ぱちり、と瞬いた。
その瞬間、初めて呼吸をしたかのように息を吐き出して、吸う。
じわりと酸素が体中を巡っていくような感覚を認識すると背中がぞわぞわと粟立っていくのが分かった。
荒く呼吸を繰り返していれば、次第に頭が回ってくる。
この体は、紛れもなく『私』だ。
それは分かるけど、ついと下ろした視界に入るのは身に纏う和装。
見覚えのあるそれは所謂正装というやつ。
場合によっては神降ろしを担う九十九神らしく千早を纏うこともあるけど、これは審神者になってから纏うようになった正装だ。
ならば、私は審神者なのか。
その自問に一瞬息を吐くものの、首筋から胸に掛けて流れている白銀の色に思わず目を見張る。私の髪は漆黒だったはずだ。
ところが、この体は銀に近い白の髪をしている。
正座した状態だから今すぐに全身を確かめることは叶わないけど、腰を下ろした傍に流れるのはやはり白銀色の髪だった。
多分、長さは変わっていない。
自分の体を視界に収めた後、次に認識したのはつきりと刺すように痛む頭。
もう一度深く息を吐きだせばようやくこの空間に溢れている異質さに気がついた。
チャンネルが合ったとでもいえば良いだろうか。
元々、体に宿っているはずの気配を読む力が重い腰をようやく上げてじわじわと仕事をし始めたようだった。
徐に顔を上げると、座卓を間にして横一列に並ぶ三人の男が居た。
そのうちの一人と視線が絡んだと思えばバチバチと体中を駆け巡っていく衝動。
思わず何度か瞬きを繰り返すと相手も同様の反応をしていて。
それでも、絡み合った視線が外れることはないまま。
離せないというか、なんというか。
それから、自身の中で高ぶる熱に目を見開く。
思わずそちらの方へ伸ばしそうになった手を慌てて押さえつけた。
訳が分からない。これは一体なんだと言うのか。
目が離せないあの男は誰だ。
というか、あの男だけではない。
男を間に挟むようにして座っている二人の男もまた見覚えはなくて。
頭を抱えそうになった瞬間、傍から声が。
「……主、どうした?」
「大将?何かあったのか?」
小声だけれど確かに聞こえた二つの声に視線を遣る。
そこには煌めく黄金と艶やかな漆黒の髪色。
「……山姥切、……薬研……」
乾いた喉が引きつったまま振動する。
隣には山姥切とその奥に居る薬研が心配そうにこちらを見ていて。
私の横に並ぶのは彼らだった。
それを認識した瞬間、柄にもなくじわりと瞳を潤ませる。
そんな私の姿を見て、いよいよ何かあったのかと息を呑んだ二振は間違いなく私の刀剣男士だと理解する。
頭の中でこの状況を理解することは不可能だった。
分からない。相対する三人のスーツを纏う男は間違いなく人間だ。
そして此処は私の本丸である。
私は審神者で、隣だけでなく此処には他の刀剣男士たちが居る気配もする。
混乱するばかりの頭はズキズキと痛むし、先ほど目が合った男から向けられる視線は妙に熱を帯び叫びそうになる体を押さえなければならなかった。
「ご無沙汰しております、今代審神者・鈴彦殿」
目の前に座る隻眼の大男は、重い声で空気を震わせる。
こちらの現状には一切気づいていない様子を見受ける限り、自分で思っているよりも表面上は取り乱していないのかもしれない。
そう思うと、幾分か波立つ心を落ち着かせることが出来た。
ただ、いくら感情を宥めようとも審神者の私に会いに来たであろう三人の男たちへ何かそれらしい話が出来るとも到底思えない。
一体どうしたものかと相対する大男の顔を見上げた瞬間、襖の向こうからゆっくりと近づく気配を察した。
「お話中のところ失礼するぜ」
パン、と小気味良い音が室内に響く。
振り返った先で襖を勢い良く開け放ったのは白銀の男。
