Then you show your little light



 およそ1ヶ月ぶりの東京駅は相変わらず人で埋め尽くされていた。金曜日の夜ということもあってスーツケースを持っている人たちが多い。私も例に漏れず、スーツケースを転がしながら改札を出て地下鉄への乗り換えを行う。瀬見くんとは、彼の家の最寄り駅で待ち合わせをしている。

『今地下鉄乗ったから乗り換え調子良く行けば1時間くらいでそっちに着くと思う!』

 定時で仕事を切り上げてダッシュで仙台駅に向かって新幹線に乗り込んで、ウトウトしながら気が付くと東京駅で、スーツケースを転がして地下鉄に乗って。普通に考えれば疲れているばずなのにこれから瀬見くんに会えるんだと思うとさっきまであった疲れが吹っ飛んでいく。正直、化粧崩れだけが懸念事項だ。新幹線の中で直したとは言え出来ればもっとコンディションの良い状態で会いたかった。

『駅で待ってるんで着いたらまた教えてください』

 こうやって待ち合わせをするのは初めてだから少し変な感じだ。反射する地下鉄の窓に映る自分を見つめる。この私を、可愛いと思ってもらえるだろうか。綺麗と感じてくれるだろうか。
 2回乗り換えをして、瀬見くんの住むマンションがある街へたどり着く。時刻は20時を過ぎた頃で、我ながらよく仕事をしたうえでこの時間にここにたどり着けたなぁと感心する。指定された改札を出ると、瀬見くんが立っているのはすぐに分かった。

「瀬見くん!」
「名前さん、おつかれさまです」
「迎えありがとう」
「や、こっちこそここまで来てもらってすみません」
「ううん。ホテルも一本で行けるから不便でもないし」
「ご飯食べてないですよね?」
「食べてないよ。お腹空いたって思ってたけど、瀬見くんの顔見れたらちょっと満たされちゃった。満足」
「ははは。なんすか、それ。俺、腹減ってるんで店入りませんか?」
「賛成!」

 瀬見くんは歩き出すと「持ちます」と言って私の返事を待たずにスーツケースを手に取った。重くないし、大丈夫と言う私の言葉に答える。

「や、なんつーか、ちょっとでも格好いいとこ見せたいんで。こんなの全然なんすけど。でも、名前さん仕事終わりで疲れてるだろうし、俺に出来ることって限られてるんで、これくらいは」
「瀬見くんだって部活終わりなのに?」
「まあ、体力の差ってことで」

 瀬見くんはまた楽しそうに笑む。

「なんか食べたいものありますか?」
「特にはないけど……夜遅いし、明日結婚式あるし、そんなに重たくない食べ物がいいかな」
「じゃあ、近くに俺の良く行くお店あるんで、どうです?」
「いいね。行ってみたい!」

 瀬見くんはやっぱり楽しそうで、もちろん私もこの時点で凄く凄く楽しいんだけれど、そういう瀬見くんを見てたらさらに嬉しくなってしまって、つい瀬見くんのことをじっと見つめてしまう。

「なんか瀬見くん楽しそう」
「当たり前じゃないですか。久しぶりに会えたんだし。それになんつーか、この場所に名前さんがいるのが新鮮っていうか、通い慣れたまではいかないけど毎日通るこの場所に名前さんと並んで歩いてるっていう事自体が、まあその、すげぇ、嬉しいんだと思います」

 ちょっと照れるように言った瀬見くんの言葉。久しぶりなのも相まって、苦しいくらいに胸が締め付けられる。やばい。出来ることならずっと一緒にいたいな。瀬見くんの部屋、泊まらせて貰えばよかったかな……。なんて決意は崩壊していく。でも自分を律して私は平常心を保つよう心がけた。

「じゃあ、知りたいな。瀬見くんがここでどんな風に生活してるのか」
「いいっすね、それ。他にもよく行く店とか紹介します。あ、そうだ。日曜日、部屋見に来ますか?」

 何の気なしに言った瀬見くんの言葉に固まる。確かに行きたい。瀬見くんがどんな風にひとり暮らしをしているのか単純に興味がある。少しの時間だし、泊まるわけでもないし、瀬見くんだって深い意味を持って言ったわけでもないだろうし。

「……じゃあ、おじゃまさせてもらおうかな」
「部屋、ちゃんと綺麗にしておきます」 

 言い終わると、瀬見くんは私のキャリーケースを引いていないほうの手を私の手に重ねた。とても自然な動作に、私は互いの手のひらが重なってからしばらくしてようやく驚くことが出来た。それでも何も言わないまま、意識だけが重なる手のひらに向けられる。瀬見くんを見上げると、視線に気が付いたのか彼も私の方を見て少しはにかむように笑った。たくさんの人が往来する中で、もしかしたら私が一番幸せなんじゃないかって錯覚さえするような居心地。

「なんかお腹空いてきちゃった。お店楽しみだな」
「今日は俺が奢るんで好きなもの食べてください」
「えっなんで? いいよ、払うよ」
「名前さんはわざわざ新幹線乗ってこっちきてるし甘えてください」
「それは結婚式あるから」
「こんくらいのことさせてください。俺、長期の休みじゃないと宮城帰れないし、会うってなっても部活あったり、多分名前さんに都合つけてもらうこと多くなると思うんです。だから、こういう時は俺が出来ることを名前さんにしてあげたいんです」

 瀬見くんはたまに驚くほど大人な発言をする。下手すると今まで付き合ってきた人の中で一番配慮が出来る人かもしれない。年上だし私は社会人だし、と思っていたけれど瀬見くんは譲る気はなさそうだ。

「……では、ご馳走になります」

 手を握る瀬見くんの力が少し強まる。飲食店の香ばしい匂いが漂い、高架下に響くキャリーケースの音は通過した電車にかき消される。夜はまだ、始まったばかりだ。

(18.05.10)