「あり、ルカ?」
「あ、レイン…」
時間になっても現れないロイドを探しに甲板を後にした俺は、どこか消沈しているルカとすれ違った。
いつもイリアに苛められた時とは違った落ち込みように、俺は僅かに瞠目する。
「元気ないな、どうした?」
「うん…じつは…」
***
―――数分前・機関室
「アニスって軍人さんなんだよね?僕より年下なのに、立派だなぁって…」
「ってか、よく軍に入れたわね。年齢制限とかないの?」
話は依頼を終えたばかりのルカ、イリアが、アニスとたまたま鉢合わせたところから始まった。
端から見ればアニスはまだまだ幼い少女。今船にいるメンバーの中で、最年少のアニスが軍人だという話を思い出しルカが声をかけたのがきっかけだ。
アニスは最初目をパチパチさせていたが、すぐににぱっと人懐っこそうな笑顔を浮かべてルカに近寄った。
「もちろん就業年齢規定はありますよ。でも私、特別に大佐が迎え入れてくれたんですぅ♪」
「その口調ウザっ!普通に話していいってば!」
明らかに媚を売る口調に、イリアが眉を吊り上げる。それを見たアニスの眉間に一瞬だけシワが寄ったのを、ルカは見逃さなかった。
「(む、何この女…。まぁコイツになら素でいいか…。でもこの坊やは押さえておきたいし…)」
「と、特別…って、どういう事?」
うっすらと漂い始めた険悪な雰囲気を何とかしようと、ルカがアニスに話を振る。身形からルカが良いとこ出の坊っちゃんではないかと推測したらしいアニスはぱっとイリアから視線を外し、ルカに向き直って身をくねらせた。
「はぁ〜い♥私、将来有望な
「お金って…、君の年齢でそんなにお金が必要だと思えないけど。軍から生活費は支給されるだろうし…」
ルカも多少なら軍のシステムは知っている。それに、まだ幼いアニスがそこまでしてわざわざ危険の伴う軍に身を寄せる理由がわからなかった。金になるというが、そこまで大金を必要とする理由があるのだろうか。
アニスはその質問に一瞬顔を曇らせ、それから困ったように小首を傾げた。
「それはですねぇ…恥ずかしいけど、実は私の実家すっごい貧乏でぇ、借金がもうハンパ無いんですよぉ…。両親ともにお人好し過ぎて、そのせいで色々苦労しちゃったんですよね」
アニスの表情から察するに、恐らく真実なのだろう。
ちょっと暗くなったアニスの声に、ルカが慌てたように頭を下げた。
「あ…ごめん…」
「ほ〜ら、ルカったらお金で苦労したことないボンボンだもんね〜。もう、その辺配慮が足んないってのよっ」
「いたっ!」
イリアがルカの頭を叩く。彼女なりにアニスに気を使ったらしい。…が、アニスはそんな二人の様子を見ながら一人キランと瞳を輝かせた。
イリアが何気無く言った一言を彼女は決して聞き逃したりはしない。
「(思ったとおり、ボンボン!しめしめ…♪)
私ぃ、お家の恥を知られて恥ずかしいですぅ〜♥」
…表情を一変させ、声高々に言うアニスはちっとも恥ずかしそうに見えない。イリアが唖然としたようにアニスを見る。何なんだこの変わり身の早さは。
「…へ〜、健気なのねぇ。アニスって」
そんなイリアの言葉は、少し皮肉っぽく聞こえたという。
***
「―――ってことがあって」
「あ、そ…」
女の戦い怖い。
その真っ只中にいるルカは気付いていないようだが、この話を聞くに水面下ではこっそり女の戦いが繰り広げられていたようだ。まぁあまり激戦化しなかったようだが。
その後アニスはジェイドに呼ばれその場で別れたらしいが、ルカはやはり彼女に悪いことを聞いてしまったと思っているらしい。
…なんつーか、まぁ………。
「優しいな、ルカ…」
「ええっ!?そ、そんなことないよ、僕はただ…」
「あーいい。わかってるから」
流石はお人好しルカ。いや、この場合はちょっと臆病なだけか。
まぁそれがルカのいいところなんだけどな。
「まぁ気にすんなって。アニスはそんなことくらいでへこたれたりしないからさ」
「でも…」
「大丈夫だよ。それでもアニスが元気ないなとか思うんだったら、話しかけてやったりアニスの愚痴を聞いてやるとかもいいんじゃないか?他人には話せないこともあるだろうけど、でも聞いてもらって楽になることもあるだろうし?」
「…うん、そうだね。わかったよ。ありがとう、レイン」
「おう、どういたしまして」
でもアニスに構いすぎてイリアの相手するのも忘れないように。
ウィンク付きでそう言ってやると、ルカは笑いながら頷いた。
「あ、それと」
「え?」
忘れてた、とルカを振り向く。
ルカはきょとんとして俺を見た。
「あんまりアニスとか他の人間の頼みやらなんやら引き受けすぎて、お前自身が潰れたりはするなよ?時には断ることも大事だ」
「うん、わかったよ」
…後にホールにて忙しそうに用事をこなしているルカを見つけ、やっぱりお人好しだと俺が苦笑するまであと数分。