2
「あ、レイン!」
機関室から出てホールへ上がると、今まで怪我人の手当てに奔走していたカノンノと鉢合わせた。
「カノンノ。そっちの様子は?」
「うん、大体の人は終わったよ。あとは残ってる人たちだけでも大丈夫って言うから、私はパニールを手伝いに行こうと思ったの」
「パニールを?」
「うん、今お部屋の準備してるみたいだから」
あ、そうか。今日だけで一気に人数が増えたんだっけか。
ルークたちだけじゃなく、元々乗って来た船があるとはいえいくつかは乗組員達の部屋も用意しなくてはいけない。…バンエルティア号がそこそこ部屋数多くてよかった。さすが元海賊船。
「じゃ、俺もそっち手伝おうかな?」
「うん、お願い!とりあえず、パニール捜さなくちゃ」
***
日が暮れるころ。なんとか怪我人の収容を終えた。
あとは明後日、グランマニエの医療班の到着を待つだけだ。
「ふぅ…」
「おつかれ、ファラ」
「あ、お疲れさま!レイン!」
夕日に照らされた甲板に座り込み、一息を付いたファラに声をかける。
ファラは疲れを隠しきれていなかったけれど、それでも輝くような笑顔で俺を迎えてくれた。
「大変だったね。ホットミルク持ってきたよ。隣、いい?」
「うん!どうぞどうぞ!」
お許しが出たので、ファラの隣に腰を下ろす。
二つ持ったマグカップのうちのひとつをファラに渡し、俺も一息ついた。
「今日、俺の依頼を受けてくれたのってファラだったんだってね。ありがとう」
「ううん!助けたいと思うのは当然のことだもん!きっと、レインが言わなくても私行ってたよ」
「…助けたい、か」
マグカップに口をつける。
助けたい、か。
でも、あれを言い出すその瞬間まで、俺の頭の中はルークたちで一杯だった。
ただ重要イベントに立ち会える、それだけの認識しかなくて。
でも、立候補したあの瞬間。カノンノが行くと言いだして、なら全力で守らなければと思った瞬間。
突然、乗組員のことが頭に浮かんだ。
あんな大きな船に乗っているのがルークたちだけなわけがない。
他にもたくさんの人たちが乗る、船。ゲームではルークたちだけだった。けれど。ここでは?
この、《世界》では?
ここは、《ゲーム》なんかじゃない。
この人たちは、ここで生きて、心を持っている、確かな《生命》なのだ。
ゲームのように失敗したからはいリセット、が通用する世界なんかじゃない。
短い間とはいえ、俺だって、ここで、この場所で、この世界で生きてきた。
触れた手の暖かさ、握った武器の重さ、肌を掠めたモンスターの攻撃の痛みも、魔物とはいえ命を奪う後味の悪さも。
この身体で、心で、感じてきた。わかっている。知っている。
ここは、成り立ちは違えど、今まで俺が生まれ、生きてきた場所となんら変わらない―――紛れも無い《現実》なのだと。
「ファラ」
「ん?」
「ありがと。俺の、我侭に付き合ってくれて」
恩を売ろうなんて思ったわけじゃない。チャットがルークたちを助け出そうと言い出したのは、元を辿れば名声のためだけれど。俺が立候補したのだって、元はと言えばイベントのためだったけれど。
「我侭…って」
「まだね、ちょっと迷ってる。本当にこれでよかったのかなーって」
結果的に人命は助かった。
けれど、そのせいでもしもファラたちに何かあったとしたら。大怪我を負ったら?死んでしまったら…?
終わってから、急に怖くなった。
俺の、思いつきのせいで。もしもそんなことになってしまったら―――
「…レイン!」
「ん?…んむっ!?」
呼ばれて、顔を上げてファラを見た。その瞬間。
ぺちん!と頬を両手で挟まれた。そのまま強引に顔をファラの方に固定される。
視線が合ったファラの顔は、きゅっと眉が寄っていて少し険しかった。
「良くないわけないでしょ!」
「え」
「人の命が助かったんだよ?なのになんで、それを『良くないことだったんじゃないか』なんて考えるの?」
夕日のせいで、いつもより深く染まったダークグリーンの目がしっかりと俺を見る。
「守れたんだから、救えたんだから!それ以上に良いことなんて、ないでしょう?」
…………………。
「―――そ、だね」
真っ直ぐな視線に、その言葉に、俺は小さく笑った。
そっ、か。そう、だよね。
誰も怪我しなかったじゃん。助けられたじゃん。丸く、収まったじゃん。
みんな、生きてる。誰も死んでいない。なら、いいじゃん。
「うん、そうだね」
「そうだよ。後悔するところなんて、どこにもないでしょ?」
「ない、かな…?」
「無いよ!大丈夫、イケるイケる!」
「イケるかな?」
「イケるよ!」
にっこり。
その満面の笑顔に、俺は表情が緩むのをおさえきれなかった。
「……ねぇ、ファラ」
「うん?なあに?」
「他に、誰が行ってくれたの?お礼言いに行かなくちゃ」
「あ、そうだね。みんな気にしてないとは思うけど……。えっとね、行ったのはカイウスと、ルビアと…」
ひとつめの欠片
(だいじょうぶ、なんでしょう?)
(なにをおそれるの?)
(女の笑い声が聴こえた気がした)