何よりも先に私へと視線を寄越した鶴丸は、まるで宥めるかのように柔らかな笑みを浮かべていて。
「御足労いただいて大変申し訳ないが、妹は体調が優れなくてね」
あまりにも自然と口にされたその呼称に首を傾げたが、助かったと安堵する気持ちの方が大きい。
「これは、配慮も出来ず申し訳ありません」
その声に体の向きを元に戻すと隻眼の男が座卓につきそうな程に頭を下げていて慌ててしまった。
「とんでもございません、こちらこそご迷惑を」
「いえいえ、こちらは構いません。無理はよろしくないでしょう」
今日の所はお暇し、また日を改めて伺います。
そう言ってゆっくりと持ち上がった顔には心の底から心配するような表情が浮かんでいて。
事情が事情とはいえしおらしく頭を下げることにした。
「次は妹の方から伺わせよう。きみたちの仕事場を見せてもらいながらな」
「ええ、ぜひお願いいたします」
鶴丸の言葉に頷き、にこりと笑みを浮かべる。
その瞬間に大男の隣で息を呑む気配を感じたものの、決して視線は合わせずに隻眼の瞳だけを見つめ続けた。
なんとなくそうしなければと思って。
「ありがとうございます。では、日程はまた改めて」
「はい、ご迷惑をお掛けいたします」
「いいえ、どうかご自愛ください」
「ご丁寧にありがとうございます」
案内するぜと立ち上がるのは薬研。
隣の山姥切は私の背に手を添えながら立ち上がらせてくれた。
「ありがとう、山姥切」
「いや、無理をするな」
次いで隻眼の男が立ち上がり、倣うようにしてその隣に座っていた二人の男も腰を上げて。
こちらへと向けられる気遣わしげな視線をいよいよ無視することは出来なくなり、仕方なしに微笑む。
薬研を先頭にして大男が続き、その後ろをついて歩く二人の様子を眺めていれば声が掛けられた。
「あの、」
高くも低くもない声。
さらりと揺れる金の髪と、透き通るような碧の瞳を堪らなく美しいと思う。
その特徴だけを見れば私の体を支えてくれている山姥切と同じだけど、その男は見上げるほど背が高く浅黒い肌は健康的な印象を受けた。
ジャケットの下から覗く白いシャツが眩しく見える。
「大丈夫ですか?」
「ええ、お気遣い感謝いたします。御足労いただきましたのに申し訳ありません」
「我々のことはお気になさらないでください」
「今回ばかりはお言葉に甘えさせていただきますね」
ゆるりと甘やかに和らぐ目元を見せたかと思えば、徐に持ち上げられた手がこちらへ伸びてきて。
「おい」
「……申し訳、ありません」
無骨な手を掴んだのは山姥切。
私を庇うように一歩前へ出て背の高い男を真っ直ぐ見上げていた。
「大丈夫よ、山姥切」
ありがとう可愛い子。
極めたことで服装が変わり、白い布を纏わなくなった背中に指先を添えながら笑うと振り返った表情を見た。
綺麗な瞳に浮かぶ滲んだ心配の色に、ゆるりと目を細める。
もう一度大丈夫よ、と穏やかな声を出せば薄い唇が一文字に引き結ばれるから。
ほんの少しだけ苦笑しつつ宥めるように背中を摩ると、掴んでいた男の手からゆっくりと力を抜いてくれた。
「ごめんなさいね、そんなに強く握ってはいないと思うけれど……」
「はい、大丈夫です。こちらこそ不躾なことをいたしました」
「いいえ、気にしていませんよ」
眉を下げる姿はまるで叱られた子供みたいだと思ってしまった。
見た目はとびっきりの甘い童顔だとはいえ、きっと壮年の男性だろうに。
思わず高い位置にある頭を撫でたくなるのは私が人間から見たら気の遠くなるような時間を存在し続けているからだろうか。
そんなことを思いながら男を見ていると、胸の奥が堪らないほどくすぐったくなる。
そして、山姥切が遮ってくれなかったら私はきっと彼の手を握り返していただろう。
だから正直言えば、心の底からほっとしていた。
