いつも賑やかなロビーが今は静寂を包んでいる。
というのも、今はテスト期間中で授業テストのみで午前中で終わっているからだ。
そんな中で、とある人がひとり。ロビーの片隅にあるテーブルと椅子で本を読んでいた。
黒髪がやや肩にくっつかないくらいのセミロングカットで、手入れをしているのか色は黒々して艶々しい。
顔立ちは少女とも少年とも言える中性で、凜とした佇まい。
紛れもなくこの者もその期間の真っ最中だが、気晴らしにと読んでいた。
勿論、今この学校に居られる時間は短いが、もうじき終わるのだ。気にする事はない。
「っと、すまんな。」
「…いえ。大丈夫です。」
「ここ、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。」
そういって、男は丁度向かい側の椅子に腰掛けた。
何しに来たのだろう、と思ったが特に気にせず本を読むことに集中する。
「自分、何してるん?」
「…見ての通りですけど。」
「『罪と罰』か。この時期にえらい難しいの読むんやな。」
『罪と罰』著者、ドストエフスキー。
手に持っていた本は和訳されているが、今は上巻で、丁度あと数ページを読めば終わるくらい。
この本を読み終えたら帰ろうと思っていたその矢先。
本を読む、という行為を遠く。否近くから傍聴してる者に気付く。
「………。」
「あ、あの…先程から何しているんですか。変に視線が痛いんですが。」
「すまんの。つい気になってしもて。」
人懐っこい笑みを常に浮かべているこの男。
だけど、違和感だ。
絶対的な違和感が。それをぞわりと感じてしまう。
その、絶対的な違和感の正体は、すぐにわかった。
「…嘘ですね。」
「ん?」
「嘘、吐いていますよね。“つい気になって”は嘘。
いつもボクが此処に来ていたのは、知ってたようですけど。」
嘘。と初対面の相手。しかも恐らく自分より先輩の彼にそう言い放つ。
だけど、男は違うとも否定もせず、少し黙るだけ。
沈黙は肯定、と誰が言ったか知らないが恐らくそう。
だけど、少しだけ包む空気が変わる。
それらを言えたのには、自分なりに理由がある。
「バレてたんか。いやいや敵わんわ。」
「それも嘘ですよね。敵わない、と言ってる割には悔しさが感じない。
―――まるで、“面白い玩具を見つけた”ような反応。」
パタン、と本を閉じながらそう告げた。
相手を余り見ないから。というのが理解した理由。
物事を、対人として見ない。一歩、いや三歩ほど離れて見るソレは観察のよう。
そうすることによって、色々思考を張り巡らせ、違和感を発見する。
この男と話すのは、何事も違和感だらけなのだ。
少なくとも自分自身にはそう思う。
絶対的な確信はないけれど、そうだと勘が精一杯主張する。
「ほんなら教えたる。」
「?」
常に笑っているような糸目。だけど、目の奥は笑ってない。
警戒している訳ではないけど、何となく油断してはならないと自分自身に警鐘する。
ずいっと、距離が男によって縮められ、発言した。
その反射で、つい目線ががちりと合った。
「ワシは自分に興味あってな。」
「!?」
何を言い出したのだ、この男は。
目の奥が一瞬だけ垣間見たと思ったら、なんという発言。
初対面なのに、興味がある?
その発言にも驚きはしたが、何より戦慄させたのはその一瞬だけの目の奥。
目の奥を見逃していれば、どれだけラクだったか。
思わず目線を合わせてしまったのがいけなかった。
本当に一瞬だけ見てしまった目に篭っていたのは、何とも言いがたい情。
その正体はまだ見抜けないが、まるで標的を捉えたかのような冷たくて熱い。
色々ごっちゃになって、本を読むことに真剣になっていたあの冷静さが急激に失われていく。
だけど、悪夢のような出来事は本当に一瞬で、すぐに離れて立ち上がった。
「また、会えたらええな。」
ほな、と手をヒラヒラさせてロビーを後にする。
なんてヤツだ。と、閉じた本に目線を落としてそう呟いた。
文学少年の邂逅
(『嘘をつくということはすべての生物に対する唯一の人間の特権です。』)
(だけども、嘘と真実を混ぜてしまえば真か虚かわからなくなる。)
(それは、色で言えば白を黒で塗りつぶし、黒を白で潰すよう。)