蛍のいる川辺
暗闇の中で光を放つ沢山の蛍達は夜空に輝く星みたいだ。
僕もそうなれたら良いな。
誰かにとっての小さな星に。
「…熱い…」
頬が、というか、全身が。
それに身体がだるくて関節も痛い。
完全に風邪だ…。
もう放課後だし帰ろうかとも思ったけど、如何せん身体がだるくて帰るに帰れない…。
保健室でちょっと休んでから、帰ろ…。
ふらふらと覚束ない足取りで1階の保健室へと向かう。
この頭の痛さは結構高めと見た。
朝はこんなに酷くなかったのに。
やっぱ休めば良かったかな…。
「大丈夫?」
トントン、と肩を叩かれ振り返ると、ミヤビさんが心配そうな顔をしていた。
「え…」
「酷い顔色だ。具合悪い?」
「いや…ちょっと…」
言い淀んでると、前髪が除けられて、ミヤビさんの手が額に触れる。
冷たくて、気持ちいい。
「熱い…完全に風邪だね。
もしかして朝から具合悪かった?」
「ちょっと熱っぽいくらいだったから大丈夫かなって…思ったんですけど」
「そういう時は大人しく家で寝とくものだよ。
ナマエちゃんは真面目だね。
俺は風邪ひいてなくてもしょっちゅう休んでたのに」
それはどうかと思います、と声にする気力がなくて心の中でつっこむ。
この人が言うと本気か冗談かよくわからない。
とりあえず真実味がある方で本気と受け取っておこう。
私と肩を並べて歩くミヤビさんはどうやら保健室まで同伴してくれるらしい。
のろのろと歩く私に合わせてゆっくり歩いてくれている。
「ミヤビさんって、ホントは留年してるんじゃないんですか…?」
「それは秘密」
「秘密ばかり…」
この人の事について私が知ってる事は意外と少ない。
あれだけ色々話をしてるのに、私の事を聞きたがったり、自分の事を話しても上手くはぐらかしたり、結局彼の情報はそんなに多くない。
考えてみればそういう所もミヤビさんとなまえさんは似てる気がする。
なまえさんも肝心な部分ははぐらかしてちゃんとした答えをくれない。
なるほど。
あの2人は似た者同士なのか。
「秘密がある方が俺に興味を持ってもらえるからね」
「変な人…」
貴方も、なまえさんも。
出会って間もないのに、こんなに深く私の中に自然と入り込んでる。
彼等の側はまるで昔からの知り合いみたいに居心地がいい。
「心外だな。そこは魅力的だと言って欲しいな」
「自分で言っちゃダメです」
否定はできないけど。
確かに魅力的な人だ。
恋愛とかじゃなくて、何て言うか、人間として惹かれるものがある、みたいな。
こういうものをカリスマ性というのだろうか。
だとしたら変人もある意味間違ってはいないな。
「さ。お喋りはこれくらいにして、早く横になった方がいい。熱が上がるよ」
保健室には誰もいなかった。
どうやら先生は席を外しているらしい。
事後承諾としてとりあえずベッドを拝借するとしよう。
このまま帰ったら多分本当に途中で倒れる…。
もぞもぞと奥のベッドに潜り込む。
柔らかい布団と消毒液の匂いが無性に落ち着く。
「これから、美術室にですか…?」
「そのつもりだ。
あの場所にいると、不思議と描く気が湧くからね」
ぱちり、と目が合うとミヤビさんはにこりと笑って私の頭を軽く撫でた。
「大丈夫。帰る時にまだ眠ってるようだったら、起こしてあげるから」
「ありがとう、ございます…絵、出来たら、見せて下さいね」
「勿論。君にも見せてあげるよ。
もうすぐ完成だからね」
軽く頭を撫でられる感触が、少し気恥ずかしい気もするけれど、気持ちいい。
こんな時だ。
今は素直に優しさに甘えておこう。
「だから今はゆっくり眠って」
目を閉じて、視界は暗闇になる。
だんだんと薄れゆく意識の中で、ミヤビさんの声は子守唄みたいに心地よく耳に融けこむ。
何でこの人の声、こんなに安心するんだろ…。
「―…お休み。ナマエちゃん」
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そこに君はいなかった。
その代わり、沢山の蛍がいた。
この島に来て初めて描いて上げた蛍の絵は、君の1番のお気に入りだった。
君が綺麗だと言ったから、描いた。
君が好きだと言った世界を、切り取った。
永遠に、残せるように。
「…なぜ彼女を?」
無表情を装ってるけど、隠せてないよ、リョウスケさん。
思っている事を素直に口に出さないのは貴方の長所で、短所だ。
まぁ、咎める気持ちもわかる。
この子はなまえに似ているだけの普通の高校生で、サイバディに何の関係もない。
「知りたいんだ。
この子が俺が探してるものに繋がる何かなのかどうか」
「確かに似てるが…だからと言って確証はないだろう?他人の空似かもしれない」
そんな事の為にいちいちサイバディを持ち出すのか、って?
そんな事じゃないよ。
俺にとっては何よりも大事な事だ。
「だから確かめるんじゃないか。
本当に何の関係もないのかどうか」
柔らかい髪に指を通して軽く梳く。
色も、感触も、あの子と同じ。
声も、表情も、瞳の色も、あの時の言葉も。
知れば知るほど、同じで、だからこそ、同時にやるせなくなる。
彼女によく似た、でも、彼女じゃない君は、一体"何"だ。
関係がないのならそれでもいい。
この子はなまえに似ているだけのただの赤の他人というだけだ。
それ以上にもそれ以下にもならない。
その他と同じただのこの灰色の世界の住人だ。
でも、もし違うなら。
俺は知りたいんだ。
今この世界で唯一なまえと何らかの繋がりを持っているかもしれない君が一体何なのか。
「…もしその子がなまえと何か関係のあるなら、お前は彼女を殺すつもりか?」
可笑しなことを聞くね、リョウスケさん。
そんな事聞かなくてもわかるだろう?
俺にとって世界で唯一はなまえだけなんだ。
他は代えがきくけど、あの子だけは違う。
俺が求めたのも、愛したのも、焦がれるのも。
あの子ただ1人。
「―なまえを取り戻す為にそうする必要があるならね」
その為の犠牲なら、どんなものだって払うさ。
そもそも俺はもう罪を背負ってる。
なまえを愛した時から。
今更1つ、2つ増えたところでどうって事はない。
そういう道を、俺は自分で選んだ。
貴方とは違ってね。
「そろそろ始めよう。
ぐずぐずしてるとこの子が目を覚ますかもしれない」
カチャリ、と無機質な音を立てて、彼女の首にシルシの描かれた首輪を嵌める。
「さぁ。見せてくれ、君の世界を」
蛍の沢山いる川辺に、僕の心を置いてきた。
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