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いつもより人数の多い夕食を終え、俺はチャットに言われてアビス組を部屋へ案内した。
別れる寸前、ガイが何か言いたげな表情をしてこちらを見ていたけれど、ぶっちゃけ動き回って疲れていた俺はそのまま自室へ早々に引っ込んだ。

そして翌日。
寝惚けたクロートによる腹ダイブで素敵素敵な朝の目覚めを迎えた俺は、大きな欠伸をかみ殺しながら廊下を歩いていた。

その最中に、カノンノと遭遇。俺を見た瞬間ぱあっと表情を輝かせて駆け寄ってくるカノンノはマジ癒し。


「あっ、おはようレイン!」
「おはようカノンノ。今日も可愛いね」
「ふふ、寝惚けてる?目がとろんとしてるよ」


ぎゅむっ、と覆いかぶさるように抱きつきながら言うと、カノンノはとくに動揺した様子もなく笑いながら抱き返してくれた。
あー…癒される。カノンノたんマジ天使。しかし最近口説いても笑顔でかわされるあたり、彼女もなかなか俺の扱いに慣れてきたようだ。悪い気はしない。


「おなかすいたー…」
「今日はホットケーキだって。もうすぐできるだろうから、食堂に行く?」
「行くー…」
「おい、通路のど真ん中で邪魔だぞ、そこの黒髪」


カノンノに存分に甘えていると、いきなり後ろから不機嫌そうな声がした。
振り向く前に、ぱこん!といい音を立てて俺の頭に落とされた分厚い本の表紙。
うん、地味なダメージだよこら。
犯人は確認する必要なし。「あっ」と背後の彼に気付いたカノンノが声を上げると同時に、俺はがばちょと振り向きざまその体に抱きついた。


「おっはよーキール」
「う、わっ!?」
「ふふ、おはようキール」
「お、おはようカノンノ!今すぐこいつを引っぺがしてくれ、頼むから!」
「ふふ、朝から俺の貴重な脳細胞をいじめてくれたお返しだ!さあ御覚悟!」
「や、やめろこの馬鹿ッ!!」


俺に抱きつかれて真っ赤になりながらも、律儀にカノンノに挨拶を返すキール。
カノンノはふふふと微笑みながら、しかし手を出す様子は無い。
ま、このくらいならいつもやってる程度のじゃれあいだもんねー。


「…何の騒ぎなの?これは」


その時、騒ぎを聞きつけたらしいティアが目を丸くしながらこちらに近付いてきた。
あら、思わぬ邂逅。俺はキールに抱きついたままティアに向かってひょいっと片手を挙げた。


「おっはよーティア」
「…え?あ、お、おはよう……」


俺を見た瞬間、ティアはきょとんとして一瞬固まった。その様子に首をかしげる。続いて挨拶したカノンノには普通に返していたのだけれど、…俺、なんかしたっけ?


「…おい、いい加減離れろ」
「眠い」
「僕が知るか!!!」


盛大に怒られた。
でもなー、キールって結構落ち着くんだけど。


「おーっす、はよーさん。あっちの方まで声聞こえてたぞ?」
「朝から元気だね、レイン!」
「ファラ、リッド、おはよー」
「おっ、と。相変わらずだなぁお前」


ひょこ、と曲がり角から現れたリッドとファラが顔を出した瞬間、俺はバッとキールから離れて二人に抱きついた。リッドは呆れながらもぽんと俺の頭を叩き、ファラは満面の笑顔で抱き返してくれる。わーい、朝からエターニア組が揃って見られるなんて眼福眼福。

そして改めておはよーございます、これが眠いときのレインちゃんの朝のテンションです。
皆曰く『くっつき魔』になるらしい。うん、人肌恋しくなるのは否定しない。


「…レイン?」
「うん?」


ぽつ、とティアが俺を呼んだ。頭を撫でてくれるファラにしがみついたまま、俺は顔だけでティアを振り向いた。
ティアは俺の顔を凝視するように見つめたまま動かない。
そんなティアの様子に、カノンノも首をかしげる。


「ティア?どうしたの?」
「…レイン?」
「ん?なぁにティア」
「…………………え?」
「は?」


ティアが信じられないようなものを見るような目で俺を凝視している。その異様な空気に、俺もぱちぱちと目を瞬いて困惑するしか出来ない。

その時、またひとつ声が加わった。


「お、ティアじゃないか。おはよう、どうしたんだ?そんな所で…」
「あ、ガイだ。おはよー」
「え?」


後ろからティアに声をかけた爽やか笑顔を指差しながら名前をよべば、ガイはくるりとこちらに顔を向けた。
それからビシッ、と石化したように固まる。

…え、何ですか二人して。


「…えっと、カノンノ…だったよな?」
「うん?」


そうだよ、とカノンノが不思議そうに頷く。
それからガイはぎこちない動作でこちらを見て、俺を指差した。


「で……………キミは、まさ…か…………」
「? なんだよ、昨日戦ったヤツの顔忘れちまったのか?」


俺がそう言った、途端。
ティアが口を覆い、ガイはサッと顔を青くして一歩大きく後ずさった。


「お――――女の子、だったのか…!?」
「わ、私てっきり男の子だとばかり…!!」
「…あー」


何事かとキールとファラが顔を見合わせて首をかしげるなか俺を含むアビス組救助隊は思いあたる箇所を発見して遠い目をした。
なるほどなるほど、それが原因か。昨日の格好だなうん了解よーくわかった忘れてた。
俺は固まるガイにずかずか近寄り、逃げようと彼が動き出すより早くガッチリとその手をつかむ。


「ほんじゃーまぁ改めて。レイン・カオウ。俺とか言っちゃってるけど、こんなんでも生物学上は一応女。戦闘スタイルはどっちかってーと前衛やら中距離やらが得意、多分。まぁ魔術とか回復術とかも適当に使える。取り敢えずよろしく、お二方」


…その数秒後、この世の終わりを連想させるようなガイの悲鳴が、早朝の海に大きく響き渡った。
え、女嫌い?知ってる知ってる←