Twinkle, twinkle, all the night



 異性の部屋に入ることは初めてでもないし、この年になってそんな初なこと思うわけでもないけれど、瀬見くんが部屋の鍵を開けた瞬間、何故か緊張が私を襲った。
 部活終わりの瀬見くんと待ち合わせして、土曜日にした約束通り、瀬見くんの部屋に遊びにきた私は、借りてきた猫のように大人しくなってしまう。

「適当にくつろいでください」

 予想通り瀬見くんの部屋は綺麗で、几帳面に配置された家具や小物を見ると性格が伺えた。好きな人の部屋だから緊張するのか、年下の学生の男の子の部屋にいるという事実に緊張しているのか、自分でもわからないままだ。

「う、うん」
「……緊張してるんですか?」
「え、や……うん。なんだろうね、瀬見くんの部屋だって思うと妙にドキドキするっていうか。あ、待って。いまのちょっと変態発言みたいだけど決して深い意味はなくて、やっぱり初めて人の部屋におじゃまするって緊張しちゃうし的なやつで」
「はは。わかってます。大丈夫です」

 年上としてはちょっと恥ずかしい。瀬見くんが飲み物を持ってきてくれる間、私は部屋の中を今度はゆっくりと見渡した。
 
「スッキリしてるね」
「部屋ですか? 一応片付けはしたんで」
「普段は散らかってるの?」
「出来るだけ綺麗にはしてるんですけど遅く帰った日は結構。……まあ、親の有り難みがわかるって感じっすね」
「あー、わかるわかる。親って偉大だなって私も一人暮らしして思ったなぁ。馴れるまでが大変だけど馴れたら一人暮らし楽だよ」
「名前さんはずっと一人暮らしなんでしたっけ?」
「高校卒業してからはずっとだね」

 飲み物をテーブル置いた瀬見くんが私の隣に座る。距離を詰めるようにスペースが無くなって、少し動いただけでも体が瀬見くんに当たってしまいそうだ。密室で、しかも相手の部屋でこうやって近くにいると収まった緊張がまた顔を出してくる。

「そう言えば俺、名前さんの高校時代の話全然知らない」
「や、語るほどのことはしてなくて……。部活はしてたけど地方大会まで行ったくらいかなぁ」
「地方大会って結構凄いじゃないですか」
「んー、まあそうだね」

 でも瀬見くん全国行ってるよね、って言おうとして右隣に顔を向けた。距離が近いって分かっていたのに、いざ顔を向けると予想以上に近くにあった瀬見くんの顔に驚く。思わず距離を取ろうと座る場所をずらそうとしたけれど、それって逆に失礼じゃないかと思い直して結局体は動かないままだ。
 近い。そんな事を考えていると、同じように私の方に顔を向けた瀬見くんと目が合う。一瞬、目を見開いたかと思うと、ちょっと気まずそうに視線だけを横にそらされる。

「すいません、ちょっと座る場所近かったですよね」
「う、うん。でも、別に大丈夫だよ」
「……あー、あの、名前さん」
「な、なんでしょう」
「俺、浮かれてて」
「浮かれてる?」
「部屋に名前さんいることに」
「は、い」
「触れたくて隣に座ったのは事実なんですけど」

 ふいに先程とは空気が変わってることに気がついた。瀬見くんの気恥ずかしさが移ったのか、私も何とも言えない気分になる。熱を帯びたような瞳で瀬見くんがもう一度私を見る。そういう視線が何を物語るのか、私はこれまでの人生で学んできたはずだ。途端に、生活に溢れた四角い箱の中にいる私たちが世界とは隔離された存在になったかのように感じられる。宇宙のどこかにいるようなそんな気分。
 こんなに間近で瀬見くんの顔をじっと見たのは初めてかもしれない。つり上がった瞳とか、鼻筋とか、薄い唇とか、単純にかっこいい。名前さん、と私を呼ぶ声色も好きだ。

「キスして良いですか」
「……え」

 問われた内容を理解する。断る理由を探す方が難しいけれど。

「……キスだけなら」

 ただ、こういう時の上手い返しとか、可愛い返しはこれまでの人生で学べていなかったようだ。それでも瀬見くんはホッとしたように顔を緩め、私の肩に手をかけた。瀬見くんはキスするの初めてなのかな。それとも。少なくともそんな事を考える余裕が私にはあった。
 けれどドキドキしないわけじゃないし、近づいてくる瀬見くんの顔に比例するように私も瞼を落とす。頭の中で触れるまでのカウントダウンが始まる。3、2、1。少しタイミングはずれてお互いの唇が重なった。
 小さな四角い箱の中。切り取られた世界。まるで宇宙にいるような。
 唇は余韻を残して、ゆっくりと離れていった。可愛いくてくすぐるようなキスは、鈴の音みたいにか細く残る。

「……すいません」
「えっ」
「なんか俺、上手に出来なくて。その、雰囲気とか」
「ううん。全然。凄いドキドキしてるよ、私」
「え、本当に? ……ですか?」
「うん。それに幸せ」

 笑うと今度は何も言わず瀬見くんが私を抱き締める。

「そういう風に言われると、またすぐに会いたくなります」
「またすぐ会えるよ」
「夏に?」
「夏に、だね」

 わかってる。夏まではあっという間で、そして多分全然あっという間なんかじゃないってこと。会いたくなる日を我慢して、触れたくなる日を我慢して、一生懸命毎日を頑張って、そしてその日がくるんだ。きっと私と瀬見くんはそういう日々を何度も何度も繰り返していく。私たちが選んだ恋は、そういう恋だ。

「じゃあそれまでにもっとスマートになれるよう勉強しておきます」
「他の女の子で勉強したらやだよ?」
「しませんって」
「ははは。じゃあ、次に期待だね」

 もう一度、どちらからともなく唇が触れる。二度目のキス。この部屋を出なくてはいけない残りの時間を惜しむようなキスだった。チクタクと秒針は音を奏でるけれど、今だけは時間のことは考えない。そうしてまた、想いを募らせるのだ。

(18.05.15)