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「レインーこの本どけて!」
「あーはいはい、待ってろルビア……うおぉぉおおぉ!!?」
「キャアアアレインが本の雪崩の下敷きにぃぃぃ!!!!カイウス!カイウスー!!!!」


…えー、今日も変わらず騒がしい中からレポートをお届けします、リポーターのレインです。
ルビアと一緒に書庫の整理をしていたら、運悪く脇に積んであった本が俺に襲撃をかけてきました。くそ、なんで書庫にまで古代文字あるんだよー。
俺の悲鳴に駆けつけたカイウスと、そんな彼と共に作業していたリッドにより速やかに救助された。いや、本は好きだけど潰されるのは勘弁かな!
しかもちゃっかりクロート遠くに逃げてやがるし。あんにゃろー。


「大丈夫か?」
「あちこちぶつけた」
「あ、ちょっと痣できてんぞ」
「マジで?お嫁にいけないッ!」
「いや、この程度すぐに治るだろ」


でーすよねー。
お前アホかという目でクロートに見られた。ご主人ほっぽりだして自分だけ逃げ出した黒猫に言われたくないわー。


「あーあ、またやり直しかぁ…」
「まぁまぁ、めげずにやりましょ」


ルビアがニコニコ笑いながら肩を叩いてくる。
うん、ルビアいい子だね。カイウス羨ましいよ。


「じゃ、オレ達も仕事に戻るかー」
「またプレセアに怒られないようにな」


先程ホールにて古い食料を処理(食い尽く)していた二人が掃除の効率が悪くなるとプレセアに地味に怒られているのを見た。俺の言葉によってそれを思い出したのか、二人は苦い顔で笑う。


「二人できつくなったらイリアとかルークとかコレット誘ってやれば?あのあぶれ組、暇そうに甲板にいたし」
「あぁ、俺も見た。なんかイリアがはたき持って戦ってたよな」


うん、埃と格闘してたよな。俺も見た。
でもあれ、端から見たら八つ当たりにしか見えないよな。ルカも苦労するぜ。


「じゃ、頑張れよ」
「また潰されたら呼べよー」
「潰されるかッ!同じ鑪は踏まんぞ俺は!」


はいはい、と軽く手を振ってカイウスとリッドは書庫を出ていった。くそう、俺が潰されること前提かあの野郎共。


「もう潰されん!」
「ふふ、そうね。なら早速この本の山を元通りに積み上げて………キャアァァアアァ!!!?」
「うおぉぉ今度はルビアが潰されたぁぁぁぁ!!ルビア!ルビアかむばぁあぁっく!!!!」



***



あれから度々本の山に潰されるという事件が起きて、見るに見兼ねたカイウスとリッドが書庫で自分達の作業をし始めて俺達が潰される度に速やかに救助するをかれこれ二桁くらい繰り返し、なんとか一段落ついた。
うん、これキールとかコレットとかいなくてよかったよね。いたら被害はこんなものじゃ済みません。


ピンポンパンポーン♪


『みなさーん、作業ご苦労様です〜。お昼ご飯ができましたよ〜♪』


時計の針が12時を過ぎたとき、パニールのいつもどおり伸びやかな声がアナウンスを通して船内に響き渡った。あっ癒し。


「やった!飯だ!」


リッドが真っ先に書庫を飛び出していく。俺は置いていかれたカイウスの横に積み上がる缶詰めの山を見、そしてあっという間に米粒程の大きさになったリッドの背中を見た。


「…まだ入るの?」


どうなってんだよ、アイツの腹は。
俺の呟きに、その場にいた全員がゆっくりと首を傾げた。



***



昼飯として配給されたおにぎりとサンドイッチを片手に、俺は船内を散策していた。
船員全員が船の改造に手を焼いている今の時期、テーブルと椅子に座ってゆっくり食事をとる、なんて事は出来ない人間が多い。そこで、持ち運べる手軽な料理を各自好きな場所で食べる、という方式が現在執行されていたりするのだ。うん、言葉が変とか気にしない。
片手におにぎりとサンドイッチ、反対の手にクロートの飯(ミルクとキッシュ)を、そして頭上にクロートを乗せて俺は船内を徘徊していた。どっかのウェイターか俺は。

まぁ今日は天気もいいし、外で食うのも悪くないか。
シュッ、と音をたてて甲板に続く扉が開く。誰もいないと思っていたら、先客がいることに気付き俺は足を止めた。


「わ、カノンノだー」
「あ、レイン!」


いつもの場所に座り込み本を読んでいたらしいカノンノは、俺に気付くと顔をあげて笑った。
俺はカノンノに近寄り、昼飯を床に置くとカノンノの横に座る。


「また本読んでるんだ」
「これ?あ、うん…これは、ほら。ディセンダーのお話の本だよ。まだ字が読めない頃、パニールが毎日読んでくれてたの」


そういえばそう言ってたな、パニールが。
ちょっと前の記憶を引っ張り出し、俺はふーんと相槌をうつ。クロートが俺の頭から降り、皿に入れられたミルクに口をつけた。


「ホント、読まない日はないくらい。読むと元気が出るの、とても」
「そこまで好きなの?そのディセンダーの本」
「うん!ディセンダーは、ただいつも正しいと思ったことをやるの。そしていつの間にか、世界を守る大きな存在になるのよ」


頷いたカノンノは、愛しそうに絵本を抱き締める。


「憧れなんだ。私も、そんな風に生きられたらいいなって…」


優しげな微笑みを浮かべるカノンノに、俺は黙って微笑む。
空を見上げ、カノンノは続けた。


「海から聞こえる声も、私にとっては幻でもなんでもない。本当に聞こえるんだもの。だから、自分が正しいと思ったことを信じる。絶対、私を呼ぶ声に会うの」


力強く言い切ったカノンノの声に滲むのは、確かな決意。俺もそっと空を見上げた。
何も言えない。本当の事を知っていても何も言わない俺は、相当酷い人間なのかもしれない。

―――でも、それでも、


「声の主が、本当にお父さんやお母さんだったらいいな…」


呟くような、祈るようなその言葉に、そっと目を閉じた。