ネバーランドロスト

微睡みに浮かぶ面影はどうしたって今よりもあどけなくて、そこには確かに幸福があったのだとまざまざと見せつけられる。
恋と呼ぶには余りに未熟だった。
熱に浮かされるような熱量は無いのに、後ろ姿が目に入るだけで柔らかな幸福感が溢れる。
横顔を目で追って、こちらを振り向きはしないかと期待した。
期待通りに振り返れば瞳の中で陽光が煌めく。
それだけで彼女が世界中の誰よりも幸せあればいいと思い至るくらい、俺はただただ単純で、ただただ子どもだった。


「大っ嫌い!」

せめて彼女に対してくらいは、子どものままでいられたら良かった。
拒絶の言葉に頭の奥が冷える。
もうきっとあの頃の木漏れ日の中にいる様な日々は訪れない。
始まりはよく覚えていない。
終わりはこんなにもはっきりしているのに。
ただわかるのは1つだけ。
これは優しい恋じゃなかった。
幸せと愛おしさが滲むような、そんな恋にはならない。なれない。
そう思った。
わざと傷付けた。
俺の仄暗い独占欲は傷付ける度に満たされて。
だから、自業自得だ。
幸せになれないなんて。
奪うだけ奪って、最後には憎しみしか残らないとしても。
弱い存在にして俺に守られないと息も出来ないくらい、弱くなればいいと思った。
俺に縋らないと立つこともままならないくらいになって欲しかった。
遠い所に行ってしまわないように。
そこには優しさなんて、1ミリも有りはしない。
全て俺の為の、子供染みた願いだ。

「俺の協力者になれ」

眉間にぐっと皺を寄せて、ダークブラウンの瞳がきっと俺を睨め付ける。
煌めく瞳だけがあの頃のまま。
NOとは言えない状況に追い込んだ。
NOと言えば彼女は死ぬ。
それをわかってるからこそ、憎々しげに俺を睨みつけながらもその口は喚き散らさない。

「…」
「…」

互いに口をへの字にして睨み合ったまま。
安室透の人好きのする笑顔さえ向けてやらない。
少しの同情も好意も抱かせないように。
ちゃんと俺を憎めるように。
彼女を協力者にしようと、此方側の人間として側に置こうと決心した時に誓った。
愛される事を諦めて仕舞えばこんなにも冷たくなれるのかと初めて知った。
痛みには、きっと慣れる。
今だけだ。
これまでだってそうだった。
浅く、息を吸う。
じわりと湿った空気が不快さを伴って中途半端に肺を満たす。
やがて徐に開いた彼女の口は思い通りの答えを出す。
暗い歓喜と、虚しさだけがそこにあった。

いつか、君が死ぬ間際でいい。
遠い世界で君の幸せを願うだけではいられなかった俺を、許して欲しい。
そんな願いを口にすれば傲慢だと罵られるだろう。
本当はどんなに時間が経とうと許される筈もない。

「…これからよろしく」
-協力者さん。

差し出した俺の手に、当然ながら彼女の手は重ならなかった。
君の手は今も昔と変わらず冷たいのだろうか。
また視界の端にいつかの柔らかな日差しがちらついた。

『美味しいものを食べて、のんびり昼寝して、今日も平和だーって言えたら』

幸せじゃないですか。

へらりと笑った君はもういない。
俺が、殺した。
これは代償だ。


大人になった僕は飛び方を忘れてしまった。

前へ次へ
戻る