#02


「青城に行くってどういうことだよ!」

 高校受験の合否が分かったその日に、孝ちゃんは不躾に私の部屋を訪ねてきた。何も言わず通すお母さんもお母さんだし、ノックもせず入る孝ちゃんも孝ちゃんだ。着替え中だったらどうしてくれるのだ。いや、裸なんて小さい頃にもう見られているか。
 焦燥と狼狽の中に怒りがほんのり混じっているような顔で孝ちゃんは私に詰め寄った。孝ちゃんのそんな様子とは反対に私は至極落ち着いた様子で返事をした。

「どういうことって、そのままだよ。私は春から青葉城西に通うの」
「そうじゃなくて、何で今まで俺に黙ってたんだよ!」

 孝ちゃんがこんな風に声を荒げるのは珍しい。バレーやってるときはまたちょっと違うんだけど、日常生活の中での孝ちゃんは爽やかとか優しいとかが似合う人だから。

「……言ったら、いろいろ言われるかなって」
「……まあ、反対はしたかもな。わざわざ遠い青城通う理由は?」

 孝ちゃんと離れる為です。そう言ったらきっと孝ちゃんはもっともっと怒るんだろうな。制服が可愛いから。学校が綺麗だから。偏差値も申し分ないから。適当な理由があれこれ浮かんでくるけれど、孝ちゃんが納得してくれそうな答えは何一つ見つからない。困ったな。一向に答えない私に、孝ちゃんは深い息をはいて頭を掻いた。

「せめて一言くらい相談してくれたって良かったろ」
「……ごめん」
「なんのための幼馴染だよ」

 幼馴染。やっぱりな。孝ちゃんは私の事幼馴染だとしか思ってないんだ。幼馴染だから優しくするし、相談しないと怒る。嬉しいけど、違う。私の求めているのは、欲張りな私が欲しいのは、幼馴染なんかじゃなくて、孝ちゃんのずっとずっと隣に居られる権利。

「でもまあ、どんな理由にしろ名前が決めたことなんだから、俺があれこれ言っても仕方ないよな」

 しゅんと風船みたいに孝ちゃんの怒りのようなものが無くなったのが分かった。私はほっと胸を撫で下ろす。

「でも、青城行ってもバレーは孝ちゃんの応援するからね。試合にも行く」
「そっか。それなら頼もしいな」
「ふふん。任せて」

 青城に行って孝ちゃんと距離が生まれたら、幼馴染を辞めることが出来るだろうか。あーあ、こんなんだった小さいときに結婚の約束くらいするんだった。おもちゃの指輪でも貰っておくんだった。
 幼馴染なんて名ばかりで、結局それらしいことなんて1つもなかった。そのくせこうやって人の恋路を邪魔してくるんだから幼馴染ってやつは本当に厄介だ。幼馴染みじゃなかったら、声を大にして好きですって言えたはずなのに。

「まあ、高校は違っても幼馴染だしな」

 何も知らない孝ちゃんは呑気に笑う。ぐさり。私の心が痛んだのを孝ちゃんに気付かれないように笑う。そんな私を滑稽だと神様は笑っているのかな。

「お隣同士だからね。嫌でも顔合わすよ」

 同じ高校を選ばなかったことを、いつか後悔するのだろうか。やっぱり烏野にすればよかった! なんて風に。いっそのこと、孝ちゃんなんか嫌いになれたら楽なのにな。いや、そんな日がくることは地球が爆発してもないな。私はどうやったって孝ちゃんのことを嫌いになんてなれない。幼馴染であることがこんなにも辛いのに、どうしても諦められない。

「烏野行っても私のこと忘れないでね」
「いきなりそんな今生の別れみたいに言うなよ。隣同士は嫌でも顔を合わせるんだろ?」
「……そうでした」
「名前こそ、青城行って俺のこと忘れんなよー?」

 孝ちゃんがからかうように言う。忘れるもんか。生まれた病院からずーっと一緒だった孝ちゃんと、私はここでようやく別々の道を歩むことになる。いつも私の近くにいた孝ちゃんはもう、いない。幼馴染から卒業するために、この道を私は選んだのだ。

「孝ちゃんが寂しくなったらいつだって遊びに行ってあげるからね」
「俺より名前のほうが寂しがるだろ?」
「バレー頑張ってね」
「応援待ってるからな」

 これは、さようならではない。自分で選んだスタート。なのに凄く寂しくて私の心は震える。ずっと一緒だったから。結婚の約束もないけど、バルコニー飛び越えて会える訳じゃないけど、それでも幼馴染だったから。だからやっぱり、寂しい。
 孝ちゃんはそんな私を見抜いて、微睡むように笑う。好き。好きなの。大好きなの、孝ちゃん。幼馴染みは嫌なの。胸に込み上げる熱情をもて余す。伝えられない思いを寂しさに隠した日、私たちの見つめる未来は、別々の方向を向いた。

 そして私が青葉城西高校へ入学し、高校2年の初夏。その日私は、とある人物と関わることになる。

(15.10.16)