駅まで迎えに行く
金曜の夜だからか、22時を過ぎたにも関わらず改札前は仕事帰りの人や学校帰りの人で溢れていた。往来する人を眺めながらそろそろ聖臣くんがやってきても良い頃合だと考える。
なんの知らせもなしに私が最寄り駅で待っているなんて驚くかな。でも合鍵を使って聖臣くんの家に遊びに来ている事は知らせているし、案外そこまで驚かないかもしれない。
まだかな、まだかな、とそれだけを考えながら手持ち無沙汰にスマホの画面を見つめる。
「なにしてんの」
そうして、しばらくすると声と共に頭上から影が差し込んだ。駅構内から盛れていた光は声の主によって遮られる。見上げるよりも先に聖臣くんだと分かって、緩む口元をそのままに、顔を上へ。
「聖臣くん、おかえり」
「おかえりじゃなくて」
呆れと戸惑いが入り混じったような声色が聖臣くんらしいなと思う。聖臣くんとしては駅の改札口にいる事を先に教えて欲しかったんだろう。でも、それじゃあサプライズにならないし。
「コンビニ行きたかったからついでに迎えに来た!」
袋に入った戦利品を掲げ、満面の笑みを向けると聖臣くんは一度だけ大きくため息を吐いた。
「これくらい言ってくれたら買って帰ったけど」
「自分で選ぶことに意味があるの」
きっと元也やガモちゃんだったら「わかる」って言ってくれる。ただ、聖臣くんにはあまりピンと来ない感覚だったようだ。
「そもそも夜遅いし酔っ払いに絡まれたらどうするつもりだったんだよ」
「そんな遅くないしあんまり酔っ払ってる人いなかったよ?」
「会えなかったり俺が見つけられないかもしれなかっただろ」
「でも会えたよ」
「もしもの話をしてんだけど」
「えぇ……その時はその時に考えるかな」
聖臣くんが心配症なのは今に始まったことじゃないし大切にされてるなぁと感じるものの、私だって子供じゃないし夜の10時に一人で聖臣くんを待つなんて特別おかしいことじゃない。
まあ今回に限って言えば先週ガモちゃんと一緒にいる時にしつこい酔っ払いにからまれたっていう出来事があったからなんだろうけれど。
「聖臣くんってたまにめちゃくちゃ過保護だよね。私が迎えに来てたの、あんまり嬉しくない?」
「……嬉しい」
「じゃあ良かった」
それでも時々こっちがニヤニヤしたくなるくらいに素直になるから、私の心はふんわりと、そしてやんわりとまろやかな形を成すのだ。
「それ、持つ。貸して」
「ありがとう。でも重いよ?」
「確かにコンビニで買う量じゃねぇ……」
「新商品が多くてつい」
私からコンビニの袋を受け取った聖臣くんの眉間に皺が寄る。
本当の事を言うと、それだけじゃなくて久しぶりのお泊まりだからテンション上がってつい色々買いすぎちゃったんだけど、その理由は浮かれすぎているみたいで恥ずかしいから言えそうになかった。
「でも聖臣くんが好きそうなお菓子とか、この前食べて美味しかったから聖臣くんにも食べてほしいなーってお菓子とか選んだから」
足取りは軽快。聖臣くんの一人暮らしのマンションまで駆け足で行けちゃう出来るくらいに。
「俺のことばっかり考えながら選んでんのかよ」
聖臣くんを見上げると緩く笑う口元があった。こういう表情を見た時、今日は聖臣くんがマスクをつけていなくて良かったって思う。
「うん。今日の朝から聖臣くんのことばっかりだったよ」
講義中とか、聖臣くんの家へ向かう最中とか。
浮かれっぷりを知られるのは恥ずかしい。でも聖臣くんの事大好きな気持ちは伝わってほしい。だから素直に口にする。
「素直だな」
聖臣くんの家へ近づくにつれ、金曜の騒がしい夜が遠ざかる。もうそれほど長い距離ではないけれど、素直ついでに手を繋ぎたいって言っても良いだろうか。
「聖臣くん。手、繋ぎたい。聖臣くんの両手塞がっちゃうけど」
「欲張り」
聖臣くんがからかうように言う。なんだか今日は聖臣くんの機嫌が良い気がする。
「今更?」
「それもそうだな」
夜が更けてゆく。ゆっくりと、確実に。生ぬるい夜風がえりあしを撫でるこの季節に、繋がれた手のひらは暑すぎるくらいだったけれど離したいなんて微塵も思わなかった。
ただいまって言って、おやすみって言って、そしておはようって言えるこれからの時間に思いを馳せ、私と聖臣くんはしとやかな夜を並んで歩く。
(24.07.02)
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