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「……ん…っ……」


まだ腫れぼったい瞼を、半ば無理矢理押し上げる。視線の先に映ったのは、見慣れない天井だった。
…あれ、ココどこ。
なんで俺、こんなとこにいるわけよちょっと?つか今まで何があった?


「あ、気が付いた?よかったぁ!」
「……………………へ………?」


心地よいソプラノボイスが、寝起きの頭に染み渡る。
最初は思わずボーッとしていたが、今何かの拍子で俺は意識を覚醒させた。
視界に入ったのは、落ち着いた桃色の髪と翡翠の瞳。あどけなさの残る顔を持った少女が、俺を思いっきり固まらせた。


「…………………」


いや、これは夢か?夢なら覚めないでと思うのはもう俺みたいな人種の性だろう。だって、こんなまさか、


「嘘だろっ…!…い゙…ッ!!?」


ガバッ、と勢いよく体を起こすと、途端に背中全体に鈍い痛みが走った。
思わず顔をしかめ、体を丸める。


「だっ、大丈夫!?ダメだよ、まだ安静にしてなくちゃ!」
「イツッ…こ、ここは…」


慌てて駆け寄ってくる少女に訊ねると、彼女は俺の背中に手をあてながら口を開いた。


「ここは、バンエルティア号という船の中よ」


 マ ジ で す か !

こんなことがあってもいいのか。いや俺は万々歳なんだけど。
全世界のトリップ志願者の皆さんごめんなさい。あっ、石投げないで僻まないで!←


「私ね、カノンノ。カノンノ・イアハートっていうのよ。あなたの名前は?」
「“俺”はレイン………ケホッ!」


あぁ、やっぱり貴女はカノンノでしたか。なんとなく、っていうか確信していた答えに内心アハハと乾いた笑いを溢す。
そこで自分の名前を名乗ったが、息を吸った瞬間に痛みが走り思わずむせた。
なんだこれ、背中が中心的に痛いな……どっかで強く打ち付けたのか?


「大丈夫…?待っててね、今治すから…」
「うん…?」


カノンノが俺の背中に手をあて、神経を集中させる。すると、カノンノの足下に鮮やかに輝く光の陣が浮かび上がった。
……あれ、この色の陣は、確か………。


「――――ファーストエイド」


刹那、俺の体を温かい光が包み込む。
すると、途端にさっきまで鬱陶しかった痛みが嘘のように引いていった。


「あ…すごっ!」
「これで大丈夫だとは思うけど…まだしばらく安静にしてた方がいいかな」


やっぱり今のは回復術だったのか。スゲーな初めて見た。
…にしても……。俺はちろりとカノンノを見た。
やっぱし本物、だよなぁ……。コスプレイヤーには見えないし、何より今のはマジで回復術だった。詠唱ちゃんとしてたし。


「(となると…やっぱりここは異世界、か)」


順応能力が高い自分に若干感謝する。
にしたって、なんで俺、この世界に…?
その時、部屋の扉がシュッと音をたてて開いた。


「カノンノ、お目覚めになったの?」


のんびりした声のトーンでカノンノに話しかけながら、淡いオレンジ色をした猫のような生き物が入ってきた。
尻尾についた羽で宙を飛び、腰には小さなエプロンを巻いている。
その生き物はカノンノの隣に来ると、目を覚ましていた俺を見てまぁ!と興奮したような声をあげた。


「あらあら、んまぁー!お美しいお嬢様だこと!」
「お、お嬢様…って俺のこと?」


カノンノに視線を向ければ、カノンノは困ったように笑っていた。
パニールはまだ赤い頬を押さえながら、俺に向き直る。


「ご無事で何よりだわ。私、パニールと申しますの。よろしくお願いしますわね」
「あ、はいこちらこそ」


ご丁寧にどうも、と寝かされていたソファーに座ったままペコリと頭を下げる。
それからパニールは、気遣うように俺の体をまじまじと見た。


「お加減いかがです?どこか痛むところはありませんか?」
「さっき背中が痛んだけど、カノンノが治してくれたから平気ですよ」
「あらあら、それは良かったわね。カノンノ」


パニールが微笑みながらカノンノを見やる。カノンノも照れ臭そうに微笑んだ。


「でも、治療って言っても術をかけただけなの。だから、もう少し安静にしてた方がいいかな、と思って…」
「そうね、そうした方がいいわ」


パニールがコップに入った水を俺に差し出しながら、カノンノと話す。
俺はそれを受け取って一口飲むと、ふと窓の外を見た。
キラキラと日に輝く海が綺麗だ。


「…………オレ、なんでこんな所に……」
「あ、そうだった!」


誰にでもなく呟いた声を、カノンノがバッチリ拾ってくれたらしい。思い出したように声をあげ、俺に向き直った。


「あなた、空から降ってきたの。この船の甲板にね」
「…………………………………………………………………は?」


理解するまでたっぷり時間がかかった。

空から?
この船の甲板に?

おいおい…マジで?
この登場パターン、まさか……。


「(……いや、まっさかー)」


そういや気絶する前なんかやけに冷たかった気がする。あ、もしかしてあれ落ちてたのか?落ちてる真っ最中だったのか!?
それなら背中が痛んだ理由も納得できる。背中強打したんだな。うん、そりゃ息吸ったら痛むわけだよ。
フッ…と思わず遠くを見る。

…いや待て、断言するのはまだ早い。よくあるお決まりのトリップ展開じゃないか、空から落ちてくるのって。異世界トリップの典型的パターンじゃないか、早まるな自分。
…まあ、某有名な映画の「親方!空から女の子が!」なーんてお綺麗な登場の仕方じゃなかったぽいけどな!あの背中の痛みが証拠である。ていうかよく生きてたね俺??