「フルヤさん」
後ろに立つ眼鏡の男が声を掛けると、フルヤと呼ばれた男がはっとする。
先ほどまで居た部屋から出て廊下の途中で立ち止まっていた私たちを近くの柱から伺うように覗く清光と乱の姿を見つけてしまえば自然と笑ってしまった。
すぐ傍に立つフルヤさんからは、息を呑む気配を感じる。
「また、直ぐにお会い出来ますから」
随分と落ち着いた心のままにゆるりと視線を絡めると、切なげに細められた瞳の奥に熱が見えて。
「はい、必ず」
まるで逢瀬の約束でもしているかのような声色を聞いてしまうと、意識などせずとも体が震えた。
衝動にかられて決して伸ばしてはいけないと、笑いながら己の指と指を絡め合って押さえつける。
「大将?どうした?」
少し先の方で不思議そうにこちらを振り返った薬研になんでもないわと首を振る。
フルヤさんと視線を合わせる時間が妙に長く感じたけれど、杞憂だったかもしれないと安堵しては息を吐いた。
「本日は誠に申し訳ない。直ぐに日を改めてこちらから伺う」
「申し訳ありませんでした」
玄関先へ立つ鶴丸の隣に並び深く頭を下げると、お気になさらずと存外柔らかな声が掛けられる。
「こちらはいつでも都合をつけますので、どうかご自愛ください」
「お気遣い感謝いたしますわ」
隻眼の男が恭しく一礼し、やがてこちらへ背を向けて。
隣に並んだ二人の男も頭を下げていた。
「ゆっくり休んでください」
「はい、ありがとうございます」
フルヤさんはその双眸に心配そうな色を滲ませ、形良い眉を下げている。
その様子を見て安心してもらえるように大丈夫と言って笑った。
柔らかく目元を細めた彼は、今度こそこちらへ背を向けて。
眼鏡の男も失礼します、と頭を下げて敷居を跨いでいく。
見送ってくると外まで出た薬研の背を見ながら大きく息を吐いてしまう。
強引ではあったけれど鶴丸に感謝しなければならない。
「さてと。薬研が戻ってきたら話そうじゃないか、主」
見上げた鶴丸は意地悪く口角を上げるばかり。
背中を支えてくれる山姥切の手だけが優しかった。
「あんた、具合が悪かったのか?」
客人たちを見送った薬研も一緒に再び和室へ戻ってきた。
背中を押されるままに進んだ私は上座。
隣に腰を下ろす山姥切が、眉を寄せた顔をずいっと近づけて聞いてくるから。
何て答えようと視線を彷徨わせる私はううん、と意味を成していない妙な唸り声を出してしまった。
座卓を挟んで向かい合うのは鶴丸と薬研。
そんな山姥切と私の様子を見ながら、鶴丸が声を上げて笑い始める。
「そうだなあ、彼女の気配をよく探ってみろ」
その言葉の意味が分からなかったのか、山姥切も薬研も首を傾げながら私の顔をじっと見つめて。
「……?」
「なんだ?大将には違いないが……何か……」
この本丸の古株である二振が眉を寄せる様子がおかしかったようで鶴丸は一層声を上げて笑った。
「なあ、きみ。一体何処からやって来たんだ?」
今度は私へと向けられた問い。
やはり、と自分で自然と行き着いた答えが正しいのだと理解した。
「此処は、私が知っている所とは違うのね」
審神者業をしているものならば、必要に応じて時空を飛び越えることなど日常の中の出来事に過ぎない。
数え切れないほどに存在している無数の時間軸には数多の可能性が秘められているもので。
その事実を知っているからこそ、今自分の身に起こっていることは不思議でもなんでもないと思うことは出来る。
とはいえ納得が出来るかと言われたら、それはまた別な話なのだろうけど。
「これはとんだ驚きだな」
そう口では言いながら、鶴丸はいつだって全く驚いてるようには見えないから肩を竦めてしまう。
「まあ、俺たちは紛れもなくきみが呼んだ刀剣男士だ」
何処に行ったとしてもその本質そのものは変わらんだろう。
