全てを無に還す

これは、復讐。
私を捨てた世界に対する、痛みの報復。



「標的は‥この人、なの?」
「そうだ。」



冷たく深いエメラルドの色を瞳を宿した、ジンと言う私の上司が、ただそう静かに告げた。

パラ、とたった一枚の写真を見て、彼女…來は言葉を失った。


標的となったのは、私の‥嘗て白(むかし)の世界でお世話になった上司。
詳しい話はしてくれなかったが、どうやら暗殺の依頼がされたのだと言う。

確かに色々裏ではダーティーな取引をしているのを知っている。
だから、さぞかし何処かの逆恨みを含んだ粛正だろう。

「‥殺(バラ)せるか?‥來の嘗て慕っていた上司を‥。」


私の上司…ジンは、試しているように笑う。
知っていた、だからこの任務を私に任せたのだと。

私は‥‥、まだ人を殺したことはない。いつも取引を横で見てたか、待機してたぐらいだから。
銃の扱いはこの世界にきてから、みっちり叩き込まれた。と言っても、ライフルではなく、普通の拳銃だけど。

前に話を聞いたことがある。
拳銃を持つことは、生死を揺るがせる覚悟がいるのだと。

持てば、不可抗力だろうが何だろうがのうのうと生きることは出来なくなる。
向かう先は、地獄の片面切符。



「幹部様。私を試しているのですね。きっと…出来ますよ。」



そう、告げた。否 契約した。私をこのセカイに誘い込んだ。漆黒の案内人。
そして。何より自ら地獄の果てまでも付いていくと、誓った人。

そのためならば、私は幾らでも黒に染めてあげましょう。

そして、その後から標的を計画通りに誘い込み、そして逃げられぬように腕を打ち抜く。
脚の神経を殺し、立ち上がれないように。

黒い集団の中で、私は上司に顔を見られないように隙間から見た。


余りにも悶え苦しむさまに、吐き気を覚える。逃げられるのなら、逃げてしまいたい。
だけど、私は白い世界には帰れない。

身を黒に包むのが、何よりの証だ。



「来い、ディタ。」



暫く苦しむ嘆きとサイレンサーによる小さい銃声しか届かない、この場所で。
沈黙を破るように、コードネームで呼ばれる。

私は、逆らうことをせず 後ろからそっと現れる。



「ま、まさか‥篠崎君か?!」



目の前で冷や汗をかく男。これが、嘗て…白のセカイでの憧れの人。
今では、すっかりあの頃の面影は無く 失望した。

丁度弱りきっていて、止めを刺すだけに連れてきたのかと思うと、余りに笑える話だ。

「殺れ、ディタ。」
「篠崎君‥頼む。殺さないでくれ…。私は…君の上司だよ?」

「…私は……。」



無言の表情での、地下での、処刑場。
静寂の中、リボルバーをガチャリと回す。そして、引き金(トリガー)に指をかけて、見た。

その時の彼女の瞳は、冷たく 非情であった。



「ごめんなさいね、貴方が言う‥篠崎來(ワタシ)は存在しない。それに‥捨てた上司(オトコ)に興味ないの。
私が慕うのは‥‥」



闇から救って下さった幹部様だけ。



そう言い残し、銃口を向けては頭に風上を空け、銃声が小さくなる。
嘗て‥憧れていた人は屍(ガラクタ)に成り果てた。


まだ、手が震える。
だけど、取り返しの着かないことをしたからって、私自身が壊れることは不思議になかった。



はじめて ひとをころした。

だけどわたしは わらった。

これは、復讐。
私を捨てた世界に、せめての報い。

血に伏せ、生にしがみつき、息を絶えた屍(おろかもの)を踏みにじるように脚を踏む。



「ねぇ、幹部様。」



私の、捨てた世界を私は恨み続けるのだと思う。
白の世界しか知らなかった私たちが、必死に守ろうとした社会(モノ)なのに。

こんなにも、脆いものだったなんて。
笑えないジョークを聞いたようだった。そんな気分。



「私、上手く出来たかしら。」
「クッ、手だけでなく声まで震えやがるか。それを誤魔化すような笑み…。上々だ。」



ニヒルな笑みに、思わず口角が上がってしまう。
美しき目の奥には血に溺れ、餓えた獣のような危険さを宿した。





全てを無に還す
(初めて人を殺めた、それは極彩色の思い出のようだった)