#01



 幼馴染って、世間が思うほど特別ではない。将来結婚しようねなんて約束はしてないし、2階の窓から相手の部屋へ侵入もしない。そもそも私の部屋の窓から見えるのは隣の家の壁だ。幼馴染だからって毎日登下校を一緒にするわけでもないし、幼馴染だからって相手の事何でも分かるわけでもない。それどころか、小学生の頃なんて幼馴染を理由にバカな男子はからかってくるし、呑気な大人たちは付き合っちゃえば面白いのにねぇ、なんて他人事みたいに言ってる。
 あのね、幼馴染ってそんな簡単なものじゃないの。幼馴染だからってね、そんな少女漫画みたいなことが起きる訳じゃないの。わかる? だけど、1つだけ世の中のセオリー通りになってしまったことがある。それはこの世界で産声をあげた瞬間から決まってたんじゃないかって思うくらい自然に、私の中で一緒に育ってきた感情。誰にも言えない私だけの秘密。
 私は、幼馴染の菅原孝支に恋をしている。


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「孝ちゃん、今日一緒に帰れたりする?」
「おー、帰れる帰れる」

 中学3年、冬。部活を引退した孝ちゃんと私はしばしば帰路を共にすることが多くなった。孝ちゃんが部活をしている間は一緒に帰れることなんて滅多に無かったけれど、この機会を私は逃さない。帰る家が隣同士なのを良いことに、ここ最近は一緒に帰る約束を取り付けるようになった。

「あ、先生に提出しなくちゃならないプリントあるから、玄関で待ってて」
「わかった、じゃあ先に玄関に行ってるね」

 孝ちゃんの言葉に私は1人先に玄関に向かう。仙台の冬は寒い。玄関で待つのも本当は寒くて嫌なんだけど、マフラーと手袋で防寒する。数人の友達にバイバイと言い終わった頃、孝ちゃんはやってきた。私と同じようにマフラーと手袋で防寒をして。

「ごめんな、待ったろ?」
「待ったよ! 寒い」
「悪い悪い。よし、帰るべー」

 にしし、と笑う孝ちゃんの姿を見つめながら置いていかれないように後を着いていく。外に出たらムートンブーツの型がうっすらと積もった雪に跡を残す。

「寒っ!」
「今日は一段と冷えるらしいぞ」
「やだなぁ」
「風邪引くなよー?」
「孝ちゃんもだよ。受験近いんだから」

 私たちの口から吐き出される白い息は、ふわりと空に溶けていく。孝ちゃんは知らない。私が烏野高校を受験しないことを。青葉城西を受けるんだよって言ったら、孝ちゃんはどんな顔をするんだろう。なんでわざわざ遠いほう選ぶんだよ、とか言うのかな。大学進学なら烏野だって問題ないだろって諭すのかな。けれど私は孝ちゃんには伝えない。だからこうやって同じ学舎に通って、一緒に帰ることが出来るのはもう少しで終わり。孝ちゃんは、何も知らない。

「お互い気を付けないとな」
「本当ね」
「まあバカは風邪引かないって言うし、大丈夫か」
「ちょっと! それ私の事バカにしてる!」
「ごめん、嘘だって。名前、寝相悪いんだからちゃんと布団かけろよ」
「……私の寝相の悪さを知ってるのは孝ちゃんだけだよ」

 孝ちゃんが笑う。幼馴染ってやつは、無駄にお互いの事を知りすぎるのだ。必要以上に距離が近いのだ。私がその事に気が付いたのは半年ほど前のことだった。考ちゃんと同じように烏野に進んで、同じように大学を受験して、今までと同じように幼馴染をしていたら、私たちは「幼馴染」の呪縛から逃れられないのだとある日ふと、気づいたのだ。
 その事に気づいたの私は早急に進路希望先を変えた。それがこの結果。幼馴染から解放されたいくせに、その心地の良いぬるま湯に浸かっていたいと望む矛盾。そんな私の本音を知ったら、孝ちゃんは、バカだなぁって笑ってくれるだろうか。

「幼稚園の頃に、名前ん家泊まって、夜に蹴られて起こされたのはいい思い出だな。覚えてないだろ?」
「覚えてるよー。孝ちゃんがおねしょして泣いたこととか」
「それは忘れろよ!」

 声を上げて孝ちゃんが笑う。それにつられるように私も口角が上がるのを感じた。この人が好き。好きだけど、幼馴染。少なくとも、孝ちゃんは私の事を幼馴染としか思っていない。幼馴染だからこそ。幼馴染じゃなかったら。孝ちゃんも私のこと好きになればいいのにな。
 孝ちゃんは知らないんだ。私が青葉城西を受験することも、私が孝ちゃんを好きなことも、私が幼馴染を辞めたいと思っていることも。孝ちゃんは、全然、知らない。

(15.10.16)
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