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 人生を悲観したのは22歳の時だった。大学を卒業してすぐ、当時付き合っていた人が亡くなった。その人は私より2つ年上だったけれど、高校生の時に初めて出会った時から年の差を感じさせない人だった。出会った瞬間に私は惹かれ合う何かを感じて、それからほどなくてして私たちは付き合うようになって、季節を繰り返して思い出を重ねて、幸せな未来しか想像できなかった私に悲劇がやってきたのだ。
 不慮の事故。言葉にしてしまえば一瞬なのに、それはずっと私の心に重くのし掛かり続けている。仕事場に届いた連絡。彼の両親の泣きじゃくる姿。霊安室。息をしない彼。返ってこない返事。私はどうしてここにいるんだろうと何でこんなことになったのだろうと涙も流さず考えた。昨日と何が違ったんだろう。ただそれだけを、今も時々思い出す。

「名字さん」
「⋯⋯あ、はい!」
「テレビ出演の依頼の電話きとるよ。内線2番ね」
「ありがとうございます」

 あれから4年が経つ。いつまでも落ち込ませてもらえるほど世の中は甘くないし優しくもない。新卒で入社した会社を1年で退職し、私はそれまでとは全然違う仕事に就いた。それがこれ、バレーボールの広報という仕事だった。
 正直スポーツはあまり詳しくもないけれど、学ぶことが多い分忙しさに身を委ねられると思った。そうしたらきっと、わたしの世界は仕事で構築されて、過去を思い出す暇なんてなくなる。そんな不純な動機で選んだ広報という仕事は、皮肉にも私の性格に合っていたらしい。苦だと思える瞬間は、まだない。

「はい、大丈夫です。では日程はメールでお伝えします。先に番組のスケジュール送っていただければ。ええっと⋯⋯はい。そうです。わかりました。ありがとうございます。では、失礼します」

 忘れたいわけではない。むしろずっと忘れずにいたい。ただ、私が生きていく為には過去との丁度良い距離感が必要だった。だから私はがむしゃらに仕事をして、進んで残業をする。私がこんな思いで仕事をしていることは同僚はもちろん侑だって知らない。
 だから、時々思う。選手たちはバレーボールが大好きでバレーボールと共に生きているのに、私はそんな彼らの気持ちを踏みにじるかように自分勝手に利用している。仕事が、バレーボールが好きだからではない。これは私が生きていくための仕事なのだ。

「名字さーん。出版社のWeb担当の人受付に来たって」
「わかりました。練習風景の撮影に同行してくるので夕方には戻ります! 留守中の伝言あったら机にお願いします」
「今日も働くねえ。いってらっしゃい」

 慣れたようにホワイトボードに『外勤中』と記入して、担当者とカメラマンと共に選手達の練習場へ向かう。先に女子選手の練習場へ向かいそのまま男子選手の練習場へ移動する。基本的に私は監督やサポートメンバーに挨拶をした後は練習の邪魔にならない場所で眺めているだけだから楽なものだ。
 どちらかと言えば記事が完成してからやここに至るまでのやり取りのほうが忙しいので撮影の同行は私にとっても休憩タイムのようなものでもあった。

「名字!」
「木兎さん、お疲れ様です」
「なー、今日何人かで夜ご飯いく予定なんだけど一緒に行かね?」
「え、良いですけど私がいたら気を使いません?」
「全然。つーか何人かって言っても多分3、4人だし」
「んー⋯⋯なら、はい。大丈夫です」

 侑もそうだけど、女子も含め選手たちは同年代が多いから広報の私でもこうやって気軽に誘ってくれる人は多い。木兎さんの誘いに返事をすると彼はいつものように眩しい笑みを見せて輪の中へと戻っていった。
 あんな風に、ただひとつのことに夢中になれるこの人たちを羨ましいと思う。もちろん大人だからみんな好きだけではどうにもならないこともあると分かっているだろう。生きるためのバレーボールを選択することだってある。でも根底にあるその気持ちは揺らがない。そんな、絶対にぶれないものを持ってるこの人たちが私はやっぱり羨ましい。
 ぼんやりと体育館の全体を見渡す。私だけがコートには携わらない人間みたいに浮いている。私だけ気持ちのベクトルが違う気がしてたまに居心地の悪さを感じる。自分自身の問題だと分かっているのに、自分の手綱がうまく握れない。
 数分後、担当者の人が写真撮影が終わったとこを教えてくれたので私はもう一度監督へ挨拶にいった。

「撮影終わりました。練習中にありがとうございます。それと監督にはメディアのインタビューがいくつか来ているので詳細、後程送ります」

 私よりずっと年上の、いつもどっしりと構えて選手たちに指導をする監督と話すのは今でも少し緊張する。もちろん私には怒ったりすることはないけれど、機嫌の良し悪しはその場その場で違うから、なかなかどうも気を使う。
 練習場を後にして担当者とカメラマンの人とも別れ、私は1人で会社へ戻った。夕方には戻れると思っていたけれど会社に着いたのは定時ギリギリで、木兎さんにご飯に誘われていたからと私は自分の椅子にゆっくりと深く腰掛けて残業をする決意をした。
 それからしばらく仕事をこなしてフロアの社員もまばらになりはじめた頃、木兎さんから連絡が届いた。

(20.05.07)