初恋

…似てないな。


揺れるミルクティーブラウンをぼんやりと眺めながらふとそう思って、何故か笑えた。
何で今そんな事を思い出したんだろう。
ああ。もしかして走馬灯ってやつなのかな。
あの人は気の利いた台詞の1つもさらりと言えなくて、いかにも文系って感じで、笑った時に出来る皺が堪らなく愛おしくて、それからー。

「ー死なないで下さいよ…っ!」

淡い回想をぶち壊す一言にうとうとしてた意識が少しだけ浮上する。
良い気分だったのに。

「貴女は絶対死なせない…!」
「はは…それ、死亡フラグ…」

茶化して言えばふざけるなと喝が飛ぶ。
随分と仮面が剥がれてるようだけど、これが本当の顔なのだろうか。
益々似てない。
そう声にする力も無くて、口元に弧を描いた。
物凄く身体も瞼も重くて、眠い。
視界がぼんやりと霞む。
君はどんな人なんだろう。
きっと、私に本当の彼を見せる事はこの先も無かったろうけれど。
それだけが、少し残念だ。

胡散臭い笑みの剥がれ落ちた君は、人間臭くて少し安心する。なんて。
口説き文句にしては最高にセンスが無いな。
そう勝手に自嘲して、ことり、と重力に従って背中に頭を預ける。
これが最期だとしたら、それも悪くない。

ヒールぶってるけど、今の君はどう見たってヒーローだ。


私の大嫌いな。


『初めまして。僕はマシュー・リード』

17の時、とうとうハッキングで捕まった私に、FBIから出された刑務所行きとの交換条件はFBIの為にホワイトハッカーになる事。
正義感なんかじゃない。
単純に刑務所行きよりはマシかと思ったから。
私に付けられた監視が、マシューだ。
ヒョロっと背の高い見るからにひ弱そうな人。
こんな人でもFBIになれるのか。

GPSと定期的な面談以外は大学に行くことも含めて普通の生活を許された。
そうして半強制的に、彼は私の生活に組み込まれた。
正義感が強くて、頭が良くて、人が好きで、優しくて。
私の嫌いな人種。
それが数年して何故だか恋人という関係に収まったのだから人生は分からない。

雷に撃たれたような衝撃は無かった。
気が付けば彼の側に他の女がいる事が堪らなく不愉快で、歳が離れすぎてると逃げ回る彼を追いかけ回していた。
逃げ回るくせに私が他の男といると物凄い形相で詰め寄って来たり。
私達は柄にもなくティーンエイジャーの真似事の様な恋をしていた。

そして、あの人は死んだ。

私が大学を卒業する年に。
突入した犯人宅で撃たれて。
酷い人だ。簡単に私を置いてくなんて。
人生で初めて涙腺が壊れた様に泣いた。泣き疲れて、涙が枯れた頃に後を追うくらいの可愛げがあったら良かったのに。

『お前にそんな可愛げは無いだろう?』

赤井さんはマシューに自分に何かあったら私を頼むと任されていたらしい。
人ん家のキッチンをがさごそ漁ってグラスを2個テーブルに置くと、とくとくとく、と茶色の液体を注ぐ。
何とかって酒は喉にくる酒だった。何てもん飲ませるんだ。
恨みがましく視線をやれば、後頭部に手を回され、頭を抱き抱えられるように赤井さんの胸に押し付けられる。
固いコートからは香水と、煙草の匂いがした。

『…今は泣け。泣き止むまで側にいてやる』
ーだから泣き止んだら、生きろ。あいつの為に。

やめて。
人が堪えてるのに、簡単にスイッチを入れないで。
ぐっとコートを握りしめて、ぼろぼろとダムが決壊したように泣く私を赤井さんは本当に泣き止むまでずっと抱きしめていた。



願わくば、どうか、貴方のいない世界に慣れる日が来ませんように。

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