危険な色に恋をした
拝啓神様。
まずアナタに会えるなら、真っ先に殴り掛かりたいなと思います。
ただ、夜道を歩いていただけなのに。
ただ、近道をして光があまり当たらない道を歩いただけなのに。
嗚呼神様。私は悪いことでもしたのでしょうか。
路地裏に居た、一人の男。
手には拳銃。そして、その足下には人―だった屍(モノ)。
これって‥言葉に言わなくても良い事よね?
最悪な状況であるのだから。
殺害現場を見てしまった私。しかも‥それを、見られ た。
嗚呼もう!見てしまったことに気づかなかったなら、このままこっそり逃げ出したのに!
漆黒を全身に纏い、さらさらと流れる長い銀色の髪。
コートと同じ色の帽子を被り、その下にある眼をつい 見てしまっ た。
あの、凍りつくような、鋭い眼を。
それを見てしまった瞬間に、脚が凍ったように動かなかった。
それは、自由気ままな空気すらも凍てつかせる。
そんなありえないこと。なのに、その様な幻覚を覚えさせられる。
そんな感覚すらを叩き付けられてしまう。
怖い、脚が動かない。
危険だ、と。本能が告げた。
そんなの、本能だろうが理性だろうがとっくに知っていた。
唯では済まないだろう。
下手をしたら、この場で‥いや、確実か?
冗談じゃない。
一刻も早くこの場からサヨナラしなくては。
逃げろ、逃げろ、逃げろ。
明日脚が動かなくなっても構わない。
全エネルギーを使いきっても構わない。
「はぁ‥はぁ‥はぁ‥‥。」
息が荒い。呼吸をしなくてはならないのに、それすら支配されて呼吸がままならない。
だけど、生きるのを手放したら呼吸すら出来なくなる。
この、恐怖‥だけではないけど。それとも呼べる心情すら味わえなくなる。
死ぬなら、もっと色んな事を見て味わって、喜びに溢れたまま息を引き取りたい。
まだ、私は死にたくないんだ。こんな、理不尽な死に方をしたくない。
生きた心地をもう一度。嗚呼神様!
「鬼ごっこは終わりか?」
ゴリ‥、と頭の後ろを何かが当たる。
後頭部に当たる、冷たい、筒状の鉄。それが何なのか解らない。解りたくもない。
そうだな、唯一解りたいのは、
何故私がこんな事にならなくてはならなかったのかと云うこと。
「‥殺すの?」
「それはテメェ次第だ。」
‥どう答えればいいだろう。
死にたくなんかないけれど、生かしてくれるのだろうか。
だけど、殺される恐怖心が薄れていく。
嗚呼そうか、天国が近いからか。
この状態で生きられるなんて、生かしてくれるなんて。有り得ないものね。
助けて、とでも助けを乞うべきか?
否。この眼の鋭く恐ろしい男には通じないだろう。
そう、開き直れたから?
「殺すならさっさと殺してよ。今の気分は居心地悪いんだから。」
嗚呼、死刑宣告。といっても、私自身に言ったのだけど。
降伏は、しない。乞うことも、しない。
あくまでそれは私のなけなしのプライドが問題だから。
プライドと言っても、大したことではないのだが。
‥‥。
「‥‥?どうしたのさ。」
「テメェに選択権をやる。」
未だに人を殺めるためのベレッタは頭から外されない。
どのような、選択権なのだろうか。
「今此処で殺(バラ)されるか‥俺と来るか。」
来るか、ってどういうことよ。此処で命は奪わないということ?
でも同時に‥平凡には戻れないという事?
生を続行する代わりの、与えられた代償は束縛。
私にはもう平凡な人生は味わうことは出来ないのか。そう解ると、複雑だった。
すべてを捨て去って、生きることを選ぶか。
命すらも捨て、別れを告げるのを選ぶのか。
こんなにも、究極な選択はない。
彼のしたことが当たり前ならば、私はもう今の生活を続行は出来なくなる。
だが‥私だって人間よ。
生きられる術があるならば、石にかじり付き、しがみついてでも。
生きていたいよ。
きっと、私を知っている者たちは、何故私がこんな極論を選んだのかと言いたくなるだろう。
だか同時に、今の生活から離れるということは、…結果的なサヨナラなのだろうか。
だけど、正直な話。私は‥囚われた。
もう逃れられない。蜘蛛の糸に絡んだ哀れな蝶のように。
この手に持つことはなかった銃(ぶき)を手に取り、白い私は黒になる。
「…ところで、名は何だ。」
「…、來。篠崎來よ。」
危険な色に恋をした
(嘗ては白かった服も、血を浴びて酸素に触れ――黒になる)