二十九、紫裾濃のむかしばなし
| 今剣
「よしつねこうは、いつもぼくをつれてあるいたのですよ!」
「そう、あなたのことがとっても大好きだったのね」
「ほんとうですか?ぼくもよしつねこうがだいすきです!」
「ふふふ、本当よ。大好きなあなたときっと同じ景色を見たかったんじゃないかしら」
だから、あなたをいつも連れて歩いたのかもしれないって私は思うわ。そうしてとびきり嬉しそうに笑う今剣を見つめて色素の薄い髪をゆったり撫でた。くすぐったそうにはにかむ今剣がこてりと体を預けてきて、投げ出した小さな足をぱたぱたと揺らす。その細やかな動きに目を細め縁側に座ったまま寄り添う私たちは空を見上げていた。本日の我が本丸は晴れ渡るような快晴。良いお天気ねえ、と人知れず胸の内で呟きながら小さく息を吐き出すと今剣に名前を呼ばれる。
「あるじさまは、だれかのさいごのときまでごいっしょしたことがありますか?」
ぽつりと溢れ落ちるような声色。何となしに手を伸ばし今剣の小さな丸い頭をゆっくりと撫でる。普段から高下駄を引っ掛けてきゃあきゃあと元気に駆け回る華奢な体は多くを語らないだけなのかもしれない。特段口に出すことがないだけでその体では抱えきれないほどの思い出や温もり、もっと言えば悲しみすらどこにも吐き出すことが出来ないまま時を過ごしているのかと考えた。
「……ええ、あるわよ」
赤々と燃える世界の中で、私の形代を握った少女と沢山の穏やかな時間を過ごした子たち。文字通り最期の時まで、私はあの子たちと一緒だった。それを思い出しながら今剣を膝に抱え上げる。
「その時のことも、あなたが感じた気持ちも。別に忘れようとしなくて良いのよ」
審神者となった今の私の体にあの子たちと最期を迎えた日に出来た傷は一つたりとも残っていない。思い切り伸し掛かられて圧力が加えられた喉元も、呼吸すら許されないほど勢い良く貫かれた胸も。どこもかしこも夢幻だったのかと思うほど綺麗に、跡形もなくなっていた。今、この肉体にあるのは一期を抱き締めた時に出来た両手の平の引き攣りだけ。九十九神でありながら人間と同じような肉体を持つ私たちは人間と同じように刻まれた傷が一つも残らない。どんなに忘れたくないと思っても時の流れと共に傷は修復され癒えてしまう。だから、いつの間にか過ぎ去り遠く見えなくなってしまう過去や手に取ることなど出来ない心を締めつけていくような苦しみも。知らない内に傷ついてしまう心も、大切にしたいと思うなら忘れる必要なんてないと考えている。
「大好きな、愛しいものをあなたの心の中で大切にしていけば良いのよ」
居なくなってしまった者を想うのも、これから先も大切に愛おしんでいけるのだって残されたものだけに許されていることだ。心の中でなら、居なくなってしまった者が浮かべていた甘やかな微笑みは息をし続けることが出来ると信じている。その微笑みを時々思い出して、大事に包み温めながら立ち止まったって誰にも咎められない。胸に両手を当てて瞼を下ろし、己の中に刻まれている記憶に想いを馳せることくらい誰だってする。そうして苦しみと向き合ってもがき、涙を流すことでまた前に進めるようになるのならば。傷ついた自分の心を撫でることも必要だと思う。
「ぼくはよしつねこうがだいすきですが、あるじさまもとってもだいすきなのですよ」
膝に乗せていた今剣がもぞもぞと向きを変えるように動く。向き合ってぎゅうと抱き締められた。
「あるじさまは、ぼくをあいしてくれています」
とってもふかくて、とってもおおきなあいをかんじます。ぎゅうっとすれば、あるじさまのあたたかさをかんじます。やわらかくてやさしくて、ぼくはそんなあるじさまがだいすきです。
「あるじさまがもっているおおきなあいを、ぼくもあなたにおもっていますよ」
細い腕が背中に回りぎゅうぎゅうに抱き締められて。自然と目を細めながら私も腕を回し応える。
「愛しているわ、今剣」
「ぼくもですよ!あるじさま!」
すっかりいつも通りの快活な声が上がったことに笑みが溢れていく。晴れ渡る高い空の下、キラキラと輝く柔らかな髪を撫でていればにっこりと笑う顔が可愛い。ぼくのあるじさまがこーんなにきれいなことをしったら、よしつねこうもしずかさまも、とってもびっくりしてくれますよ!
「あはは、そうかしら」
「とうぜんです!おしょうだってびっくりします!」
「それは、とても光栄なことね」
「あるじさまによばれて、ここにきたときにおもいました」
柔らかく目元を細めながら私を見つめて笑う今剣に続きを促すように首を傾げる。よしつねこうをおむかえにきたむらさきのくもには、きっとあるじさまみたいにきれいなてんにょさまがのっているのです!そんなことを元気な声色で話す今剣の色白の頬にはほんのりと赤が差していて。ぼくたちをみちびいてくれるみたいに、てんにょさまがよしつねこうをみちびいてくれます!なんて無邪気に笑って見せるから、私も目を細めて笑ってしまう。自分のことを天の使いだなんて大それたことは思えないけれど。この子たちを幸せが待つ方へ導いていけたならと思ってはいる。