1


ティアとガイが船を出て数日が経った。その間連絡は一切ないが、まぁそこはあの二人だし心配は無用として俺は普段通り毎日を過ごしている。


「なーなーレイン。俺腹減ったなぁ」
「お前はいつでも腹ペコだろーが」


機関室に向かう俺の後をついてくるリッド。ほんと、お前もいつも通りだよな。ちょっとはファラを見習え。


「なーなーレイン、腹減った」
「…あのな……」


そう言うリッドの視線の先には、俺の手に握られたお盆の上にあるクッキーと紅茶。チャットのおやつだ。
ティアとガイが船を出てからというもの、チャットの機嫌は些か斜めだ。彼女いわく、ジェイドがチャットに許可をとらずに二人を船から降ろしたことが気に入らないらしい。


「これはチャットのだよ。お前らのはちゃんとパニールが用意してくれてっから」
「マジか!?」


それを聞くなり、リッドは光の速さで廊下を疾走し食堂の方へと消えていった。
…忙しいやつだな。


「クロート、お前も行っていいよ?」
「にゃう」


さっきから物欲しそうにクッキーを見ていた肩の上のクロートに言えば、クロートはしばらく考えた後首を振った。…どっちにしろお前はチャットが嫌がるから機関室には入れねーのに…。
どうやらこの子は俺から離れるつもりはないようだ。機関室に入ってもドアの所でじーっとこっち見てるしさ。

そうこうしている間に、俺は機関室の前に来ていた。


「クロート」
「にゃ」


大人しく俺の肩から降り、クロートは扉の前に座り込む。
それを確認して俺は機関室へと足を踏み入れた。


「チャット、おやつだよ」
「あ、ありがとうございます」


チャットは中で書類整理をしていた。
言動は子供っぽいが、こういうところは流石だよなぁとか思う。俺書類整理とか無理。5分ももたない。多分。


「はい、紅茶熱いから気を付けろよ?」
「すいません」


チャットの手にカップを乗せ、俺は書類を避けてクッキーの皿を置いた。


「はぁ…」
「…溜め息つくと幸せ逃げるぞ、チャット」


そう言うと慌てて息を吸うチャットにちょっと笑う。うん、可愛い可愛い。
つーかそのでっかい海賊帽子、肩凝ったりしないんだろうか。子供なチャットには結構重そうなんだが。


「あんまり溜め込むなよ?リーダーが体壊しちゃ意味ないかんな」
「リーダー…はい、そうですね」


暗かったチャットの顔が、少し明るくなった。うん、子供はある程度素直なのが一番だね。そう言う俺も、子供なんだけど。


「にゃー」
「あぁ、はいはい。今いくわ」


クロートが不機嫌そうな声で催促してくる。クロートの声が聞こえた瞬間、チャットがビクッとしてたのは見ないフリを決め込んだ。


「そいじゃなチャット。4時くらいに皿下げに来るから」
「は、はい…ご、ご苦労様ですぅぅ…」


そんなに嫌か。
お盆を脇にかかえ、俺は機関室を出るとクロートを呼ぶ。いつもの様に肩に飛び乗ってきたクロートと共に、オレは食堂にお盆を返しに向かった。



***



「…あれ?」


ホールに足を踏み入れた瞬間、今は聞こえるはずのない声に驚いて足を止めた。


「ティア…ガイ?」
「あら、レイン」
「よ、ただいま」
「あぁ、おかえり…?」


え、早くない?
数日前ジェイドに言われてナパージュ村へ向かっていたはずの二人が、にこやかにそこに立っていたのだ。

え、早くない?(2回目)


「ナパージュってそんなに近い場所なのか?」
「いや、本当は帰還はあと1週間ほど先の予定だったんだが…」
「途中でナパージュの学者に会ったの。だから連れて帰ってきたのよ」


つまり途中で引き返してきたわけか。そりゃ早いわ。


「…ってことらしいぞ、ジェイド」
「お早いお帰りですね」


背後にジェイドの気配を感じ取り、先に口を出しておく。ジェイドはそんな俺に動じることもなくホールに入ってきた。


「詳しい話を聞けると思って連れてきたぜ、旦那。―――おい、こっちだぞ!」


ガイが振り向き、声を張り上げる。
俺はクロートの喉を撫でてやりながら、ホールにある椅子へと腰かけた。


「なんだ、なんの騒ぎだ?」
「おや、ハローキール」


相変わらず暇そうな学生ライフを満喫中か?
輝かしい笑みでそう言えば、頭上から辞書が降ってきた。だいぶ痛い。


「〜〜〜〜〜〜〜っ!」
「なんだ、ガイとティアじゃないか。戻ってきたの「素晴らしいッ!」
「…はい?」


キールの言葉を遮って聞こえた女性の叫びに、ジェイドが不意をつかれたような表情になった。レアだ。