二十一、厨の特恵
| 燭台切光忠、歌仙兼定
トントントン、と小気味良く響く音をただ聞いていた。クツクツと煮える鍋から薄く見える蒸気が緩やかに漏れている。ザァと流れる水が丁寧に払われた土や埃を洗い流し、ジャッと勢い良く振られた青菜からは水滴が落ちていく。軽く水気を拭われた覚めるような緑に宛てがわれた刃は、ザクッと軽快な声を引き出すように葉を切っていく。カチャカチャと菜箸と器がぶつかることで透明な卵白と赤みがかかった濃い黄色は良く混ぜ合わさり、十分に熱を帯びた鉄板に勢い良く飛び込んでジュウと固まる音がする。木蓋を上げればむあっとした濃い水蒸気が彼女の顔に掛かり、透き通るような白い肌を優しく包んで。むちむちした米粒たちがおしくらまんじゅうするのを止めさせるように、差し入れられたしゃもじが底から掬い上げるようにして掻き混ぜている。
「ふふふ、とっても熱い視線ね」
溢れ落ちるような笑い声が聞こえると、にっこりと目元を緩めた彼女が僕を見ていた。
「君がご飯を作ってるところ、なんか好きなんだよね」
「あら、そうなの?」
「うん、何ていうか、君は食材すら愛おしげに見るから」
その視線が好きなのかな。どこか漠然とした感覚の正体を探るように自分へ問い掛ける意味も込めて呟くと、深い夜みたいに綺麗な漆黒の瞳が愛おしげに和らいでいる。そうそう、その瞳。
「君は、綺麗だね」
「あはは、ありがとう伊達男」
***
「主って、具材を小さく切るんだよね」
脈絡もなく話し始めた僕の言葉を隣で鍋の様子を見ている歌仙くんは聞いてくれるようだった。仲間が増えてきたこの本丸では、食事の用意は当番制で行うことがすっかり当たり前になってしまったけれど。こうして時々、比較的顕現の早かった歌仙くんと二人で厨に立つことがある。そんな僕たちは我等が主が毎日此処に立っていた時間があったことを知っている。それは賑やかな今とは違って大広間がまだまだ寂しかった頃。料理に関心があった歌仙くんと僕は毎日彼女が料理をする姿を見ていた。時には隣で、時には厨の入り口で。時には畑へと通じる勝手口で。彼女の視線や手先、音や香りを感じていた。彼女は、今も時々思い出したように厨へ立つことがある。そのタイミングを計ることは出来ないけれど、一度だけ尋ねてみた時は落ち込んでいる子が居たからと笑っていた。歌仙くんも僕も、もちろん他の子たちも彼女が作るご飯の味が大好きだ。その味に感銘を受けてやったこともない料理を彼女に教わりながら、僕たちはその味を再現しようと熱を上げていて。そんな僕等に主は漆黒の瞳を和らげながら言ったんだ。私の料理を美味しいと言ってくれるのは嬉しいけれど、それなら私が幾らでも作ってあげるわ。でもね、私はあなたたちしか作れない、あなたたちだけの味が食べたいの。あなたたちが思うように作って美味しさを考えてみて。そんな言葉を受け取った僕たちは顔を見合わせて笑った。それから、僕等はあまり何も気にせずに美味しい料理を極めようと厨へ立っている。でもこうして時々、歌仙くんと並んで彼女の味や技を思い出しながら料理を作り、途中で僕等なりのアレンジを加えてみたりする。ここはこうした方が良いとか、あの調味料を入れてみたらどうだとか話しながら主が毎日此処に立っていた時間に想いを馳せる。そういえば、と何気なく考えていたことを不意に口にした。主が作る料理はいつも具材が小さめだったということ。僕が食べるとほんの少し物足りなさを感じるくらいの感覚だけど。ふと、主がご飯を作る時は短刀の子たちがご飯を食べるスピードが少しだけ早いなと気づいた。彼女が良く噛んで食べるようにきつく言っているから、どんな言葉も真摯に受け止める彼等は決して早食いをしているわけではない。そう考えた時、ああ、と納得した。
「短刀の子たちが食べやすいように、小さく切ってるんだなって気づいてさ」
彼女って本当にすごいなあって思ったんだけど。ちょっとだけ、妬けちゃった。思ったよりも真剣な声が出てしまったことを誤魔化すように笑うと鍋の火加減を調整している歌仙くんが頷いた。
「彼女はどうも短刀たち贔屓だからな」
「あ、歌仙くんでもそんな風に思うんだ?」
「それくらいはね」
へにゃりと崩れるようないつもならあまり見掛けることがない微笑みを歌仙くんは浮かべていて。はあ、と溜息をつきながら主とご飯作りたいねなんて呟く声には素直な同意の声が返ってくる。
「はあい、何だか呼ばれてる気がしたから参上したわよ」
気配なんて微塵も感じなかったのに、突然背に掛けられた声。びくりと肩を揺らして振り返る。
「ふふふ、私の気配に気づかないなんて珍しいわね」
厨の入り口に寄り掛かって意地悪な顔で笑う彼女。美味しそうな匂いね、と何もかもを愛しむように瞳を和らげる。そして歌仙くんと僕は、あの日のように顔を見合わせて困ったように笑った。