しあわせを探す旅

杜舞白の全ては亡霊の為にある。

かつて俺が尊敬し、友と呼んだ男だ。
月明かりにエメラルドを煌めかせて、そう言った。
不思議な感覚だった。
あの雪が、安室さん以外の人の隣にいて、その人の為に生きていたという事実が。
そう零せば、滅多に声を上げて笑わないあの人は至極可笑しいとばかりにからからと笑った。

ボウヤにはそう見えるのか。

「東経139度45分8.405秒…」

NAZUのネットワークに不正アクセスが発覚し、はくちょうの落下ルートが意図的に狂わされてる。
カタカタとラップトップのキーを叩きながら雪が引き攣った声を漏らす。

「出たか!?」
「送った」

安室さんが車載ボックスからスマホを取り出して俺に向ける。
ぎりっと奥歯を噛み締める。
やっぱり。犯人の狙いは…。

ー警視庁。

4mを超えるカプセルが落下すれば警視庁だけでなくその周辺にも被害が及ぶ。

「雪!パスコードどうにかならねぇのかっ!」
「やってる!」

犯人は数十秒単位でパスコードを変更されるように細工をしているらしくNAZUの管制室も雪も解除に手こずってる様だ。
くそっ。時間がねぇっ。
こうなっては犯人にパスコードを聞き出すのが最善の策だろう。
だがどうやって口を割らせる…。
安室さんは少し考え込んで"協力者"になって欲しい、と言った。
何か考えがあるのか、と視線をやれば意味深に口端を吊り上げる。

「こんな凄いものを開発する博士に!」

安室さんの手にあるのは俺が風見刑事に仕掛けたシール型盗聴発信器だ。

「何をするの!?」
「死んだ人間を、蘇らせるのさ!」

死んだ人間=羽場二三一の事か。
だけど蘇らせるって一体どういう…。
「羽場二三一の自殺を偽造したのか」と相変わらず忙しなく手を動かしたまま雪が気に食わなさそうに言う。
そうか。
羽場二三一の異例の公安警察の取り調べと直後の自殺にはそういう裏があったんだ。
全く…この人は…。
恐怖にも似たこの感情の名前は何というのだろう。

安室さんの車が停まり、スケボーを脇に抱えた雪が飛び出す様に降りる。

「雪…!」
「博士んとこ!私が一緒にいても役に立たないでしょ!」

安室さんは頷くと車を発進させる。

「コナン君」

「?どうし…っな!?」

ぐっと腕を引かれ、思わず体を硬くする。
俺が声を上げるより早く、雪の唇が小さく動く。

「…お願い。零を、信じて」

驚いた。
雪が俺の前で安室さんを本名で呼んだ事とか、滅多に言わないお願いなんて言ってきた事だとか。
"杜舞白の全ては亡霊の為にある"。
何故か不意に赤井さんが言っていた事を思い出した。
あの時赤井さんは雪が、舞白さんが安室さん以外の人の横にいるなんて想像がつかないと言った俺にからからと笑った。
その意味は今も俺にはよくわからない。
雪の社交的な面も強かな面も、何事も卒なくこなすとこも、その全てを作り上げたのは"亡霊"なのだろう。
だけど心を生かしてるのは、棲まうのは、安室透だ。
疑いようもなく。
誰の目にも明らかに。

「…バーロー。たりめぇだろうが」

君は難しい事を当然の事みたいに言う。

雪は泣きそうに笑ってそう言った。

"ボウヤは優しい恋をしてるんだな"。
あの人はいつかの彼女と同じ事を言った。



君は知らないだろう。
失って、それでもまた痛みを繰り返す恋を。
傘の縁から零れ落ちる雫を掌で掬い上げる様に、優しく欠けた心臓を埋める様な恋を。
5/1 P.M.

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