今から、ほんの少し昔の話。
灰色と銀世界の街で、出会ったことを覚えていますか。
邂逅というのは、その時の状況・形ひとつで何物にも変わる。
それは、本当にほんの少し前の話。
私が、大事にしていたモノを落としてしまったことから始まる。
この街から出ていないのだから、落としたとしたらこの街の何処かだ。
しかし、大きさは掌に乗る程度。
見つけてくれた人が居ればそれは万々歳なことだけど、
銀世界に埋もれてしまえば見つからない可能性だってある。
無くしてはならないもの。だからこそ、懸命に探した。
自分で手当たり次第。今日通った道から寄った場所。その付近にいた人々に至るまで。
そんな時だ。偶然に声をかけたのは。
「あ、あの…。」
「…どうかしたか?」
「あ…。あ、あの…。」
「困りごとか?私でよければ。」
少し気難しそうな男性。
格好が軍服だったために、軍の人間だということはすぐにわかった。
たまたま今日は出歩くルートで政府塔の近くを通ったのだから、
そこの人たちが偶然見つけてくれたのかもしれない。
そうであって欲しいと願って、小さく頷いて言葉を口にした。
「これくらいの、ブローチ。落ちていませんでしたか?」
「…ブローチ?」
男は私の単語を返す。
「はい。白をベースに青い鍵が描かれてるブローチなのですが…。」
「…残念だが見当たらなかったな…。」
「そう、ですか…。」
私は肩を落とす。
此処まで結構歩いたし時間も掛けたのだから、ほぼ最後の頼みだったのだけど。
「…名前は?」
「あ、はい。ニコラ・ノールと申します。」
「もし軍の者で見かけた人がいるか声を掛けておこう。」
「あ、有難う御座います!」
希望の光が見えたと判れば、その表情を隠す事はせずに明るい声色になる。
そうなったらコンタクトが取れるようにと連絡先を伝える。
あ、そうだ。大事な事を忘れるところだった。
「あ、あの。お名前を伺ってもよろしいですか?」
「カーツだ。」
「カーツさん、ですね。有難う御座います。」
「いや、気にしなくていい。」
ぺこりと頭を下げて、お礼を言う。
これで見つかったら、奇跡が起きたと思うだろう。
偶然。されど、偶然。
そんなことからか、不意に口を滑らした。
「また、会えません、か…?」
「…俺でよければ。」
ハッとして咄嗟に謝ろうと思ったけど、意外にも肯定的。
気難しそうな彼が、思わずふ、と緩む。
灰色の空から降り続ける雪の中。
「それでは、……。」
「はい…?」
くるりと翻すところを一時止めては、
何を思ったのか身に付けていた手袋を外しに掛かった。
「手が荒れている。
軍の物だから余りいい物ではないが、付けておきなさい。」
そういって自らの手袋をポンと渡された。
言われるまで気付かなかった。私の手は寒い中無我夢中で探していたから酷く荒れていたことを。
私の家はすぐそこなのに、何の躊躇もなく渡すその様子に紳士さを感じた。
言われるがままに手に嵌めると、『では。』と再び翻して後にした。
身に付けていた手袋は手のぬくもりの名残がほんのりとあった。
鍵を求めた少女 ニコラ・ノールと
技術将校 カーツ・ベッセルと邂逅のお話し。
将校と鍵の少女
(ブローチもだけど…手袋、どうしよう…。)