01



「す、好きです!」

 その声は冬の夜の静かな場所でよく響いた。
 部活終わりに忘れ物をとりに部室へと向かった後のこと、私は思わず歩みを止めて声のする方を覗く。部室棟の横で暗くて誰かはわからなかったけれど人が2人いるのはわかった。
 まさかこんな場面に遭遇してしまうとは。音を立てないように過ぎ去ろうと思うも足元は砂利だ。タイミングとか場所とか悪すぎない? と、どうするべきか迷っていると男の子の声が聞こえてきた。

「だから?」

 驚いてつい聞き耳を立ててしまう。だって告白した返事がそれなんてさすがにちょっとどうかと思う。

「だから⋯⋯だから、えっと、付き合ってください?」
「それは無理」
「⋯⋯わかった。ごめんなさい、急に」

 それ以上食い下がる様子もなく女の子はそう言うと駆け足でその場を去っていった。やばい気付かれる、と焦りはしたけれど下を向いていた女の子は私に気が付くことはなかった。
 暗闇に紛れるように小さくなる背中を見つめる。断るにしたってもっと他の言い方があるんじゃないの。いったいどこの誰があんな冷たい言い方をしたんだと男の子のほうを向く。

「は? なに盗み聞き? 悪趣味⋯⋯」

 目の前にいるその人を私は知っていた。
 佐久早くんだ。佐久早聖臣くん。直接ちゃんと話したことはないけれど確か、元也の従兄弟だった気がする。元也から何度か佐久早くんの話を聞いたことがあって、それで知っているだけ。
 この人が私を知っているかどうかは分からないけれど、怪訝そうに私を見る瞳に私は慌てて否定の言葉を繰り出した。

「ち、違っ! 告白してる時に横切るとか無理でしょ、普通」
「告白じゃない」
「好きって言ってたの聞こえてた。⋯⋯て言うか、あんな振り方はないと思う」
「それアンタに関係ある?」
「⋯⋯ないけど、かわいそうだなって思ったから。だってあの子は勇気出して言ったわけだし。もっと他に言い方あるんじゃないかなって⋯⋯」

 そりゃあ当事者じゃない私が口を突っ込むのはお門違いかもしれないけれど。盗み聞きじゃないと言い切れるわけでもないけれど。それでも、あの子がどんな思いで告白をしたのかくらい想像は出来る。
 居たたまれなさに視線をそらすと、佐久早くんはため息を吐いてマスクの位置を直しながら言った。

「あれは罰ゲーム」
「⋯⋯え?」
「昼間、遊びで告白してみようって女子が話してんの聞こえてたんだよ」
「遊び⋯⋯」
「だから告白じゃない」

 遊び。罰ゲーム。そのワードが頭の中で渦を巻く。そっかそっかそれなら仕方ないねと納得できるわけもない。自分の吐き出した吐息が白く消えていくのを見つめる。

「⋯⋯それ」
「まだ文句? めんどくさいからあとは古森に言って。仲良いんだろ」
「じゃなくて。それ誰も幸せになれないじゃん」

 佐久早くん、私と元也が仲良いこと知っていたのかと思いながらこぼれた言葉はそれだった。

「遊びで告白される佐久早くんも、わかってるとは言えノーを突き付けられるあの子も、誰も嬉しい気持ちにはならないのにね」
「⋯⋯別に、告白なんて誰からされてもウザいだけだろ」

 なんだっけ、佐久早くんは潔癖症なんだっけ、ネガティブなんだっけ。そんなようなことを元也が言っていたのを思い出した。毎年インフルエンザの予防接種を受けた報告をしなくちゃいけないとか、満員電車に乗った日は除菌スプレーかけられるとか、確かそんな話を聞いた気がする。そういう人は他人からの好意を迷惑だと思うんだろうか。
 ずれたマフラーを直しながら佐久早くんの言葉を理解しようにも難解で言葉が出ない。私はただ、少しだけ見えた佐久早くんの耳朶が赤く染まっていたのを寒そうだなと思いながら見つめることしかできなかった。

「あれ、2人で何してんの?」
「あ⋯⋯元也」
「2人仲良かったっけ?」
「良くない」
「ちょっといろいろあって立ち話を少しだけしてて⋯⋯。部活終わりだよね? おつかれ」
「名前も部活終わりだろ? おつかれ! 一緒に帰る?」
「あ、ううん。今日は親が迎えに来てくれてる」
「そっか。じゃあまた明日な」
「うん。また」

 元也の登場に安堵した。親から着いたと連絡きていたことを思い出して私はその場を離れる。歩き出して少ししてから、振り返る。手を振る元也と、ポケットに手をいれたままの佐久早くん。本当にこの2人は従兄弟なんだろうかと一瞬疑ってしまう。私にとってそれくらい2人は真逆に見えた。
 手袋をしたまま手を振り返す。相変わらず佐久早くんはそのままだったけれど、1度だけ目があった。眉をハの字にしてマスクをしていてもご機嫌じゃないことが簡単にわかる。怒っているのかそれともこれが普通なのか私には分からなかったけれど、踵を返すその瞬間まで交わった視線がそらされることはなかった。
 高校1年生、冬休みを間近に控えたある夜のことだった。

(20.07.13)

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