大阪行きを告げる



「卒業したら大阪にあるバレーボールのチームに所属することになった」

 と、簡潔に聖臣くんが言う。目の前に置かれたメロンクリームソーダの小さな泡を見つめながら日本地図を思い出して大阪と東京の距離を考えた。カフェに流れるジャズのメロディがなかったら、私はもっと動揺していたかもしれない。

「大阪か⋯⋯なるほど」
「なるほどってなんだよ」
「大阪かぁ⋯⋯大阪なぁ⋯⋯って」
「意味がわかんねぇ」

 聖臣くんがプロを目指していることはずっと前から理解していたし、むしろその選択肢を選ばない聖臣くんのほうが想像出来なかったからその点においては納得している。
 ただなんとなく、賑やかなイメージのある大阪を聖臣くんが選ぶのは意外だった。それに、聖臣くんが尊敬して止まない「若利くん」と同じチームを希望するのかなと思ってたから。

「聖臣くんが大阪ってなんか意外だなって。あと私は東京で就職するから離れ離れになっちゃうなぁ、とか」
「は、名前、東京で就職するのかよ」
「え、うん。一応⋯⋯内定貰えればなんだけど」

 至極意外そうに聖臣くんは言う。むしろどうして私がその話を聞いて大阪に就職先を変更すると思ったのか。
 いや、でも付き合ってから今日に至るまでずっと近い距離で日々を重ねてきたんだから離れ離れになるほうが想像し難いか。

「聖臣くん、寂しい?」
「⋯⋯別に、普通」
「え〜、聖臣くん素直じゃなーい!」
「うるせぇ」
「私は寂しいけどなぁ」
「⋯⋯新幹線ですぐだろ、大阪と東京なんて」

 そっと指先を伸ばしてテーブルの上にある聖臣くんの前腕に触れてみる。無駄な脂肪がない身体。少し硬い感触に私の心臓がきゅっと鷲掴みにされた。
 最初の頃は聖臣くんに触れる度ドキドキして、不躾に触ったら嫌がられないかなとか、どんな風に触れたら良いのかわからなかったのに。今はもう戸惑いもせず、なぞる様に指を伝う事が出来る。
 聖臣くんは眉間に皺を寄せたけれど嫌がっているわけじゃない。予想していなかった私の行為に多分、戸惑って、そして少しの羞恥心を感じているんだと思う。

「プロになって人気出て女の子にキャーキャー言われちゃうのか」
「どうでもいい」
「でも聖臣くん絶対人気でるよ。カッコいいもん」

 そういうのも全部含めて、やっぱりちょっと寂しいな。嬉しいけど、誇らしいけど、ほんの少しだけ。少しだけ、寂しい。

「おい」
「んー?」
「俺はこれから先、名前以外を好きになるつもりはないからな」

 躊躇わずに言ってくれるその言葉が嬉しいと同時に、私も聖臣くんのことがただひたすらに好きだと思う。

「わかってるよ。聖臣くんってそういう人だもんね。凄く嬉しいし、もちろん私もそうなんだけど、好きな人に触れられる幸せを知っちゃったからなぁ。遠い距離がもどかしく感じちゃうね」

 困ったように笑う。
 聖臣くんはこんな時も私の心の淵を優しくなぞって、真髄を抱きしめようとしてくれた。

「⋯⋯帰れる時は帰るようにするし、名前の行きたいって言ってたテーマパークにも⋯⋯まあ付き合う。だからそんな顔するな」
「え」
「俺の手の届かないところで寂しがられると困る」

 真っ直ぐに私を見つめてくれる聖臣くんの双眸。暗中模索しながら築き上げた関係性は、きっとこれからも完璧に完成することなんてないだろう。手探りで、互いを想いながら信頼や愛情を増やしていくのだと思う。
 そう教えてくれたのは紛れもなく聖臣くんで、聖臣くんだからこそ、そうだと教えてもらえたような気がする。

「⋯⋯本当にテーマパーク一緒に行ってくれる? 人混み凄いよ?」
「⋯⋯わかってる。努力する」
「あはは。めちゃくちゃ不服そうな顔」
「違う。元々こういう顔だ」

 これから先、私は私の居場所で、聖臣くんは聖臣くんの居場所で、それぞれ努力を重ねる。今までと比べたらちょっとだけ距離が生まれてしまうけど、私はやっぱり聖臣くんがいい。
 離れても、寂しくても、すぐに触れられなくても。ただ一人、聖臣くんがいい。

「私も会いに行く。社会人になったらお給料入るし、うん。新幹線のプロになる勢いで会いに行く」
「なんだよ新幹線のプロって」
「時刻表とか見なくても次何来るかわかりますレベル?」
「さすがに無理があるだろ」

 聖臣くんの柔らかい顔つき。解かれるように私も微笑んだ。
 今日も聖臣くんが好き。明日も明後日も、その次も。

(21.09.12)

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