八、芒に月
| 太郎太刀、次郎太刀
夜の帳が深く垂れ込めた本丸には、静かな空気が漂っていた。輝くばかりの熱視線で地上に存在するもの全てを射殺さんとするかのような太陽が見えなくなった天には、青白く微笑むまん丸の月が浮かんでいる。昼間に見上げるのとは全然違うその表情は不思議だとも思ってしまう。雲一つない黒の背景にくっきりと浮かんだ月は、太陽とは正反対の存在でありながら同じように地上に存在するもの全てへと笑い掛けていた。どちらも等しく笑みを浮かべているのに、こうも雰囲気が違うのだから昼も夜も空を見上げることがやめられない。太陽も月も息を呑むほどに美しいと思ってしまうのはきっと自分だけではないだろうと思う。綺麗だと言ってしまうのはあまりにも簡単で、どうしようもないほどに陳腐だ。もう少し何か気の利いた言葉で表現したいとも思うのに、結局は綺麗だという言葉でしか表すことが出来ない。それがもどかしくもあり、飾らない言葉だからこそより真実味を増すような気もしてくるから。意識をしないまま開いた口からは綺麗ねえ、という率直な感想が溢れ落ちていったのだった。私の声を聞いたのか名前を呼ばれる。
「あ〜る〜じぃ〜」
大きな手にがしりと掴まれた肩。引き寄せられるがままに視線をそちらの方へ向けると、赤い顔をふにゃふにゃと破顔させにこにこ笑う姿は可愛いと思ってしまう。普段なら見上げるほどに背が高いはずの次郎太刀は、深酒をすると決まって兄か私に引っつきひたすらに絡んでくるのだ。
「これ、次郎太刀」
「なぁ〜によ兄貴〜」
「あまり主にごろごろと擦り寄るのはやめなさい」
弟と同じだけの、否。それよりも多くのお酒を文字通り浴びるほど飲んでいるはずなのに、太郎太刀は普段の様子と微塵も変わらず背筋を伸ばし凛とした佇まいのまま澄まし顔を弟へ向けた。
「はは〜ん、兄貴ってばアタシが羨ましいんでしょ〜?」
まるで猫のようにごろごろと寝転ぶ次郎は、流れるような自然な動作で私の膝へと頭を預けてくる。小さな子たちとは明らかに違う確かな重みですら愛おしさが溢れて、頭にそっと手を乗せた。
「主が困っているだろう」
「ふぅ〜ん?」
引っ掛かり一つない艶やかな長い髪を撫でながら、膝に頬を擦り寄せてくる姿に笑ってしまう。
「あはは、私は大丈夫よ」
「しかし…」
「ふふふ、今から太郎が増えたって困らないわよ?」
伸びてきた大きな手の平に触れると、探し物を見つけたかのように握られる。そのまま指を絡めるように繋がれたら、高い体温を分け合うようにぎゅうと力が込もっていて。次郎はいつの間にか夢現つの表情を浮かべている。あどけない表情を見下ろしていると不意に視線を感じて。隣へと視線を移せば当然ながらその先にあるのは涼やかな双眸。笑う私を見る太郎は息を吐くのだ。
「まったく、貴方には困ったものだ」
呆れたような声色を出しながらそっと抱き寄せられ、肩口に頭をくっつける。まるで蜜月のようだと囁く声に目線を上げると、太郎は弟が残した酒を少しばかり含み月光に目を細めたのだった。