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ロイド達がここに来て、3日が経った。なんだか物凄い早さで展開が進んでいくなぁ、何て思いながら今回の依頼の品である小麦粉3つをチャットに提出する。
お疲れ様ですと可愛い笑顔とともに疲れがほんのちょっぴり癒された後、俺はクロートをつれて甲板へ上がった。これからロイドと約束があるんだ。


「お帰りなさい」


甲板に出た直後、聞こえてきた声に俺は顔を上げた。そこにいたのは、青空に映える優しい桃色。


「カノンノ」
「お疲れ様、レイン、クロート。ここの生活にはもう慣れた?」


その言葉に、俺は笑顔を浮かべて大丈夫だと答えた。するとカノンノは感心したような表情を浮かべる。


「そっかー。器用だもんねぇ、仕事だってすいすい終わらせちゃうし。――レインなら、何でもやれそうだもんね!」
「カノンノ…」


まったく、可愛い笑顔で嬉しいことを言ってくれるねこの美少女は。そんなこと言われたらレインさん頑張るしかないじゃないか。


「カノンノがそう言うと、本当に何でも出来そうだな」
「えっ!?そ、そうかな」
「そーそー」


わしゃわしゃ、とカノンノの頭を撫でる。あー、落ち着く。誰かの頭撫でてると、なんか落ち着くんだよなぁ…。アニスにやったら、髪がぼさぼさになるー!って怒られたけど。大丈夫だアニス、ちょっと髪がぼさぼさになったくらいで君の愛らしさは半減したりしない。(←タラシ)


「私は…最近やっと慣れたのかな?最初は船酔いが大変だった」
「船酔い…?今は大丈夫なのか?イリアみたいにバカがつくほど極度に弱いとか、そんなんじゃなさそうだけど…」


イリアに聞かれてたら俺、今頃蜂の巣だったかもしれない。


「うん!今はね、嵐の日でもへっちゃら。どんな波が来ても大丈夫!」


満面の笑顔で言ってくれたカノンノを無性に抱き締めたくなりました。いや、だってこの可愛さ反則だろ?取り敢えずゼロスらへんの毒牙にかからないようレインお姉さんがしっかり守ろうかと思います。

カノンノが、フッと笑った。


「私ね、海に出たかったんだ。―――どうしても…」


その時の顔はどこか切なげで、俺は思わずゼロス抹殺げふんげふん!…カノンノ守護計画を巡らせていた思考を止めた。


「小さい頃からずっと、そればかりを考えて生きてきたから…」


ぎゅ、とディセンダーの絵本を胸に抱き締め、カノンノは遥か彼方の水平線を見詰めた。


「カノンノ……」
「自分でもわかんないんだけど…海、からね、誰かが私を呼んでいるんだ」


俺もゆっくり海を見た。
海は相変わらず小波の音を響かせて流れている。青空に見える小さな白の群れは、海鳥だろうか。キラキラ光りながら水の上に飛び出してくる銀の魚が、やけに綺麗に映った。


「……え、あ、笑わないの?」


不意に、カノンノが驚いたように俺に言った。俺は彼女に顔を向け、ゆるりと小首を傾げる。


「どうして?笑った方が良かった?」
「ううん、そんなんじゃないけど…ちょっと驚いちゃって。だって…」


そこでカノンノは言葉を区切り、僅かに顔を俯かせる。


「…だって、この話をして笑わなかったの…あなたが初めてなんだもん」
「ん。そっか」
「でも、…信じるしかないんだ。みんな、そんなことあるもんかって、言うけれど。――信じるしかないんだ、私には…」


そう言ったカノンノの表情は、前髪で隠れて見えない。俺はただ、そんな彼女を見つめるしかなかった。


「ひょっとしたら、声の主がお父さんとお母さんで、海のどこかで私を呼んでいるかもしれないし………」
「…うん、」
「――信じるしか、ないんだ…」






君のい、海に響け



(その華奢な肩が震えているのに気付いても、俺は何もしてやれない)
(ただ、ここにいることしかできない)






091205