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「――――――しかし、まぁ毎日暇なことだ。依頼といえば身内からばかり」
「あー?まぁた文句たれてんのかキール?そんなことしてる暇があったら論文書け論文」
「う、うるさいな!」
バシン、と勢いよく背中を叩かれ、痛ぇと呻く。その場に居合わせた皆が苦笑を浮かべた。イリアにはまた痴話喧嘩かとからかわれる始末。
まぁ、その度に顔を真っ赤にして言い返すキールが楽しくて仕方ないから強くは止めないが。
キールはコホンと咳払いひとつし、また文句を言い始めた。
「やっぱり、子供にギルドの経営なんて出来るわけがない。いつまでこんなごっこ遊びを…」
「ほぉ?じゃあお前はこのギルドを立ち上げたファラに文句をつけると、そういうことなんだ。ふぅん」
「なっ!だ、誰もそんな―――」
ズドォン!!
「ひゃっ!?」
「レイン!」
突然轟音が鳴り響き、船が大きく揺れた。
バランスを崩し倒れ込む俺を、キールが慌てて支えてくれる。
「あ…ありがと…」
「なんだ、この音は!?」
「外から聞こえるわ!」
まだぐらぐら揺れる船内を駆け抜け、イリアが甲板に飛び出した。それを慌ててルカが追いかける。
「これ…大砲の音か?」
「総員、甲板に集合!」
俺の呟きに、チャットが素早く指示を飛ばす。チャットの言葉に、全員が甲板に向かって走った。
「あ、あれ…!」
甲板に出た皆は、目の前に広がった光景に息を飲んだ。
大きな一隻の船をぐるりと囲むように小さな船が浮いている。だが、明らかに戦況は小さな方の船に利があった。
「船同士が戦ってんのか…」
「かなり一方的じゃね?」
「チャット、ヤバイ方の船の旗みて!ほら、あれグランマニエの国旗じゃない?」
「グランマニエ…って、確か結構デカイ国だよな」
イリアの言葉に、俺は以前学んだ知識を引っ張り出しながら問う。キールが頷いたその時、また大砲が発射された。
響く爆音に、咄嗟に耳を塞ぐ。
立ち込める火薬のにおいが鼻を刺し、空気がびりびりと震えた。イリアの隣で、ルカが混乱して騒ぎ出す。
「海賊に襲われてるかな?それとも敵国同士の海戦?どっ、どどどどどどうしよぉぉぉぉ!!!」
「とりあえず落ち着けルカ。こっちに被害が来なかったら放置する方向でいこう」
「えぇぇ!!?」
「なぁに言ってんのよ!ここはひとまず、こっちも大砲をぶちこんでやりましょ!」
「む、無理だよ!誰も使い方知らないからって、ろくに大砲の手入れすらしてなかったでしょ!?」
「そういう問題かお前ら」
つっこむとこそこじゃないよルカくん。
間違いなくこっちも敵と認識されて泥沼化だよ。冗談抜きで戦争案件だよ。
「……おや?」
今まで黙って単眼鏡でグランマニエの船を覗いていたチャットが、不意に声をあげた。
俺は耳を塞いだままそちらを見る。
「チャット、どした?」
「見てください、気の抜けた話をしている暇はありませんよ。王国籍の船から脱出用の小舟が使われるようです。要人を逃がすためでしょうね」
要人。ふーん、要人かぁ………。
…ん?ハッ!要人だと!?
「チャット!貸して貸して」
チャットから単眼鏡を貸してもらい、俺もそれを覗く。
瞬間、息を飲んだ。
燃えるような朱い髪を持った身なりの良い青年が、小船に乗って降りてくる。そしてそちらを不安そうに見つめるあのビューティー美女は………。
「(ぎゃあああアビス組きたあああああああ!!!)」
しかもちゃんと大佐いるよ!あの陰険眼鏡もいるよ!いやっほぅ!!
3Gもいるよ!ビバ!女嫌い!
「はぁ〜?無謀ねぇ。あんな小舟じゃ、陸にたどり着けるわけないじゃん」
「いえ、この辺りにはアメールの洞窟があります。そこに身を隠すつもりなんでしょう」
そこまで言って、皆が気づいた。
「(((…なんか…チャットの目がギラギラして………)))」
男性陣は嫌な予感に顔をひきつらせ、ファラはなにかを決めたように拳を握る。イリアはニヤニヤ笑っていた。
「これは名をあげるチャンスでは!!ボクたちで救助して差し上げましょう!」
「((( や っ ぱ り か ! )))」
しかもちゃんと裏があっての計画。男性陣が大きく肩を落とす。
「グィヒヒヒヒ〜!い〜じゃんっ!やってやりましょ!」
お礼としてお宝たんまり搾り取ってやるわと顔にかいてあるよ、イリア。俺はぐるりと振り向き、勢いよく手をあげた。
「はいっ!だったら俺!俺行くよ!」
「にゃ」
「は?なに?俺一人で行くなってか?」
「にゃぅ」
「向こうがかわいそうだからってどういう意味かなクロートくん!?」
「あ、じゃあ私も行くよ!」
そう言って名乗り出たのはカノンノだった。カノンノ…だと?ならば安全を最大限に考慮せねばいかん。俺はひそかに決意を固めた。
その後、回復役及び後衛として嫌がるイリア、そして生けに…げふん、アタッカーとして前衛のリッドを拉致し、四人でアメールの洞窟へむかうことになった。
「なんであたしまでー!」
「チャットの次に言い出したのイリアだろ。言いだしっぺの法則、法則」
「なんで俺まで…」
「ファラに逆らえなかったからだろリッド。おつおつー」
渋る二人の首根っこを掴んで引き摺りながら、俺はアメールの洞窟の入り口に降り立った。
「レイン!いざとなったらリッドを盾にして大丈夫だからね!」
「…おっけー任せろファラ!嫁入り前の女の子たちには傷一つ付けさせないぜ!」
「ファラぁぁぁぁぁ!!」
心配そうなファラに手を振り、俺は今にも崩れ落ちそうなリッドをずるずる引き摺りながら洞窟内へ足を踏み入れた。
ナチュラルブラックなファラさんにちょっとドキッとした日。
「…っと、そうだ!チャット、少し頼まれてほしいことがあるんだけど…」
「どうしました?」
「あのさ……」