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「今回は、本当に運が良かったね…死亡者ゼロ、なんて、本当とんでもない奇跡だよ」
「そうですね。あのテロ団体が、グランマニエの船を深追いしてこなかったのが幸いでした」


安堵の滲む面持ちで言ったチャットに、オレはただ一言「そう」と返した。
俺の手に持たれているのは、今回の依頼の正式手続き書。
あの時はバタバタしていて口頭だけで依頼をしてしまったから、今更ながらに書類を記入中。身内ならではの甘さだな。


「ボク達が突入する頃にはほとんど砲撃もやんでいましたし、グランマニエの船も航行不能ですけど近くの小島に着岸させることができました。あの辺りはアメールの洞窟を中心とした小島や岩場の群集域ですからね。まさに不幸中の幸い、というやつです」
「乗組員の人たちは?」
「大体の方はそのまま船のほうに残っていますよ。怪我人は具合によってあちらとこちらで分けて手当てを受けています。先ほど、ジェイドさんが本国に連絡を取っていましたので、数日中には状況が変わるかと思うんですが」
回復役ヒーラーは多いもんね、このギルド。海上での知識に通じてるチャットとキールがいてくれてよかったよ。海難救助もスムーズに進んだってルビアから聞いた。ありがとうな」
「基本的な航海術や海難救助の知識は、海上で子分の命を預かる船長として当然のことですからね!いざというときにその知識を生かせないようでは、アイフリードの名が泣きます」


その時、機関室の扉が開きジェイドが入ってきた。


「本国と連絡が取れました。二日後には医療班を派遣してくれるそうです」
「本当ですか!よかった…」


チャットがほっとしたような表情を浮かべる。
本当に子どもしかいないのだ、このギルドは。治癒術を操る人間が多いとはいえ、やはり不安はあったのだろう。正規の医者の存在は精神的な安堵も大きい。


「ええ。レイン。貴方のおかげで多くの部下が命を散らさずすみました。ありがとうございます」
「恩を売るためにやったわけじゃない。それに、礼を言う相手なら他の皆だろ。俺は何もしてないよ」
「おや、謙虚ですね。率先して我々の救助に当たってくれたのは貴女だと聞いていますが」
「えっ誰から」
「さあ、誰でしょう?なにぶん、私はまだこの船のメンバーの名前を知らないものでして」


おおう白々しい!いや事実だろうけど!!

別に知られて困るものでもないけれど、なんというか…この人に真正面からお礼を言われるのは、なんだかむずがゆいような気がするのだ。
それに、………。

そこまで考えて、オレは口を閉ざした。
…これは、この人に伝えることではないと思ったから。

突然黙りこくったオレを、ジェイドの赤い瞳が静かに見下ろしていた。