六、向日葵
| 蛍丸、愛染国俊、明石国行
小さな手で覆いきれないほどのずっしりとした重さ一つ一つを確かめるように、ゆっくりと手に取った身は軽快な音を立ててもがれていく。もう片方の手で抱えるように支えた少し深めの籠には鮮やかな赤や緑が放り込まれており、数が増えていくに比例してその彩りも増していく。
「んー、美味しそうな身がたくさんね!」
「お!主さん!」
「見に来てくれたのー?」
燦々と降り注ぐ夏の大きな太陽にも負けないほどの眩い笑顔と快活な声が弾ける一方で、少し気怠げな視線のまま間延びした声がすぐ傍から掛けられた。対照的な表情をする二振は肩を並べる。
「そうよ、あなたたちの頑張りを見ているのが夏の太陽だけなんてずるいもの」
その瞬間、異なる表情を浮かべていた二振が同じようにへにゃりと破顔するものだから、堪らない気持ちになってしまった。目深に被った麦わら帽子の上からよしよしと小さな頭を撫でておく。
「今日もこんなに採れたぜ!」
「まあ、大収穫ねえ」
「今日もご飯楽しみ」
「ええ、光忠と歌仙が張り切るでしょうね」
確か今日は鶴丸も厨に立っているはずだと思い出す。きみにとっておきの驚きをプレゼントしよう!と言っていたけれど一体どんな料理が出てくるのやら。光忠はともかく歌仙は大丈夫かしら。
「トマトが真っ赤で美味しそうねえ」
「このまま食べてもすっげー美味いぞ!」
「ふふふ、そうでしょうね」
快活な声色と眩い笑顔で脇に抱えていた籠を目の前にずいっと寄せてくるのは愛染国俊。この本丸の皆で手塩に掛けて育てたトマトは真っ赤に熟れている。十分に熟してぱんぱんになった表面は少しでも傷つけようものならじゅわりとした甘みのある汁を溢してしまうのだろう。口にしなくたって十分その美味しさは想像出来てしまう。一人と二振で籠に入ったトマトやらピーマンをじいっと見つめた。そして徐に視線を持ち上げれば、玉のような汗が浮き上がるキメの細かい肌と心なしかしっとりしているような髪の毛。小さな頭に乗せた麦わら帽子が髪の毛を押さえつけているから、まろい頬に張りついてしまっている毛先を指で丁寧に避けてあげる。あどけない表情を浮かべていた二振はくすぐったそうに笑うけれど、決して顔を背けようとはしない。うーん。
「うーん」
「どうしたの?」
ぴょこりとはみ出た蛍丸の髪をやわやわ撫でながら、うーんと唸れば感じるのは二つ分の視線。
「そうね、決めたわ」
「「何を?」」
「大きな太陽さんに負けじと頑張るあなたたちへちょっとしたご褒美よ」
頷く私を見上げる小さな二振は声を揃えて尋ねてくる。同じ背丈だけど、自身の刀の種類は異なる子たちの息はぴったりで。にんまりと笑って仁王立ちする私を前に二振は首を傾げたのだった。
***
主からのご褒美はもいだばかりのトマトを沢で冷やして食べようとの提案だった。水分補給も兼ねつつ、炎天下に居たことですっかり火照った体を冷やす意味もある。おまけに『沢で遊んで良いです券』まで進呈されたために愛染と蛍丸は大はしゃぎだった。審神者は細い人差し指を形良い唇に当てて意地悪く目を細めながら笑う。他の短刀たちに聞かれてしまえば大移動になってしまうことは想像に難くない。今日は私たちだけで行きましょうねと囁かれてしまえば二振は慌てて相手の口元を手で覆い、こくこくと頷いた。そうして主から出された次の指令は二班に分かれて任務を遂行すること。割り振りはまず蛍丸が収穫した野菜たちを厨へ届け、厨房班へ主と遊んでいる旨を報告。次に愛染と審神者班で一度寝ると梃子でも動かない『来派』のもう一振を回収することだった。一人と二振は各々の役割を確認し、目配せし合う。そして、主は深く頷いた。
「それでは、約束の地にて!ご武運を!」
「「御意!」」
今の蛍丸なら長谷部にも負けない機動の数値を上げていそうだと小さな背中を見る審神者は笑う。
「それじゃあ、オレたちも行くか!」
「あら、場所は分かっているのね」
「おうよ!」
