ユダはかく語りき

君にただの人間でいて欲しい、なんて。
流れ星に願いをかけるのと同じだ。
君は、私じゃない人の為に生きている。

だから私はいつか、君を殺す人間になりたい。

ぼーっと博士の作ったドローンを目で追う。
衛星からの通信を使って高高度での飛行操縦を可能にしているそれはもはや遊びの範疇を優に超えている。
1つしか無いコントローラーは当然の如く子供達の取り合いだ。
高度、速度、カメラの3つにコントローラーを分けようかと溢す博士に苦笑する。

「博士っ!雪っ!」

ぐっと勢いよく掴まれた手首にぐらり、と身体がよろめく。
先に室内に戻っていた筈のコナン君の切羽詰まった顔に私も、隣に居た博士も首を傾げる。

「どうしたの?」
「、サミット会場が、爆破されたっ!」
「「…!?」」

咄嗟に浮かぶのは零の顔。
確か彼は今回サミット会場の警備に当たる予定だった筈。
浅く息を吸うと、コナン君に腕を引かれたまま、慌ただしくリビングへと向かう。

「落ち着くんじゃ。ただの事故かも知れん…」

私の事情を知る博士が肩に手を置き、心配そうに私を覗き込む。

「…うん」

ありがとう。
そう言った声は酷く頼りない。
博士に同調する様に、速報ニュースのキャスターも事故か事件かの詳細は発表されてないと続ける。
確かに、と考え込んだコナン君は顎に手をあてて俯く。
各国首脳が会場に集まるサミットの開催は4日後。
今日爆破テロを起こしたところで各国要人にも一般人にも被害はない。
実際、ニュースでも死傷者は点検作業をしていた警察官だけだという。

警察官…。

「…」
「ん?どした?」
「爆発現場の、監視カメラの映像…」
「何か映ってたのか?」
「一瞬だったから、見間違いかも知れないけれど…」

珍しく歯切れの悪い物言いをする哀ちゃんに、私も視線を向ける。
哀ちゃんの視線がコナン君から、私に向けられる。

「あの人…ポアロで働いてる…」

背筋が粟立つ。

「確か名前は、安室透だったかしら…」
「「っ…!」」

哀ちゃんの言葉に私とコナン君が同時に息を呑む。
誰も言葉を探せず、嫌な沈黙が落ちる。

「、雪!安室さんに…っ!」
「…無理だよ」

自分に言い聞かせる様に発した声は思いの外冷たくて、嫌でも自分が動揺してると思い知らされる。
心臓は五月蝿いのに、反比例するように頭が冷えていく。
頭の中でぐるぐると情報が回る。

「…有事には、私からは連絡は着かない」

ぐっと下唇の裏側を噛む。
こちらから連絡をしたところで、彼は出ない。

「…」

哀ちゃんの言う通りなら、どうにか生きてはいるようだ。
ただあの爆発なら無傷では済まなかっただろう。
ずるずると蛇のように身体中を不安が這いずり回る。

「…雪」

ラップトップを起動して、キーを叩く。
目的は警視庁のサーバーだ。
爆発が起きてからまだそんなに時間は経ってない。
この短時間で正確な情報が上がってるとは期待出来ないけれど。
何もしないよりはマシだと自分に言い聞かせる。

「大丈夫か、って?」
「いや…その…」

言葉を探すコナン君に、少しだけ目を細める。
窓から入り込む乾いた芝生の香りを深く吸い込む。

「…大丈夫じゃないけど、大丈夫だよ」

とりあえずは生きてるみたいだし、と続けた言葉はいっそ同情を誘えるんじゃ無いかと思うほど説得力の欠片も無かった。
名探偵には私のそんな虚勢はお見通しで、眉間に皺を寄せて黙り込むコナン君に苦笑する。
本当に、優しい子だ。
でもこれは半分嘘で、半分本当。

「君が思うほど、優しい人間じゃないんだよ」

私も、あの人も。

「私達はね、きっとお互いが死んでも、生きていける」

ううん。絶対に。
失う為に愛していると言えば幾分かは綺麗に聞こえるかもしれない。
だけど所詮言葉だけだ。
私にも彼にも、悲しみに暮れて後を追うなんて可愛げは無いのだから。
明確に言葉にされた事はないけれど、彼にとって1番は私じゃなくて、私の1番も彼じゃない。
それは呪いに似た幸福だ。

「…例え生きていけたって、悲しい事には変わらねーだろ」

普段は大人顔負けの推理や知識を披露するというのに。
時々彼は酷く子供らしい事を言う。
綺麗で甘くて、柔らかな。
だけど蜃気楼の様に現実とは少し歪んでる。
それを子供らしいと言うのだろう。
私が何処かに忘れてきた"子供らしさ"を持つ彼が好きだ。
愛おしさに似たものすら感じる。
この子はきっと愛する人を失ったら哀しみで死んでしまうだろう。
その弱さを愛しいと思う。
その弱さは優しく人を愛せる証だから。

「それは君が優しい恋をしているからだよ…」

生きている事が悲しいと叫ぶ私達は、哀しみすらも死に至る病にはならない。
そんな私達の間にあるのも恋の様な執着で、そこには優しさも、美しさなんてものも、無い。

私は君が、たまらなく羨ましい…。



愛されないなら、憎しみでもいい。
4.28 P.M.

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