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「――――――にしても、レインって仕事覚えるの早いよねぇ!」


依頼が終了し、船に戻った俺達。
キールはチャットの所に依頼完了の報告を出しにいった。
多分そのまま修士論文のネタでも考えるんだろうな。
オレ達が帰ってくるなり笑顔で迎えてくれたパニールが持ってきたココアを飲みながら、カノンノが不意に俺に向かって言ったのだ。


「そーか?」
「ひょっとしたら、元々はこういう仕事をされていたのかもしれませんねェ。はい、ココアどうぞ」


パニールがにこやかな笑顔でカノンノにココアを手渡す。
それを受け取りながら、カノンノは今までよりいっそう顔を輝かせてこちらに身を乗り出してきた。


「それとも、レインは生まれたばかりのディセンダーだったりして!」
「ゲフッ!?」
「きゃあ!レインさん!?大丈夫ですか!?」


やば、今思いっきり吹いた。
ココアが思いっきり気管支に入っていってしまい噎せていると、パニールが慌てて背中をさすってくれた。


「だ、大丈夫!?」
「へいき……ケホッ、ゲホ…」
「ふん…落ち着きがないやつだな」
「うるへー…」


………………、ん?



「…ちょっとちょっと、そこのおにーさん。アンタいつ戻って来たの?


いつの間にか、俺の隣にさも当たり前のように座っていたキール。
いやお前、論文どうしたよ?


「お前が吹いた辺りからいたぞ」
「マジでか…必死で気づかなかったわ」


気配感じませんでしたよ、キール。
咳が落ち着いたのを見計らい、パニールがココアを運んできていたワゴンに戻る。


「…つか、カノンノ?今ディセンダーって……」
「ディセンダー?またその話をしていたのか、カノンノ。あれはお伽噺だろ?まったく…」


まだ若干涙目の俺の背中を軽く叩き、キールが呆れたように言った。何気に優しいな。ありがとう。


「そんな非現実的な話で夢中になれるなんて、暇を持て余している証拠だな」
「いーじゃありませんかァ。夢を見るのは、乙女の特権ですよ」


ニコニコと楽しそうに笑いながら、パニールは新たなカップにココアを注ぐ。


「それに私には、キールさんも暇そうに見えますけどねェ?はい、こちらにもココア」
「暇なもんか!論文のことを考えると、頭が痛くて…」
「じゃあなんでここにいるんだよ、未だテーマも決まってないくせにさぁ」
「煩い!お前はいちいち一言多いんだ!」
「いってぇ!耳元で騒ぐなそして背中を思いっきり叩くな馬鹿!」
「誰が馬鹿だ、誰が!」
「はいはい、お二人とも落ち着きなさいな」


睨み合う俺たち二人を見兼ねたパニールが、間に入って和やかな声で宥めてくる。
俺達は同時に顔をそらし、そして同時にココアを口に含んだ。


「…フン……まぁ、息抜きがてらに少し付き合ってみるか」


そんな俺達を微笑ましそうに見ているカノンノとパニールを、キールは軽く睨み付ける。
偉そうに…と呟いたら拳骨食らいました。痛い……。
そんな俺からフンッと目をそらし、キールはカップをテーブルに置くとゆっくりと話し始めた。


「ディセンダーというのは、世界の平和が乱れる時、世界樹が生み出す勇者のことだ。生まれたばかりのディセンダーは、世界のことから自分のこと…何もかも知らない状態らしい」
「何もかも、ねぇ…」


やけにキラキラした目でキールを見るカノンノに苦笑を漏らし、俺は一人ごちに呟いた。
ゲームしてるときも思ったけどさ…それって、よく考えるとかなりすっげーハンデじゃねえか?


「つまり現象的には、お前と同じ記憶喪失と大して変わりはないな」
「ふーん…てかさ、ディセンダーは本当に何もかも知らない状態で世界救うわけ?」
「それができるから、勇者と呼ばれるに値するんだろう。ま、どうせお伽噺だがな」


ハッと鼻で笑い、キールは再びカップを持つとその甘い液体に口づけた。


「でも…何もかも知らないってことは、不可能も恐れも知らないってことでしょ!」


本当に嬉しそうに、カノンノは言う。
その言葉に、俺もつられて薄く笑った。


「本当にカノンノは、このお話が大好きなのねェ…」


パニールの言葉に大きく頷くカノンノ。
俺はゆっくりと、視線を手元のカップに揺らぐココアに落とした。


「不可能も恐れも知らない…か」


ココアに映ったオレの顔は、どことなく無表情に見える。
足元で、クロートがじっとこちらを見ていたのには気が付かなかった。










世界の勇者様のお




(不可能も恐れも知らない)
(それはある意味、強さと弱さを併せ持つ)
(鋭く輝く、諸刃の剣)




090319