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 たどり着いた冬の沖縄は快適としか言い様がなかった。沖縄を選択した生徒たちは何台かのバスに分けられてホテルを目指す。到着後すぐに名護まで向かったあと、最終日に向けて徐々に南下していくというルートだ。

「このコートだとちょっと暑かったかも」
「朝と夜はちょうど良いかもよ?」

 私とガモちゃんが並んで座る後ろに佐久早くんと元也が座っている。3泊4日の行程は、スケジュールが決まっているとは言え、私はやっぱり楽しみで仕方なかった。

「美ら海水族館でジンベイザメのぬいぐるみ欲しい」
「可愛いのあるかな?」
「あるといいけどなあ。ガモちゃんは欲しいのある?」
「えー⋯⋯なんだろ。あ、でも名前ちゃんとお揃いで何か買いたい!」
「買う! 買うよー! あ、なんなら4人でお揃いする?」

 と言ってはみたけれど、元也は多分良いとして佐久早くんは嫌がるだろうなと思った。実際、後ろを振り向いて2人の顔を確認すると佐久早くんは眉間に皺を寄せていた。

「あの、ならせめて4人で写真撮ろうよ」
「だったらあの巨大水槽のとこでジンベイザメと一緒にじゃね?」
「あのガイドブックに載ってたやつ!」
「そー。その時くらいは多分佐久早もマスク外してくれるから」
「えっ」

 本当に? と視線に意味を込めてもう一度佐久早くんを見ると「⋯⋯まあ、それくらいなら」と小さく返事が返ってくる。

「て言うか全員、予防接種は」
「したよ! ね、ガモちゃん」
「うんしたした」
「ならいい」

 佐久早くんが満足した様子を見届けて私は座る体勢を元に戻した。窓の外を見つめれば、沖縄らしくシーサーや石敢當の石碑がよく目にはいってくる。ああ、来たんだなぁ沖縄に。空港に降り立って「めんそーれ沖縄」の文字を見た時から思ったけれど、過ぎ去っていく景色を見て私はその都度同じことを思ってしまう。
 ガモちゃんはこの地で佐久早くんに自分の気持ちを伝えるんだ。私がガモちゃんに、佐久早くんのことをもうちょっと好きになっていると伝えてから10日近くが経つ。私とガモちゃんの関係は何一つ変わらなかったけれど、ガモちゃんのその告白で私たちは大きく変わってしまうんだろうか。

「名前ちゃん?」
「え?」
「気分悪い? バス酔いした?」
「ううん、元気! ガモちゃん大丈夫? 次のトイレ休憩で場所変わろうね!」
「ありがとう」

 じゃあ私は。私はいつか佐久早くんに好きって言えるんだろうか。そもそも好きって言っても良いんだろうか。言いたいと思っているんだろうか。
 名護のホテルに着く前にバスはブセナ海中公園を経由した。ここでグラスボードに乗ってからホテルに向かうらしい。バスから降りて、先生とバスガイドの人の案内に沿って道を進んでいく。
 少し歩けば眼前にはエメラルドグリーンの透き通るような海が広がった。

「えっ凄い!」
「めっちゃ綺麗じゃん」

 私と元也の声がハモる。
 思わずそのまま立ち止まってしまいそうだったけれど、佐久早くんの「置いてくぞ」の声と共に私たちは集団に戻った。佐久早くんは感動とかしないのかな。海綺麗だとか思ったりしないのかな。

「佐久早くん」
「なに?」
「海、綺麗だと思わない?」
「あー、うん。普通に綺麗でビックリした」
「えっビックリしたの?」
「それなりに」
「そっか⋯⋯ビックリしたのか⋯⋯」

 それが顔に出ていなかったから私は一瞬、嘘でしょと思ってしまったくらいだ。
 順番にグラスボードに乗って、だいたい30分。足元に広がる海の世界を眺めながら私たちは潮風に吹かれる。途中、佐久早くんを見ればそのベタついてしまう風を鬱陶しそうにしていた。

「あれニモじゃん」
「え、どれ?」
「あれだって。あれ」
「ガモちゃんわかった?」
「名前ちゃんあれだよ、あれ」
「やばい、見つけられない。わかんない。佐久早くんは気付いてる?」

 と屈んでいた腰を戻して隣に座る元也の更に隣にいる佐久早くんを見る。

(あ⋯⋯)

 ちょっと優しそうな瞳だ。それがすぐに分かって、ほらまた。私はちょっとドキッとした。

「そこの海草のそば」

 佐久早くんの言葉を聞いて誤魔化すようにまた屈んでグラスボードを見る。なんで気持ちって勝手に加速するかな。知らない間に育っていくのかな。
 雑念のせいか、結局ニモを見つけられないのは私だけだった。

「元也、次からはもっと早く教えてくれると嬉しい」
「いやそれ結構難問」
「ジンベイザメの時とか」
「ジンベイザメ大きくてすぐわかるから」
「いやジンベイザメが3匹集合した瞬間とか?」
「限定的じゃん!」

 私たちの長くて短い、窮屈で自由な3泊4日の修学旅行が始まろうとしていた。

(20.11.03)

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