25-year-old



 瀬見英太は緊張していた。鞄の中に忍ばせた小さな四角い箱があることを確認して、もう一度深呼吸をする。
 付き合って7年が経過して、いよいよ8年目に突入して、こんな風に緊張するのは付き合いはじめの頃のようだ、と思う。しかしそれも仕方がない。瀬見は数年前に口にした約束をようやく今夜果たそうとしているのだ。

「英太くん」
「名前さん」
「ごめんね、待ったよね。終わりかけにちょっとトラブっちゃって」
「俺はいいんですけど、大丈夫でしたか?」
「うん、なんとか大丈夫。無事に週末を迎えられそう」

 東京に越して数年、アラサーになった名字はもともと仕事に意欲的なこともあり、最近は特に任される仕事も多いと言う。

「最近忙しそうだけど無理してません?」
「んー無理はしてないんだけど若い頃に比べると体力がね……その事実が辛いよね。こうやって老けてくのかってね」
「名前さん可愛いし綺麗だからそんなの気にしなくていいと思いますよ」
「え、英太くん。恥ずかしいけどありがとう。そんな風に誉めてくれるの英太くんだけだよー。ほんと好き」

 だってそれは事実だ。7年間一緒にいたって、可愛いと思うのも綺麗だと思うのも昔から変わらない。年上らしさを出そうとするところも、同い年のように無邪気なところも、愛らしいと思う。
 今はようやく同じ立場になれた。もう年齢を気にすることはない。だから、伝えられる。伝えたい。瀬見は、彼女と共にいる未来を選ぼうとしているのだ。

「お店予約してくれてるの驚いたよ」
「たまにはそう言うのもいいかなって思って」
「そうだね。楽しみだな」

 俺は緊張してます。と口にも顔にも出さず瀬見は名字をエスコートする。
 特別感を出しすぎることもなく、けれど普段よりはちょっぴり背を伸ばしたお店で瀬見はタイミングを伺う。夜景が見えるテラス席は我ながら悪くはないのではないかと瀬見は思っていた。

「名前さん」

 本題を切り出そうとしたのは、コース料理の最後のデザートを食べ終えた時だった。

「うん?」

 こんなベタなシチュエーションで良かっただろうか。この指輪のデザイン気に入ってくれるだろうか。そもそも受けてもらえるだろうか。
 土壇場になるとそんな不安に襲われて、なかなか肝心の言葉が出てこない。急かす様子のない名字の瞳に見つめられながら、瀬見は握りしめていた小さな箱を差しだした。

「えっと……?」
「中、見てください」

 初夏の温い風が柔らかく吹き抜ける。夜の色に紛れて、この顔の火照りが伝わりませんようにと願う。
 そっと小さな箱を名字が手に取ったのを見届けて、瀬見は口を開いた。

「前に言いましたよね。一人前になったらプロポーズするって。俺はまだまだ足りない部分もあるし、ダメなところもあるし、名前さんから見てまだ年下だなっ感じるところもあると思うんですけど、それでももう昔みたいなでっかい溝はないです。だから、これから先も名前さんといる未来を俺にください。俺、頑張ります。名前さんと一緒に幸せになりたいんです。他の誰でもない、名前さんが良いんです」

 思いの丈を伝えて、瀬見の緊張は高まる。今、彼女の瞳に自分はどう映っているのだろう。夜の音が、この心臓の高鳴りを隠してくれますようにと願う。

「……英太くん」

 とても柔らかい声色で名前を呼ばれる。頭上に輝く星は東京なのにとても美しくて、いつかの夜を思い出した。

「すごく嬉しい。私も幸せになるなら英太くんと一緒がいい。英太くんと一緒に頑張りたい」

 少し、泣いてしまいそうな様子の名字の右手に自分の左手を重ねる。

「やばい……すっげぇ緊張した」
「本当に? なんか余裕そうだったよ」
「心臓バクバクしてます……」
「私もなんか泣いちゃいそう」
「え、な、泣かないでくださいね。俺、名前さんの涙弱いんで……」
「嬉し泣きなのに?」
「それなら、まあ、なんとか……」
「あはは」

 ちょっぴり背伸びをしたレストランの、テラス席の端っこで、小さく笑い合う二人の姿は夜の光に照らされる。これからの門出を祝うように、頭上の星はキラキラと輝いていた。

(18.05.25)