そう言って穏やかに目を細める鶴丸に肯首する。
色々急いだ所でまだ混乱するだろうから、難しい話は追々することにしよう。
一見すると身軽そうな風貌をしているとはいえ、どっしりと構える彼からの提案はありがたいと思う。
「ねえ、一つだけ聞いても良いかしら」
瞳をゆるりと細める鶴丸の話を噛み砕きながらも、心の内ではこの本丸に存在している気配を一つ一つ丁寧に探っていた。
それを何度繰り返そうと一つだけ足りない気配が気に掛かってしまう。
「一期一振は何処かに行っているの?」
顕現したその時から片時も傍を離れなかった私の刀。
他の本丸で聞くのとは違い、寡黙で口を開けば端的な言葉ばかりを紡ぐ彼とは確かに寄り添い合った。
手を繋ぎ視線を絡ませ、甘やかに笑う表情を愛おしく思ったあの男。
今の自分は体が変わってしまったけれど、文字通りに身も心も捧げた唯一の九十九神の存在が傍にないことは寂しさが募る。
口を噤んでしまった鶴丸を不思議に思うと、ついと向けた視線の先では山姥切も薬研も同じように眉を下げていることに気づく。
「きみが居た世界では、一期一振も刀剣男士なんだな」
どこか切なげに話す鶴丸の言葉を理解する間もなく呼吸が止まった。
体から急激に力が抜け、くらりと揺らぐ私の背を支えてくれるのは山姥切。
お礼を言うことすらままならず両手で顔を覆う。
ゆっくりと背を撫でてくれる暖かな手が、しな垂れかかる肩が。違うことを認識して体が震えた。
「主、」
「……大将……」
じわじわと滲んでいくばかりの視界を閉ざして、唇を強く噛み締める。
泣いたところで仕方がない。どうにかしようと思ったところでどうにかなるものでもなくて。
此処は、そういう世界なのだろう。これは数ある時間軸のうち、一つの可能性を秘めた場所。数多に生まれる可能性の中の一つ。
こういう世界もあるのだ、と閉じた視界の中で懸命に心を落ち着かせることだけを考えた。
「……ごめんなさい。ありがとう、可愛い子」
ふう、と深く息を吐き出すともう既に心は凪いでいる。
ゆっくりと瞼を持ち上げ顔には笑みを浮かべることすら出来ていた。
山姥切の頭を丁寧に撫でれば嬉しそうにしつつも眉は下がっていて。
「もう大丈夫。きっと、違うところはこれだけじゃないようだし」
そうでしょう? と首を傾げると、やれやれといった表情で肩を竦めた鶴丸がやんわりと微笑んだ。
「俺の妹は芯が強くて愛おしいな」
「……その妹って、どういうことなの?」
気がついた時からやっているけれど、何度気配を探っても見える本質は元居た場所と変わらない。
彼も私も九十九神だけど役割は刀剣男士と審神者だ。
鶴丸は目元を和らげて、座卓に頬杖をつく。
「今生での俺ときみは、まるで兄と妹のようだからな」
顕現した時の何が驚いたかって、俺と主の見た目がそっくりだったことだな!と笑う姿に呆れた。
「あなたって案外単純なのね?」
「なあに、男なんてどいつも単純だろう」
にやりと意地悪く笑う鶴丸に、はははと快活に笑うのは薬研。
その様子をじとりと見遣る山姥切。
ああ、いつも通りだと思った。
そのことに酷く安心して、ようやく肩の力が抜けたように感じる。
「主〜」
「あるじさ〜ん」
この場に居る全員がそろりそろりと近づいてくる気配には気づいていた。
閉めた襖の向こう側から聞こえたまだー?と言う声に微笑む。
部屋から笑い声が聞こえて、痺れを切らしたのだろう。
「ごめんなさいね。清光、乱」
すすす、と音も無く動いた襖の隙間から覗いた片目。
うずうずとしながらも、出来るだけ邪魔はしないようにとするいじらしい二振にどうしようもない愛おしさが込み上げるのは自然なことで。
「お話終わった……?」
「ええ、もう大丈夫よ」
