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―――――アメールの洞窟




「いつ来ても薄暗いねぇ、ここは」


フジツボ的な何かが光を放っていても、洞窟と呼ばれるだけあり全体的に薄暗いアメールの洞窟。
まぁ見通し悪いから身を隠すのには最適か、と思いつつ足を進める。


「ほんっと、気分まで滅入っちゃうわよ」
「イリアは仕事の時はいっつも気分滅入ってるだろー」
「ぬぁんですってぇ!?」
「違うの?」
「違うわよ!……………多分」


多分かよ、と呟き、俺はそれきり黙り込んだイリアから視線をはずして先を行く。
しばらく歩くと、こちらに背を向けて立っている長身の男を発見した。
蜂蜜色の長い髪に、青い軍服。あ、と声を上げた瞬間、イリアが口を開いた。


「あ、あれ、さっきの小舟に乗ってた奴じゃない?」
「行きましょう!」


カノンノが言うと同時に、俺以外の全員が走り出す。俺はクロートを肩に乗せつつのんびりと歩いていた。


「若いっていいねぇ」
「にゃうにゃ」


バカだろお前、と言いたげな視線を向けられ、クロートは黒い尻尾で俺の頬をペチリと叩く。
俺は苦笑し、先に行った仲間の背中を追いかけた。


「おや、追っ手…ですか。まったく、仕事熱心で結構なことですね」


俺たちの気配に気付いた男が、ゆっくりと振り返る。口調はのんびりしているが、隙がない。眼鏡の向こうの赤い眼が鋭い光を帯びていた。


「さてと、では私も仕事をしますか。…命の保証はしませんよ?」


最後の一文を告げた声が低い。
その瞬間、ぐっと圧し掛かるような重い殺気が放たれる。
え、あれこれちょっとヤバくない?そこで唐突にはっと思い出した。そうだ。この人は、軍人だ。本物の、戦場も人を手に掛けることも知る、軍の人間だ。知識として知っていただけの事が急に現実味を持って、浮き足立っていた俺の眼前に突きつけられた気がした。
リッドが思わずといったふうに剣に手をかけたところで、俺は駆け足でその場に到着してリッドの手をぺちりと叩いた。


「おバカ!殺気立ってる相手にこっちまで武器抜いてどーすんだよ!」
「で、でもよ…」
「敵対関係にある相手ならそれでも構わないけれど。今は、そうじゃないだろ?」
「…わりぃ」
「…貴女はなんです?せっかくやる気になったというのに…」


リッドがバツが悪そうに剣から手を離した。それを見て、男は理解できないとでも言うように目を細める。
が、彼の周りにある張りつめた空気は変わらない。俺達が何か不審な動きをすれば、すぐにでも攻撃に移れる体制を維持したままだ。さすが軍人。さすが大佐。
怯えた様子のカノンノを背に庇い、俺は男を真正面から見据えた。

正直に言う。滅茶苦茶怖い。あの人絶対視線だけで人を殺せる。
数回深呼吸をして、俺は皆より一歩前に出た。



***



「…なるほど、貴女方はギルドの有志で、我々の救助にやって来られた、ということですか」


皆、やりました。お姉さん滅茶苦茶頑張りました!!
使い慣れない敬語を駆使して所々変な言葉になりつつも、なんとか彼の警戒を解くことに成功…!やっべぇなんだろうこの疲労感と達成感。
ちょっとマジで何度かあの世の河を見た。ちょっとマジで何回か死んじゃうかと…俺の人生ここまでなんじゃないかと思ったけどね!!なにこの人怖い!!
でもよかった!!俺生還したよ、皆!!


「私は、ジェイド・カーティス。グランマニエ皇国軍大佐を務めております。と、まぁ見ての通り困った状態でして」


うおおおおお…!とノってくれたリッドと感動の生還を祝していると、それを綺麗にスルーしてジェイドは仲間の捜索を手伝ってくれないかと切り出した。人手は多いに越したことはないからと。その言葉に、真っ先にカノンノが大きく頷く。


「はい、わかりました!」
「あたしたちを信用すんのね?」
「藁にもすがりたい状況ですからね」


イリアの言葉に、ジェイドは胡散臭い笑みで返答する。イリアの頬がヒクリとひきつった。
どうやらジェイドから発せられる何かを感じ取ったらしい。イリアとは違う方向で危ないからね、この人は。


「何かおっしゃいましたか?」
「いえなにも」


胡散臭い笑みがこちらに向けられたため、にこりと笑って返す。ジェイドはそうですかーと頷き、表情を改めた。


「では、仲間の風貌をお伝えしておきましょう。赤い髪に、白い上着の青年。いわゆる『やんごとなき』身分のお方ですから、無礼のないようにお願いしますよ」


…やんごと、なき………。
ルーくんそれ聞いたら怒るぞ。その嫌味たっぷりの言い方…。


「あ、はいはい質問」
「なんですか?」
「探すのは一人で大丈夫か?」
「……あぁ、そういえばいましたね。もう一人」


そういえばって言ったよこの人。明らかに忘れてたって顔したよこの人!
ガイ哀れ。


「金髪の青年が一人いますから、まぁそれは適当にあしらっておいてください」
「扱いの差ヒデェ」


リッドが思わずといった風に一歩下がる。ジェイドはにこりと彼に笑顔を向けた。


「一緒にいるのか?」
「さぁ、どうでしょうねぇ?もし誰かわからなかったら、ひとまず女性が近寄れば万事解決です
「「「は?」」」


頭に疑問符を浮かべる三人を放置し、一人意味を知っている俺は輝くような笑顔で親指をおっ立てて了解の意を示した。


「私は外から捜索にあたります。ひょっとしたら岩場に引っ掛かって、フナムシに集られているかもしれませんし」


うわぁいい笑顔だよジェイド。
そしてお前はそれを発見しても笑顔で放置しておくんだろ。俺にはわかるぜ!
つかそんなマヌケな親善大使見たくねぇ。


「さ、行くぞお前ら!じゃあまた後でな、ジェイドー!」
「はい、また後で」


ブンブン手を振ると、ジェイドもヒラヒラと手を振り返してくれた。大佐素敵だよ。何が素敵って、性格が。


「…なんか、今日のレイン生き生きしてない?」
「そんなに楽しいか?これ」
「帰ったらなんかの楽しみがあるとか?」
「さぁ…どうなんだろ…」


後ろでヒソヒソとこんな話をしているなんて、とりあえず第一関門を突破したことで浮かれていた俺は気付かなかった。