魔女の条件

「いらないなら、君の命を僕に頂戴?」

悪魔の囁きだ。
哀しそうに、優しく嗤う悪魔の。
私はその悪魔に呪いをかけられた。
愛を知ったら、薔薇は散って、私は死んでしまう。
寂しがりな君をひとりぼっちにする呪い。
悪魔は言った。

ーどうか僕を哀しませて。

思えば私は可愛くない子供だった。
物心ついた頃には大人よりもパソコンを上手く使えたし、友達と遊ぶより本を読んだりキーを叩いてる時間の方が随分と長かった。
そんな子供だから、両親はいつも私の扱いに困っている様子だった。
それでも愛情は注いでくれていたと思う。
色々な本を買い与えてくれたし、どうにか普通の子供として接しようとしてくれた。
だから私もどうにか普通の子供として彼等と家族に見えるように装った。
透明な手に喉元を押さえ付けられているような薄い息苦しさは酸素と同じくらい自然に私の体に馴染んでいた。
嘘でも真実(ほんとう)でもない世界。

「ー杜舞白。君を逮捕する」

とん、と肩に乗せられた手はそれまでの息苦しさに比べれば随分と軽い。
両親の哀しむ顔なんて見たかった訳じゃあ無い。
ただ、彼等の世界を割れたガラスが陽光を乱反射するみたいに歪にしてるのは私だって事もわかっていた。
普通の夫婦。
普通の家。
普通なご近所。
そこに必要無いのは、私。
私が居なくなれば、乱反射は消える。
綺麗な世界に、なる。

まだ私がそれなりに子供らしかった頃、クリスマスツリーの飾り付けをしている時に、お母さんが言った。

触れたら溶けてしまう雪の1つ1つにも名前があって、存在する意味がある。
人も同じ。
どんな人にも存在する意味があるの。

私が存在する意味は、あったのだろうか。
私も、春になれば溶けて消える雪になりたかった。

「…君は、死にたいのかい?」

夏にしては冷たい雨の夜だった。
面会だと言って部屋に通されたのは若い男の人だった。
ひょろっと背が高くて、真面目そうで。
FBI捜査官だと名乗っていたけど、そんな感じじゃ無い。
図書室で本に埋もれてるのが似合う。
そんな人だ。

「私は…雪に、なって…溶けて、消えたい…」

微睡みの中で、ぼんやりと答える。
綺麗だけど、哀しい死に方だね、と彼は言った。
綺麗かな。
綺麗だよ。

「どうして消えたいの?」
「…お父さんと、お母さんを…私から、自由にしたい…」

君は優しいね。

伸びた指先が無造作に目にかかる前髪を除ける。

私は、優しくなんか、無いよ。
優しく無いから、ちゃんと家族になれなかった。
それは君が2人を愛していたからだよ。
言ってる意味が、わからない。
いつかわかるよ。

「ーいらないなら、君の命を僕に頂戴?」

寝物語を聞かせるように優しい声で。
それはぼんやりと微睡みを漂う意識を呼び戻すには充分だった。
何日も飲まず食わずの身体は顔を動かすのも重怠い。

「…は…?」
「君がいらないなら、その命は僕に使わせて」
「私を、殺すの…?」
「違うよ」
君の力を、良い事の為に使わせて欲しい。

呪いだと思った。

「…いいよ…」

それでもいいと思った。

ー君に、殺されてあげる。



君に雪の名前をあげよう。
君が誰かにとって意味のある存在だと君自身がいつか気付けるように。
君が春になっても消えてしまわないように。

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