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「ぱ、パニール?」


ホールにてたまたまパニールを見かけた俺は、早々ぎょっとするはめになった。
なんとパニールが目からボロボロと大粒の涙を溢しながら号泣していたのだ。あわてて彼女に駆け寄り、どこか痛いのかと訊ねる。


「いいえ、違いますのよレインさん…っ、失礼。ううっ…今、小説を読んでいたところなんですの」
「…小説?」


だが、彼女から帰ってきた答えは思わず俺を拍子抜けさせるようなものだった。
…つまり、あれか。小説に感動して泣いてたと、そういうことか。


「もうね、悲恋の物語なんですよ!今読んでるところがね、ひぐっ、愛する二人が引き裂かれて…もうっ!」
「…あ、そうデスカ………」


つき出された小説の表紙を見ながら、俺は曖昧な返事を返した。
うん、いや確かに俺も小説で泣いたことくらいあるから気持ちはわかるけどな。

…恋愛小説は読んだことないわ。うん。


「…あら、あらあら。すみませんねぇ…なんか熱くなっちゃって。年を取ると、涙脆くなって嫌だわ〜」


ぐずぐずとハンカチで涙を拭うパニールに微笑み、向かいの椅子に腰かける。
うん、俺って基本ゲームノベル(主にテイルズ各シリーズ)系の小説しか読まなかったからねあはははは!


「カノンノが小さい頃は、よく本を読んであげたんですよ〜」
「へー…もしかしてあのディセンダーの絵本も、パニールが?」
「えぇ、えぇ!そうなんですよ。たくさん読んであげた本の中で、あの子が一番好きだったのがあの本なんです。…で、他にも色々本を探すうちに私も恋愛小説という奴にはまっちゃったりなんかして、も〜」


懐かしそうに頬を染め、昔に思いを寄せるパニールは紛れもなく“母の顔”をしていた。同時に、俺も母さんのことをほんの少しだけ思い出す。随分昔の事のように感じるのは、気のせいだろうか。


「…そっか。そんな小さい頃から、パニールとカノンノは一緒にいたんだ」
「え、あ、まぁ…はい。その、私はカノンノの…母親、ですから」
「にっ?」


その言葉にクロートが反応した。毎回思うが、こいつはだいぶ賢い猫だと思う。まるで人間みたいだ。


「えっ?『カノンノとパニールじゃ種族が違うだろう』…ですか?いえ、その、なんというか…母親代わりなんですね。その、色々事情がありまして…」
「単純に言やぁ、パニールはカノンノの“育て親”ってことだろ?」
「えぇ、その通りです!…驚かれないんですね、レインさん」


パニールが顔をあげ、俺に言う。俺はケラケラと笑った。


「まぁな。パニールがカノンノの育て親ってなら納得できるし」
「え?」


まさか、最初から知ってましたなんてのは言えないよな。


「カノンノがあんなに優しい子に育ったのは、パニールが愛情を一杯注いで育てたからなんだろ?」
「………レイン、さん……」


パニールが目元を潤ませながら俺を呼ぶ。
たとえ二人の事情を知らなかったとしても、俺はきっとこう答えただろう。だって俺、カノンノのこと大好きだし。


「…レインさん、どうぞあの子と仲良くしてやってくださいね。カノンノは、私にとって娘のようなものですから……」


その言葉に、俺はくつくつ笑う。
そんなこと、


「当然だろ?」


カノンノは、俺にとって大事な子。
何故そう思うかなんて聞かれたら、答えはたったひとつだし。


「あ、もちろんパニールもな?」
「え?」


俺の言葉に、パニールはきょとんと小首を傾げる。
俺はクロートを撫でながら口を開いた。


「パニールは“みんなのお母さん”だろ?」


お母さんは大事にしなくちゃ。ね?

にっこりと笑ってそう言えば、パニールは心底嬉しそうに微笑んだ。





(貴女がいるから、笑っていられる)
(貴女はずっと、優しいままでいてね)
(待っていてくれる“お母さん”がいるから、みんな安心して飛び回れるんだよ)