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 きっと今日も彼女は逢えない彼を想ってこの夜を過ごすのだろう。


ミッドナイトブルー


「なぁなぁ、今度の土曜日予定空いてへん? めっちゃええ感じのカフェ見つけたから一緒にいこーや」
「行かないです」
「即答かーい! ええやんちょっとくらい。予定あるん?」
「⋯⋯宮さん、とりあえず仕事進めたいんですけどいいですか?」
 
 MSBYブラックジャッカル所属、ポジションセッター。宮侑はプロのバレーボーラーだ。そして私はそんなバレーボーラー達を影で支援する人間の1人、バレーボール協会の大阪支部、広報担当である。

「聞いたで。この前も終電近くまで事務所残って仕事しとったんやろ? 気分転換せなあかんやろ」
「仕事するの好きなのでいいんです」

 次の大きな大会に向けての打ち合わせの最中でも、目の前の人物はプライベートと仕事を分けない態度のままだ。私はわざとらしく咳をして本題を伝えた。私が聞く耳を持たないことを悟ったのか、今度ばかりは宮侑も仕事の話を進めてくれるようだった。
 いくつかの提示と確認を繰り返して意見をやりとりする。本来ならば少人数でのこういったやり取りはあまり無いことだが、育休取得や退職が続いて人材不足なためここ最近はこういうなることも多い。
 会議室の外では忙しなく社員達が働いているのがわかる。ああ今日も残業だろうなぁなんてことをぼんやり考えながらもパソコンに入力する手を止めることはない。

「ではホームページの写真の更新はこれで大丈夫ですね? あとは雑誌の取材がいくつかあるのでこれは後日、他の選手とまとめて質問確認しましょう。じゃあ日程の確認もしたし、うん。今日はこれで終わりです。ありがとうございました」

 軽くお辞儀をしてそう言うと、宮侑は机に体を乗り出して私に顔を近づける。

「いったん仕事終わりやろ?」
「⋯⋯はい」
「やったらその堅苦しい言葉やめーや」

 そう言うとパイプ椅子に体重をかけるように勢いよく座って、彼は少しつまらなさそうに私を見た。

「そんで、ほんまに来週の土曜日空いてへんの?」
「空いてないね。休日出勤」
「ブラック企業やん」
「聞き捨てならないなあ。選手を支える素敵なお仕事なんですけど」
「そんなに仕事好きなん?」
「好きだし、まあ、仕事してるときは仕事のことだけ考えればいいから」
「⋯⋯ふーん」

 この仕事に就いて3年。私と宮侑はその時から親交があって、仕事上の接点だけで言うとやり取りは決して多くはないけれど同い年であることやお互い話がしやすいということが幸いして、それなりに良い関係性を築いていた。

「こんあとは?」
「お昼食べる」

 早いもので、3年ともなると仕事にも余裕が出てくる。とは言え業務量はそれなりにあるし、またまだ学ぶこともたくさんあるので、まあ世間一般から言わせればブラックに片足を突っ込んでいるようなものなのかもしれない。

「せやったら昼飯行こか」
「えっ」
「嫌なん?」
「嫌とかじゃなくて、選手と二人きりで食事ってどうなのかなって」
「ええやん、別に。やましいことしとるわけでもなし」
「でも侑は女性のファンも多いし。やましくなくても煙が立ったら困るでしょ」
「俺はアイドルやないで」

 机の上に広げられたパソコンと書類、手帳に筆記用具その他諸々をまとめて落とさないようにしっかりと腕の中に収める。時刻は13時30分。少し遅めのお昼だからお店はどこも並ばずに入れるかもしれない。

「でもさ、男女が二人きりで歩いてたら大抵はカップルかなって思っちゃうじゃん」
「そんなん言うたら何も出来ひんやん!」
「そんなことないよ。仕事関係でしかも私みたいな立場っていうのが会社的にどうかなってだけで」
「友達同士飯食いに行くだけやん」

 そこまで言われて私はようやく了承の意を示した。まあ確かに侑はアイドルではないし。友達とご飯に行くくらい自由だし。そもそも侑は私をそういう風には見ることはないし、私もそうだし。

「財布とってくるから下の入口のロビーで待ってて」

 急いで片付けをして侑が待つロビーへ行く。サングラスをかけて携帯を片手に操作する様は、高身長なだけあって絵になっている。まるでモデルだなと思いながら声をかけると侑はお腹減ったわーと大袈裟にリアクションを取りながら先陣を切った。

「次の土曜日やなくてもええからカフェあかんの?」
「そんなに行きたいなら彼女と行けばいいのに」
「アホか。女を誘う時点で彼女なんかおらんに決まっとるやろ」
「確かにそれもそうか」

 この人は見た目とは裏腹に、派手な女性関係を築かない。第一印象だけで言えば、数多の女性を転がしていてもおかしくはないのに侑はそれを嫌う。曰く、うるさい女は好かん、らしい。
 下手なスキャンダルが出て炎上するよりよっぽどましだと私はそれを聞いたとき実はほっとした。

「じゃあ、まあ今度。予定が合えば」
「それ合わないやつやん」
「あはは」

 でもきっと私たちはお互いのことをほとんど知らない。

(20.04.30)