嫉妬



 別にこれくらい普通だろ。付き合ってんだし。
 心配くらいするだろ。付き合ってんだし。

「昨日廊下ですれ違ったとき」
「うん」
「男子と話しながら歩いてたけど」
「ああ、あれは日直で一緒にしないといけないことあって」
「⋯⋯距離近くなかった?」
「そう⋯⋯?」

 だから、こう聞くのだっておかしいことじゃないはず。どう考えたって自分の彼女が他の男と近い距離で話してるのなんて嫌だろ。不潔だろ。
 直接言葉には出来ないけれどそういう気持ちを込めて名前を見つめる。ピンときているのかきていないのか、揺られる電車の中で名前は「ん〜⋯⋯」と悩むような声をこぼした。

「でも1番好きなのは聖臣くんだよ?」
「⋯⋯あ、そ」

 可愛い、けど。でもそうじゃない。もっとわかってほしい。名前の顔を見るのもなんとなく恥ずかしさを感じて、目の前の窓の向こうの風景に目をやる。

「⋯⋯出来れば」
「え?」
「⋯⋯出来ればもう少し、自覚を持って」
「自覚?」
「名前は可愛いって自覚」
「かっ!? えっ⋯⋯可愛いの、私」
「可愛いだろ」
「可愛い⋯⋯そっか⋯⋯私、可愛いのかあ⋯⋯っていやいやいや、それを自覚したらただの自意識過剰なやつだよ⋯⋯!」

 いいじゃん。可愛いのは事実だし。そういう慌てる様子とか、笑う顔とか、一生懸命なところとか、姿勢が綺麗なところとか、他のやつは気が付かなければいい。俺だけがわかっていれば、それでいい。


▽ ▲ △ ▼


「ええ〜⋯⋯まじか佐久早まじか⋯⋯」

 古森に「最近名前とはどうなの」と問われ、先日の一件を口にした。別にどうだろうと関係ないと思う反面、多分まだ、古森のほうが俺より名前のことをちゃんと理解していると思うと言わないという選択肢はなかった。悔しいけれどそれは事実で、古森と名前が2年と少しかけて築き上げた友情を前に、俺と名前の1年と少しの時間はまだ足元にも及ばない。

「別に普通だろ、こんなの」
「普通⋯⋯うーん、普通⋯⋯」
「俺は心配してるだけだ」
「他の男に名前が取られないか?」
「違う。取られる取られないの問題じゃない。他の男が名前に好意を持つか持たないかの問題」
「あ〜そっちな」

 古森は少し笑いながら納得したように言った。
 名前と付き合い始めて重ねてきた日々は決して多くはない。知らない部分も多分きっと、たくさんある。
 名前の行動や思想を制限したいわけでも支配したいわけでもない。名前らしく過ごしてほしいし、そうしている名前が好きだと思う。
 それでも時々、奇妙な感覚が顔を出す。

「他のやつに好意持たれたところで名前の気持ちは変わらないと思うけど」
「他の男の汚れた目で名前を見てほしくない」
「ブハッ! 佐久早の口からそんな台詞を聞く日が来るなんて夢にも思わなかったわ」
「おいバカにするな」
「違う違う。名前のこと凄い好きなんだなーって安心してるだけ。佐久早もそんな風に嫉妬するんだな」

 嫉妬。まあ、そうだな。この奇妙な感覚に名前をつけるならそれが正しいと思う。

「まあ、嫉妬するくらい普通だけど名前に嫌われないように程々にしとけよ」

 目から鱗が落ちるとはこういうことなんだろうな。古森に言われて俺はようやく気が付いた。そうか、俺がどれだけ好きでも嫌われる可能性があるのか。なら、嫌われない範囲の嫉妬ってなんだ。


▽ ▲ △ ▼


「名前」
「なに?」
「⋯⋯この前は、ごめん」
「えっ⋯⋯むしろどの事についてか思い出せないのごめん⋯⋯聖臣くんと私って何か謝るような事あったっけ?」
「先週の電車で、他の男と距離近いとか、自覚持ってとか」
「あ〜! あれね」

 翌週火曜日、電車に乗り込んだ名前はいつものように隣に座った。両サイドに誰もいないという安心感とはまた別の安心感を覚え、開口一番にそう言うと、その内容にピンときた名前は笑った顔のまま頷く。

「謝るような事じゃないのに」
「ちょっと⋯⋯心が狭かった気がしなくもない、気がして」
「ん、どっち⋯⋯? なんか裏の裏の裏みたいで面白いね」
「つまり、別に制限したいとかじゃないから」
「制限?」
「そのままの名前がいいってこと。⋯⋯まあ、だからって他の男に笑顔見せるのは出来るだけ控えてほしいけど」

 言葉尻が小さくなって、これは少し、いやだいぶ格好悪い気がした。それでも嫌われるのは嫌だと思う俺に、名前は少し楽しそうに言った。

「それは嫉妬ですか、聖臣くん?」
「⋯⋯なんでちょっと嬉しそうな顔してんだよ」
「だって私も思うもん。試合とかでキャーキャー言われてるのかなあとか、聖臣くんかっこいいから絶対女の子は好きになっちゃうよとか、あの子聖臣くんとたくさん話できて羨ましいなとか」
「え⋯⋯思ってんの?」
「うん、実は思ってた」

 誰が盗み聞きするわけでもないのに、名前は秘密を打ち明けるかのように小さな声で言う。

「一緒だね、聖臣くん」

 ああ、クソ。そうやってはにかみながら笑う顔、やっぱり他の男は見るなって思う。思うけど、言ってしまえば格好悪いから口には出さなかった。

「⋯⋯俺が1番に好きなのは名前だから」

 代わりにそう言えば名前は少し目を見開いて。そして、すぐにまた笑った。嫉妬しないなんて無理だ。これはもう仕方ないだろ。付き合ってんだし。

「それも一緒だね!」

 加速していく気持ちの終着地を俺は知らない。

(20.11.23 /60万打企画リクエスト)

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