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取り敢えず教育的指導ということでアニスに軽く一発デコピンをくれてやる。
ぶーたれているアニスを引き連れ、俺は先ほど受けてきたクエストの達成報告を行うために機関室へと足を進めていた。
と、突然機関室の扉がまだ触れてもいないのに開き、思わずその場に立ち止まる。
そこから現れたのは、ティアだった。


「あら、レイン。それにアニスも。珍しい組み合わせね」
「はれ、ティア?…とガイ」
「俺はオマケかい?」


きょとんとサファイア色の瞳を瞬かせるティアに笑顔を向け、その後から出てきたガイに声をかける。


「何?二人とも依頼?」
「本国の、ね」
「へ?クエストじゃないのか?」
「これから二人には、ナパージュに行って貰おうかと思いまして」


眼鏡のブリッジを押し上げながら、ジェイドが奥から顔を出した。
俺とアニスは顔を見合わせる。


「ナパージュ…って、確か最初にアニスが言ってた?」
「もしかして、“ラルヴァ”に関してですかぁ?」
「えぇ、その通りです。大まかな情報はアニスが仕入れてきてくれましたので、ここからはティアとガイにお願いしようかと」
「…二人で?ルークの護衛は大丈夫?」
「大丈夫さ。ルークもそこまで弱くないし、それにこの船の面子は皆腕っぷしが強いからな!」


キラリン☆と白い歯を輝かせてガイは言う。ティアも小さく微笑みながら頷いた。
グランマニエでは現在、マナに変わる新しいエネルギーの開発が行われている。このような事業は、一国だけで取り組んでもなかなか成果が向上しない。近隣諸国にマナの枯渇問題と代替エネルギーの重要性を理解してもらい協力を得るために、ルークは「親善大使」として各国を訪問して回っている所だったらしい。親善大使…ウッ、頭が…。
そんな矢先に在ったナディによる襲撃。国の公爵家の嫡子であり、親善大使であるルークの身柄は今この船にいる誰よりも重く、庇護されるべき存在である。そんな彼の身の安全を、ガイたちは会って間もない俺達に預けると言ったのだ。
この短期間でずいぶんと信頼されたものだ。と少し驚いていると、不意に大きな手が頭の上に乗った。


「だからレイン、オレ達が留守の間はアイツの事よろしく頼むぜ!」
「わ、」
「はうわぁっ!?」


わしゃわしゃとガイが俺の頭を撫でる。ガイが俺に触れた瞬間、アニスが悲鳴に似た叫び声を上げた。


「が、ガイが自分から女の子に触ってるぅ!」
「誤解を招くような言い方をしないでくれ、アニス!」
「だ、だってだってだって!」
「ガイ、女嫌いじゃなかったっけ?」


これには流石の俺も驚き目を見開く。ティアも目を丸くさせてガイの顔と、俺に触れている手を凝視した。


「いやいや違うぞ!女性は大好きだ!」


…一瞬でその場がシラケたのは言うまでもない。
ガイはその空気にあたふたし、俺が気を使いなんで?と訊ねると自分の手を見下ろしながら苦笑した。


「あぁ…なーんか、レインは大丈夫みたいなんだよな。確証はなかったんだけどさ」
「それ、レインを女として意識してないって事なんじゃ……」
「なんと失礼な」
「い、いや、違うぞ!そんなことは断じて…!でも、なんでだろうな?他の娘はやっぱりダメなんだ」


いや、それを俺らに訊かれても…。
今度はこちらが苦笑する番だった。


「―――ところで、レイン達はどうしたんだい?」


ガイが話題を切り替えた。
俺達はハッとして顔を見合わせる。やべ、忘れてた。


「俺は今終えた依頼の報告」
「アタシはそんなレインの付き添い!ア〜ンド、一緒にクエスト受けてくるの!」
「…は?」


きゅぴーんと星を飛ばしながら言ったアニスに、俺は数秒固まった。
待て、そんな話聞いてないぞ。


「アニス…そんな話いつ決まった?」
「今私の脳内会議で!」
「……………」


なんとも言えないようなオレの視線に気付いたらしいアニスが、ぷくーっと頬を膨らませる。


「いいじゃんいいじゃん!ここにいる間はアニスちゃん、ギルドのお仕事もやんなくちゃいけないんだし!一緒にやってくれたっていいじゃ〜ん!」
「…わかったわかった」


ぶんぶん腕を振り回しながら主張するアニスの頭を撫で、俺は苦笑しながら了承する。
ま、取り敢えずは報告済ませてからじゃないとな…。


「じゃあティア、ガイ。そっちの任務頑張ってな。無茶はすんなよ?」
「そっちもね。それじゃあ」
「またな」


二人は軽く手を振って、廊下を歩いていった。
と、ここで珍しく静かで口を挟まなかったジェイドを見る。


「ジェイド、ジェイドも一緒にいく?」
「残念ながら私には本国に提出する書類を書かないといけませんので」
「そっか。大変だな」
「えぇ、老体に鞭打ちながら頑張らせていただきますよ」


…アンタそこまで老いてねえだろ。
そんなツッコミは心の奥底にしまい込み、俺はチャットにクエストの終了を報告してアニスと共に次のクエストを受けた。


「…………ラルヴァ…ね」


無意識に呟いた俺の言葉を聞いた者は、誰もいなかった。








しは見えはじめて




(悪夢は、忍び寄ってくる)



091121