蛍丸が駆けて行った方向とは別の方へ先陣を切っていく愛染の後ろを追い掛ける審神者の足取りは軽快だ。照りつける太陽は未だ頑張りをやめないようで、あちーなーと流れる汗をタオルで拭う愛染。蛍丸ものんびりとした声を出すわりにかなりの汗をかいていた。今日は沢で遊ばせることで一時的に凌ぐことにしたものの、こう炎天下が続くようでは何かしらの水分補給方法を考える必要がある。刀剣たちの感受性を高めるため片手間で本丸の開拓作業を手伝ってもらっているに過ぎず、彼等の本業は決して農作業でも馬の飼育でもない。時間遡行軍との戦いを手助けしてもらうことが、時の政府が求めている刀剣男士の役割だ。より洗練された刀剣男士へと成長するために寝食を行ってもらっているに過ぎないわけで。そんな彼等を望ましくない形で疲弊させるわけにはいかなかった。とはいえ、審神者は愛染の小さな背中を追いながらそっと空を見上げる。審神者が抱くのは、きっと祈りだった。刀剣男士たちは、皆が栄華の世を思うがままに伸び伸びと存在していたわけではない。その目で見てきた醜さや悲しみ、苦しみを内に秘めて人型になった今だからこそ思うこともきっとあるだろう。どうか、どうか。彼等がこの本丸で過ごす時間の中でほんの少しでも内に抱える傷や迷い、悔いを和らげてくれたなら。決して言葉には出さないが、審神者はそんなことを考えながら顕現した一振一振を見守っていきたいと思っている。此処は己の想いと力で成り立つ空間だ。せめて、この本丸内だけでも良いから彼等に安息を感じていて欲しい。それがただの我が儘であり、エゴだということも分かっている。分かっていても、なお。常に考えるのは自分の元に来てくれた刀の神様たちのこと。どの子にも個性があり、感情があり、表情がある。その全てを大事にしたいと考えている審神者は自然と上がっていく口角をそのままに追い掛けていた愛染が立ち止まったことに倣う。目先に広がるのは一面の向日葵畑だった。小さな背中が振り返り、口角を上げながらしゃがむように促す。首を傾げながら従うと笑顔を振りまく向日葵たちの根元が近くに見えた。そして、愛染が指差した先に彼は横たわっている。
「あらあら、こんなところで」
渡り廊下で伸びきっているところはよく目にしていたが、日増しに気温が高くなっていく最近はそれを見ることも少ないと思っていた。剥き出しの土の上。向日葵を器用に避けて眠る姿に笑う。
「最近は此処がお気に入りみてーだぜ」
「ふふ、そうだったのね」
満開の向日葵たちが降り注ぐ太陽の日差しと熱を遮っているのか、しゃがんで手に触れる土は心なしかひんやりとしている。背が高い向日葵のお陰で、喧騒は程遠く静かな空間が広がっていた。
「気持ち良さそうに寝てるのねえ」
「ほんとだなあ」
眼鏡を掛けたまま寝ている姿に感心するべきだろうか。組んだ細長い腕を枕に、すやすやと穏やかな寝顔を晒す明石国行を見下ろした審神者と愛染は声を押し殺しながら笑ってしまった。
「起こしちゃうのがもったいないくらいねえ」
「オレも眠くなっちまうぜ」
「そうねえ、私もよ」
そうしてまた、声を押し殺して笑う。どちらからともなく明石の傍に腰を落ち着けて時折流れていく風に目を閉じる。風を感じていると、遠くから声が聞こえた。あれ、と目を開ければ互いに顔を見合わせる。慌てて立ち上がると、再び視界いっぱいに広がった満開の黄色に目を細めた。
「おーい」
向日葵の間からぴょこりと見え隠れした白。名を呼んで手を振ると走ってこちらへ近づいてくる。
「やっぱり、此処にいた」
「ごめんな蛍丸」
「ごめんなさいね」
蛍丸、推参!とお馴染みのポーズを決めて止まった彼はふるふると首を横に振る。大丈夫、まだ居るかと思って立ち寄ってみた。俺ってば冴えてるねーなんてゆるりと笑って見せる。
「国行まだ夢の中かー」
「悪い、思ったよりも此処で涼んじまってよ」
首を傾げた蛍丸は不意にしゃがみ込み、立っていた審神者と愛染の視界から突然消えてしまう。
「おー確かにね。これは快適だ」
そうよねえ、と相槌を打つ審神者もまた愛染と共に向日葵の中に姿を隠した。向日葵の足元がこんな避暑地になっていることをこの本丸の中で誰が知っているのだろう。しかも、所狭しと笑顔を見せた大輪とは違って頭部を支える茎は適度な間隔を保っている。植えた場所が良かったのか、時折やんわりとした風が撫でていく。寝るにはこれ以上ないくらい快適な環境といえるだろう。
「国行は天才だなあ」
「なー国行が寝てる場所って本当に快適なんだよ」
蛍丸がすやすやと寝ている明石の頭を小さな手でぽふぽふと撫でる。それを見て笑うのは愛染だ。これでは一体誰が誰の保護者なのかと思ってしまう審神者もまた笑う。今日も我が本丸は愛おしい。そう口に出さずとも、自然と主の顔を微笑みが彩っていた。まだまだ陽は高い。沢へ足を向けるのはもう少し明石を見守ってからにしようかと話し、一人と二振は穏やかに笑うのだった。