そうして頷けばにんまりと笑って互いを見合い、小気味良い音を立てて勢いよく襖が開けられた。
「主ー!」
「あるじさーん!」
切り込み隊長よろしく飛び掛かって来た二振を慌てて山姥切と薬研が抑えようとするけれど、大丈夫よと言いながら両手を広げて見せる。
器用な動きで飛びついて来た体を思い切り抱き締めた。
「ふふふ、どうしたの?」
ぎゅうぎゅうと抱き締めてくる力と感じる暖かさをどうしようもなく愛おしいと思ってしまう。
「ふっふっふ」
「んーふふふ」
やたらと不穏な笑い声を出す二振を見下ろせば、花が咲くように笑う可愛い顔で見上げてきた。
「主はさあ、あの人のことどう思った?」
「……あの人?」
「そうだよそうだよ〜、あのイケメンの人!」
どちらも浮かべるのはにまにまと笑う同じ表情。
あの人? と、ぴんとこない表現に首を傾げた。
「もう〜惚けないでよ主〜」
「フルヤさんだよ、フルヤさん!」
その名前を聞いてしまえばどきりと胸の奥が掴まれたような感覚がして、どうも表情が強張る。
「俺たちを誤魔化そうと思っても無駄だからね!」
「フルヤさんとあるじさん、とおーってもお似合いだと思うんだけどな!」
「ええ……何言ってるのよ、あなたたち」
甘やかに細められた碧の瞳が、不意に脳裏を過っていったことには悟られないように眉を下げた。
「確かに、あの男ときみは面白い縁で結ばれているようだったな」
座卓に頬杖をついたまま微笑む鶴丸の声を聞いて、当然清光と乱は面白いぐらいに食いつくから。
「鶴丸もそう思うでしょ⁉」
「やっぱり〜というか、あるじさんもビビッときたんじゃない?」
ねえねえ、と両側から寄せられる顔はいつにも増してキラキラと輝きとても可愛いとは思うのに。
「……あ、あの人は人間だったでしょう……」
困った。
何があろうとも私は九十九神だし、彼は人間だ。
確かに言われることに覚えがあるとはいえ、何処の誰が結んだかも分からない縁をそう簡単に認めてしまうわけにはいかないでしょう。
「ええー!そんなこと気にしないでよ〜恋に障害はつきものだよ?」
「そうそう!しかもあるじさん、ビビッときたことは否定しないんだ?」
一瞬声を詰まらせただけなのに、にんまりと笑う二振にとっては十分な程の燃料となったらしい。
「いや〜俺たちはぜーったい主を応援するからね!」
「そうだよ〜あるじさんのこと、より一層可愛くしなくちゃ!」
私の話なんてなかったかのようにうんうんと頷き合い、気合いに満ちた顔でぎゅうぎゅう抱き着いてくる加州と乱。
その元気な声が聞こえたのか、恐る恐るといった様子でこちらを覗きに来た短刀たちの姿を見た薬研は苦笑を浮かべている。
隣で黙ったままの山姥切は拳を固く握りながら透き通る蒼の瞳に闘志のような炎を揺らめかせているし、廊下の方からは長谷部くんこんな所でアップしないで! なんていう光忠の叫びが聞こえてきた。
これもまたいつも通りだとは思うのに。
「我らがお姫様の運命の男は、随分と可愛らしい顔立ちだったなあ」
変わらずに頬杖をついたままだらしなく背を丸めている鶴丸は、柔らかく目を細め穏やかに笑う。
「……運命、って……」
そんな甘美な響きを持つ言葉にときめきを感じて良いような存在では決してないのに。困った。
抱き着いたまま楽しげに話す加州と乱も、難しい顔をして眉を寄せる山姥切を見ながら呆れたように笑う薬研も。
部屋の様子を見に来る他の子たちから漂うほんの小さな高揚感も、口を引き結ぶ私と視線を絡めたまま優しく笑う鶴丸の表情も。
運命なんてそんなの、あって良いはずがない。
あの人は正しく人間で、私は最初に目覚めた時から変わらない九十九神だから。
それでも、底の見えない碧の美しさと、甘やかな熱が籠るあの瞳を忘れることが私には出来そうになかったのだ。