鈍色の箱庭に(3)


──と、思い出せないことがあった。

「…わたしの能力って、なんだっけ」

朔羽の呟きに、男は優しく言った。

「周りの敵をぶっ飛ばしちゃうやつです。だけど、全身全霊で使うと能力は二度と使えないんですよ」
「え…」
「もう大丈夫。追われることもないでしょう」

幼さが残る顔に驚きが浮かぶ。

「本当?」
「はい」
「…出られるのね。良かった──」

安心して気が抜けたのか、朔羽の体がぐらついた。
男は素早く動いて体を支える。

「…あ、あと、わたしの、名前、なんだっけ──」
「……知りたいですか?」
「────」

朔羽は答えなかった。
男の腕の中で、力尽きたように眠っていた。

「……お疲れさまでした。おやすみなさい」

寝顔を確認し、ふざけた格好の男は部屋を出る。
足下に転がる残骸を冷ややかに一瞥する。

「…」

どこからか冷たい風が吹き込んでくる。
男のマントがたなびくと、ゆらゆらと蒸気のように変化し始めた。

「…悲しいことを願ったんですよ、貴女は。僕が従うしかないと知っていて、そんなことを願ったんですよ──」

廊下に独り言が不気味に響く。

「ひどい主です。でも」

壁にビキビキとひびが入っていく。
男を残し、その周りが音を立てて崩れていく。

「最後に、貴女を助けることができてよかった」

その言葉を合図にしたかのように、壊れるはずのなかった建物は脆く地に伏していく。
砂煙が男と朔羽を覆い、やがて見えなくなった。



「──命令に背いた、と…怒られますかねぇ……」

笑みを浮かべながら、男は目を閉じた。





───────

少女は目を覚ました。

真っ白な空間で。

何もなかった。

あるのはぼろぼろの黒いマントだけ。



「────」



口だけが動く。
目には涙が溜まっている。
拭われることなく、流れ落ちる。

「…ぅ」

か細い声が発せられた。
これが精一杯だった。
掠れながらも、確かに言葉にした。





「…怒るわよ、当たり前でしょ……──」





少女は慟哭した。

届かないことを知りながら。

白い空間が裂けんばかりに。





抗う
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