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 大きく吸い込んだ冷たい空気が肺をみたす。

「……私、自分のことを表現するのはあんまり得意じゃなくて、今までも菅原くんにちゃんと気持ちを伝えられてたか自信はないんだけど、どうしても伝えたいことがあって」
「うん」
「私ね自分でも不思議な感じなんだけど、とっても菅原くんのこと好きみたい。これからも菅原くんのそばにいたいと思う。友達としてじゃなくて、菅原くんの1番になりたい。私だけに優しくしてほしい。菅原くんの特別な存在になりたい。いつのまにか、そういうわがままばかりが募っちゃった」

 困るよね、と名字は苦笑する。菅原はただ驚いた顔で名字の言葉を聞いていた。そういう雰囲気がなかったとは言わないけれど、名字がただ自分だけを見て言葉を伝えていることが不思議な感覚だった。今までもなかったわけではないのに。初めて言葉を交わしたときだって、彼女はこんな風に少し探るような不安そうな気持ちを抱えながら言葉を伝えていたのに。今はそれよりずっと勇ましさが溢れている。

「春高控えてるのにごめんね。いきなりこんなこと言って」
「あ……いや。けどごめん。返事はちょっと待っててほしい。……春高終わるまでは、部活に集中したくて」
「え? あ、いいよいいよ。元々そのつもりだったの。返事はゆっくりでいいよって。本当は卒業式の日に言おうかなって思ってたけど、言えると思った時に言わなくちゃ言えなくなっちゃうような気がして。私、結構小心者だからさ。今もね、実は内心ドキドキで心臓飛びでそうなんだ」

 名字は気付くことはないけれど、菅原だってそうなのだ。どんな結果であれ、春高が終わったらこの気持ちを名字に伝えようと思っていた。だけどそれまでは部活に集中していようと考えていたのだ。しかし今、名字から放たれた爆弾のような衝撃に菅原は動揺するばかりであった。
 名字は決して目立つような存在ではない。だけど芯があって、彼女の口から放たれる言葉には愛がこもっている。一生懸命に物事を遂げようとするし、今だってそう。決意を固めた彼女はどこかかっこいい。そう言うところを好きになった。名字だから好きになった。

「……俺も、本当は心臓飛び出そう」
「えっ……やっぱりタイミング悪かったかな……?」
「そうじゃなくて……や、少しそうなんだけど」
「だ、だよね! ごめんね」
「あー違くて! そうじゃなくて、嬉しいと思ってる。舞い上がりそう。俺も早くちゃんと好きって伝えたい」
「えっ」

 耳を真っ赤に染めた菅原が名字を見つめる。夜で良かった。暗くて良かった。月明かりだけで良かった。こんなカッコ悪い顔、見せられないから。せめて言葉だけは格好つけさせて、と。

「……気付くと特別になってた。本当は俺から言うとつもりだったのに」
「あ、う、えっと、それは」
「えっちょっテンパりすぎ! いやまあ、俺もそうんだけど」

 やけに優しい夜だ。世界の全てが美しく思える。見える世界が異なって見える。星はいつもよりもキラキラとしているし、夜風は包み込んでくれるよう。そう思うと少し冷静になれて、ちゃんと言葉を選べた。

「……私、バレーしてる菅原くん、好き。応援してる菅原の姿も好き。凄くかっこいいんだよ。だから、待つの嫌じゃないよ。ここで待ってるね。東京には行けないけど、宮城で菅原くんのこと待ってる。テレビも全部録画する」
「うん」
「私の言葉はね、忘れていいから。好きはもう追い払って、バレーだけに集中して、や、私に言われなくてもだよね、とにかくね、ホントに。頑張って、行ってらっしゃい」
「いや、忘れない。名字さんの言葉は嬉しくて背中を押してくれる事ばっかりだったから、忘れたりなんかしない。全部覚えて持っていく。そんで、力にする。そうやって俺は頑張るよ」
「……嬉しいけど私の言葉にそんな力あるかなあ?」
「あるって。応援頑張るって決めた名字さんの言葉なんだから。多分、すごいパワーがある」
「……はは。ほんと?」

 甘くてとても胸が痛い。二人分の心臓が共鳴するように高鳴る。大人になる一つ手前、まだ子供の色を持った彼らの淡い恋。放物線を描くボールも、汗の匂いも、黒色のジャージも、争うことも、劣等感も。全てが君に繋がる。

「うん。だから、戦う俺のこと見てて」
「……うん、わかった」

 触れられるのに、触れられない。それでもいつか触れるでしょう。包まれるようにその手を繋ぐでしょう。そして優しく名前を呼ばれるでしょう。慈しむ瞳で互いを写しあうでしょう。そんな日がきっと、訪れるのでしょう。
 甘くて酸っぱくて、時に苦くて。そんなものにひたひたに浸かる。いまはまだ、春の青さを身にまとって。

(17.04.20 / 完)

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