからこれ以上何も言わないけれど。とにかく、食事がしたいなら別室へどうぞ!!
 無言で階下を指差し首から手を外させ、改めてテレビ画面を向く。やはり灰色になっていた画面に溜め息を一つ吐いてリトライ。
 しようとしてまた上を向かされた。顔面が良いなァ!!

「貴様は面白みが無い」
「はぁ、申し訳ありません。
(顔面黄金比か……)」
「……貴様は可愛げも無いな」
「まぁ、あっても自分で自分が気持ち悪くなるだけですねぇ。
(国宝美術品か……?)」
「ふん。忠誠心も足らん」
「足りませんかねぇ?
(美人は顔顰めても美人……)」

 他所事を考えながらも間違いなく返答できるのは一種の特技だと思う。
 DIO様の言葉に、おやおかしいな、と首を傾げる。そりゃあ、まぁ、ヴァニラ・アイスを引き合いに出されたら忠誠心で負ける自信は有るけども。と言うか、彼は忠誠というより妄信や狂信の域だと思う。残念ながら私は無宗教なのです遺憾の意。
 しかし、私は私なりに忠誠心がある方だと思っている。だからこそ、DIO様からこの館の警備を任されているんじゃあないのだろうか。ペットショップと仲良くお守りしてるというのに、まったく。
 これ以上のと言うと、吸血鬼になるか肉の芽を埋め込んでいただくかしかない。吸血鬼はヌケサクと同類となるのがネック。肉の芽、といえば花京院君は元気だろうか。テトリス対戦して私と良い線まで行けたのは、生まれてこのかた彼が初めてだった。それはそれとして肉の芽は絵面が嫌。
 まぁどちらも無理なんだけど。

 ぼんやりと考えていると、肩口に牙を立てられた。「ぎゃあッ」と一応喚いてはみるものの、痛いわけではなくなんかぐにぐにとした違和感のみ。というのも防御力に関しては一級品のスタンド持ちなもので。
 私のスタンド、名前は“ザ・ウォール”。理由はDIO様に「ふん。壁役にはなるな」と言われたので“壁”と付けた。他の人たちはもっとカッコイイ名前だけど、うちはうち、よそはよそ。普段は私の表皮のちょっと上あたりを覆っており、常時オートでバリアをまとっているような感じだ。
 能力は大まかに言って攻撃を防ぐこと。銃弾も斬撃も、スタンド攻撃ですらうちの子に効かないのは立証済だ。DIO様の命令で。能力を知らずに撃たれて斬られた私の恐怖心を知ってほしい。
 後々思い起こせば、小さい頃に私を轢こうとした車が逆に大破したのはその能力の結果だったんだろう。おかげで化け物扱いされる子ども時代を送ったのは、今ではイイ思い出だ。
 そんな私のスタンドの能力を知った上で、DIO様はガジガジと私の肩を噛み続けている。まるで犬用歯磨きガムにでもなった気分だ。がじがじがりがり。
 ちょっとどころでなく、邪魔だなぁ。

「……DIO様たのしいですか?」
「面白くはあるな」
「そうですかぁ〜」

 もう勝手にしてくれ……。
 ドアの隙間ではヴァニラ・アイスが、ハンカチを噛み血涙を流しそうな勢いで私を睨み付けていた。視線だけで殺されそうだ。
 私の投げやりな反応が面白くなかったのか、それともただ飽きただけなのか。DIO様は「やはり食事をしてくる」と立ち上がる。やった、解放された。
 「いってらっしゃいませ!」と元気に送り出せば鼻で笑われた。露骨過ぎたか……??まぁいいか。
 扉の前には待っていましたと言わんばかりにヴァニラ・アイスが待機している。DIO様に恭しく礼をする片手間、私に対して睨みと舌打ちを忘れない。
 本当、DIO様大好きに反比例して私のこと大っ嫌いだなこの人。私なんて予備食糧(おまけ機能付き)なだけなのに。
 まともに名前を呼ばれたのだって、思い出せる限り片手に足る程度。初めて勧誘された時と、仲間になった時と、……お、二回だけか?……悲しくなんてない。
 その点でいえば、いつも御側でお世話させてもらっているヴァニラ・アイスやテレンスの方が確実に気に入られている。頻繁に呼ばれてるし、自身の能力自体二人の方が高いし、スタンド能力だって二人の方が上。
 まぁ、名前を呼ばれた回数=お気に入り度と言い始めたら、あのヌケサク以下になってしまうのでもう何も言うまい。……はて、ヌケサクは名前だったろうか?

