二十二、白いゼラニウムを手折る

| 小夜左文字

「主は、誰かに恨まれているの……?」

 不意に背中に掛けられたのは小さな、どこか控え目な声。一期が丁寧に巻いてくれた包帯は体のあちこちに巻かれていて、腕には肌の色とは違う青白さが手首まで覆っている。そんな私の腕にそっと、添えられた手の平。鳴り止まない鈴の音が頭痛のようにがんがんと響くせいで気配にすら気づいていなかった。振り返ると、鮮やかな青の髪が視界に入る。こちらを見上げる細い首が痛そうだと思って、目線と合うようにしゃがむ。疑うような、どこか心配そうな瞳を見つめた。

「どうかしら。分からないけれど、忘れてしまっているようだからそうなのかもしれないわね」

忘れてしまっている以上、どれだけ考えようとも答えは出せない。肩を竦めて見せると小夜は私の腕をそっと撫でてくれた。珍しいな、と思う。小夜は警戒とまではいかないけれど他の短刀の子たちとは違って一歩どころか二歩も三歩も下がったところから私を見ていることが多い。全力で私に抱き着いてくる子ばかりだからこういう子も居るのかと思っていた。でも、その子それぞれの距離感があるだろうし小夜のような視線を受けるのは初めてではない気がしていた。そして、小夜には小夜のタイミングだってあるはずだからいつか歩み寄れる日が来るのではないか、とも。

「主は、こんなに眩しいのに……」
「あなたが思うほど、私はそんなに綺麗なものじゃないわ」

頭の中で響く鈴の音が鳴り止まない。一度認識してしまえば、頭痛に顔が歪むのが分かった。どうしたの、どこか痛いのと眉を下げたまま小夜は私の腕を撫で続けている。先ほど石切丸と話をして思い出した、自分の正体。神降ろしの儀で神を呼ぶ神楽鈴の九十九神。自分の存在を疎んですらいたかつての自分を考えると、この子が言うほど眩しい光など放っているはずがないのだ。

「大丈夫よ、ありがとう。小夜は優しいわね」
「……僕は優しくなんか……」

こんな風にわざわざ私を気に掛けて、優しく撫でてくれるあなたが優しくないはずないわ。痛みに歪む顔を押し込めるように笑いながら小夜の小さくて温かい手の平に触れ優しく撫でていく。

「私たち、似ているのかもしれないわね」

復讐に生を見出していたと言う小夜と、自分の存在がどこまでも罪深いものだと毛嫌いする私。その方向性は違うかもしれないけれど。私たちはこんなにも自分を想ってあげることが出来ない。

「あなたがあなたを想えない代わりに、私があなたを想うから」

私が自分を想えない代わりに、あなたが私を想って欲しい。だめかしら、と口角を上げながら首を傾げれば目線を合わせた先に少しだけ泣いてしまいそうな表情を見て思わず瞬いてしまう。

「僕は、あなたに想ってもらえるような……」

落ちた視線を持ち上げるように片手で頬を挟む。むにっと突き出た唇に驚いたのか小夜は無言だ。

「それを言うなら、私だってそうよ」

自分がようやくいつもの調子で笑っていると分かる。小夜の目は溢れそうなほど見開かれていた。

「私も、あなたたちに想ってもらえるような存在じゃないの」

でもと動いた口に苦笑する。ゆっくり縮めれば良いと思ったけれど、もう強硬突破しかなかった。

「わっ!主!何するの!」
「あはは、あなたが言うこと聞かないからよ」

ふわりと抱き上げた体は思いの外ずしりと重かったけれど、思い切り抱き締めた。温かくて、愛おしい。最初はばたばたと暴れていた体は次第に大人しくなって。やがてぽふりと撫でられた頭。

「主……泣いてるの?」

不意に込み上げてきた言い知れぬ感情のせいか、突然溢れて来た幾つもの涙は小さな指先が拭っていく。優しすぎる指先が触れる度にくすぐったい感触に目を細めれば、小夜も眉を下げていた。

「あなたも、泣いているわよ」

溢れる涙をそのままにゆるりと笑って見せると、その瞬間伸ばされた細い腕が首の後ろに回って。その力に応えるようにぎゅうと強く抱き締める。小夜は、私の首元に額を押しつけて泣いていた。

「……あったかい……」
「ええ、温かいわね」
「……やさしい……」
「そうね、小夜も優しいわ」
「主」
「なあに?」

少し硬い毛質の髪に、頬を擦り寄せる。

「僕、主を想うよ」

だから、と続く言葉にもちろんと頷く。

「あなたを誰よりも想うわ」