「(転職しようかな……)」

 いや、でもな。一日中ゲームしてても怒られないどころかお給金までくれるお仕事なんて他にはないだろうな。……別にただ遊んでるわけじゃあなく、その出来がスタンド能力にも影響するからであってサボっているわけじゃあないことをつけ足しておく。

 そも、今更転職できるか?と腕を組んで考え、視界の端にちらつく金色に気付く。驚きつつも姿勢を正し、ぐりんと扉を見ればDIO様がいた。てっきり食事に行ったとばかり思っていたのに。
 扉に寄り掛かる体勢でこちらを見、にやにやと楽しそうに笑っている。見られている私はまったく楽しくないが、まさか転職しようとしたのバレてないだろうな??と疚しい点を思い出して顔が引き攣った。せめて愛想笑いに見えるようにそのままへらりと笑えば、DIO様はさらに機嫌よさげに笑みを深める。
 ……機嫌悪いじゃん、やだぁ。

「励」
「は、はい。なんでしょうかDIO様」

 珍しく名前を呼ばれた。全く嬉しくない、と言ったら嘘になるが、嬉しい以上に恐ろしい。出来れば機嫌の良い時に呼んでください。そうしたら、恐らく素直に喜びますので。
 美麗な顔でニコリと微笑まれて、冷や汗が流れた。イケメン怖い。蛇に睨まれた蛙とは私のことだ。

「食事の後は私の遊びに付き合え。チェスをする」
「げっ。ちぇ、チェスですか?それよりも、テレンスに勧められたこっちのゲームで対戦なんかいかがでしょう……?」
「チェスだ。私はお前たちのやるゲームは好きじゃあないからな」

 嫌な声を出したら、横に控えたままのヴァニラ・アイスに物凄く睨まれた。すみませんねぇ。
 それに気が付いているだろうにDIO様はまるで気にすること無く、言いたいことだけ言い、寄り掛かっていたドアから背中を離す。私はまだ了承していないのですけどね。まぁ、拒否出来るなんて思っちゃいませんが。
 兎にも角にも、ようやくお食事へと向かってくれるらしい。扉の向こうに消えたことにホッと胸を撫で下ろした瞬間、「そうそう、」とDIO様はまたドアから顔を覗かせた。声にならない悲鳴を飲み込んだ私は偉い。

「貴様が人の顔を見て話すのを得意としていないのは分かるが、次からは、私と話す時は自分から私の顔をしっかり見ろよ、励」
「……はい、DIO様」

 鼻唄混じりのDIO様と、無言でガン垂れてくるヴァニラ・アイス。二人分の足音が部屋から遠ざかり全く聞こえなくなるまで微動だにせず、それから、ようやく床に寝そべりだらけた。疲れた。とっても。ひじょうに。美人の圧つらい……。
 チェス、……チェスかぁ。対面式ゲームって苦手なんだよなぁ。しかもDIO様と対面とか、溶けて死ぬかもしれん。なのに頭なんか働くはずもない。
 ルールを覚えたのだって、ここに来てからだ。教えてくれたお相手はなんとDIO様。暇つぶしの気まぐれだったのだろうし、あちらは覚えてもいないだろう取るに足らないことだ。
 今からでもヴァニラ・アイスかテレンスに代わってもらえないかな。ダメかな?ダメだろうな。

「あぁ、ヴァニラ・アイスに睨まれる回数が増える……」

 DIO様が私なんかを遊び相手にしたばっかりに。
 ………。
 ………。
 よし、グジグジ考えたところで予定は変わらない。とりあえずチェス盤を用意、する前に落ち着くためにもブロックを積もう。ブロックを積んで無心になるのだ。心頭滅却すれば美人も易し。
 これは必要不可欠なプロセスなのです……!


 数十分後、積むのに集中し過ぎてヴァニラ・アイスの機嫌を損ねて踏みつけられる未来が待っている。


 《 ひとつ積んではぼくの為 》
***
20240730(140205)



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